表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魔王が生まれた日~ギャグ物~

作者: お米うまい

「姫! 早くその封印のリボンを!」


 大臣の叫び声が、どこか遠くに聞こえる。


 自分を呼んでいると頭の隅では解っているけど、どうしても身体は動いてくれなかった。


(おかしいですわ? 今日は一番幸せになる日だった筈でしょう?)


 だって今日は私が愛する人との結婚式。


 未来の魔導王と呼ばれた、世界で一番の魔力を持っている隣国の王子様と結ばれる日だった筈で、お祝いの言葉だってたくさん貰っていたのに。


 どうしてこんな事になっているのか、訳が解かりません。


「王子が魔の力に呑まれてしまう前に! 早くその封印のリボンを!」


 大臣の声に私は無意識の内に、ウェディングドレスに付けられているリボンに手をやる。


 どんな強力な力を持つ者でも二百年もの間、封じ込めてしまうという我が国に受け継がれている伝説のアイテム。


「躊躇う事はありません! 封印するだけで命を奪う訳ではないのです! 王子を助けられるのは、アナタしか居ないのです!」


「で、ですが!」


「魔の力に呑まれてしまえば、欲望を押さえられなくなってしまうのですよ! かつて偉大な魔術王が魔の力に呑まれてしまった後は、淫蕩の限りを尽くし、部下にも民にも見放され、滅びたという伝承は知っているでしょう! そんな王子の姿を見たいですか!」


「そ、それは――」


 大臣の叫び声に私は想像してしまいます。


 欲望のまま、乱暴に私を押し倒してしまう王子の姿を。


(ごめんなさい! 正直言うと、凄く見たいですわ!)


 確かに王子は優しく紳士的な上に、絶大な魔力を持っているだけじゃなく、知識も豊富で政治にも明るく、非の打ちどころのない人だとは私も思ってますよ。


(ただ、紳士的過ぎるんですの!)


 そりゃあ王族同士ですし、うっかり子どもとか出来てしまったらマズいどころじゃ済まないなんて事は私だって理解してますわ。


(だからって婚姻が成立するまでは、接吻の一つも無しというのは、ちょっとどうかと思いますの!)


 それどころか抱き締めてもくれません。


 大事にしてくれているのは理解しますが、それだけでは物足りないというのが女というものでしょうに。


「ひ、姫。頼む。早く私を封印してくれ……」


 むしろ欲望のままに私を押し倒してくれるなら、ウェルカムなんですけど。


 なんて妄想で煮えていた私の頭を、王子の苦しそうな声が冷やしていきます。


「魔の力に呑まれた私は、欲望を抑えられないだけでなく、姿まで醜く変化してしまうんだ。こんな姿を君に見られるのは耐えられない……」


 そんな言葉に思わず王子の方を向いてしまった私の目に――


 タキシードが張ち切れんばかりに、身体が肥大化して膨らんでいくのが見えました。


「なっ――」


 そして私が見ている前で服が弾け飛んだかと思うと。


 筋骨隆々になった、王子の裸が私の目の前に晒されました。


「なんてワイルドで素敵なんですの!」


 魔術師らしい細身の身体も、それはそれでソソるモノがありましたが――


 病的な程の青白さを持ちながら、まるで荒くれ者を思わせるほどに膨れ上がった筋肉は、例えるならよく出来た彫刻のような美しさが溢れ出ていて。


(これはこれで涎モノですわ!)


 その逞しい腕に抱き締められたい。


 仮にその腕で絞め殺され、この人の胸の中で生涯を終えるというのなら、それはそれで私としては本望なくらいです。


「ぐぅっ! 姫、これ以上、私を惑わせないでくれ!」 


「これ以上?」


「今日の君が美し過ぎるのがいけないんだ! 私なんかとの結婚を前にして、あんなに幸せそうに笑って! もっと仕方なさそうな顔をしてくれたら、君への愛しさが溢れ出して、魔の力に呑まれてしまう事なんてなかったのに!」


「だって、それは当然でしょう? 最愛の人と結ばれるんですのよ。これ以上に、幸せな日なんて、他にありまして?」


「くわぁっ!」


 私の言葉に王子が呻き声を上げたと思ったら。


 背中から鳥みたいな大きな大きな羽が生えましたの。


「ふかふかしていて、気持ちよさそうですわね」


 思わず私の口から、そんな言葉が飛び出てしまいましたが。


 どうやら王子は、それどころじゃなかったみたいです。


「もう駄目だ、我慢出来ない。君が欲しい」


 乱暴に私のドレスに手を掛けたかと思うと、そのまま脱がそうとしてきますの。


「い、嫌ですわ!」


 咄嗟に私は王子の手を振り払い――


 身体を隠すように、腕で自分の身体を覆いました。


「ああ、解ってたさ。口で何と言っても。こんな化物に触れられたくなどあるまい。さあ、少しでも私の理性が残っている内に封印を――」


「私の肌を見ていいのも、愛されている時の声を聴いていいのも、アナタだけですの。こんな人目の多いところじゃ、嫌です……」


 私はずっと変な顔をして、黙り込んでいる大臣や周囲の人達に視線を向けます。


 こんなに激しく求めて下さるのは本当に嬉しいけれど、王子以外の人に愛し合っているところなんて見られたら、恥ずかしくて死んでしまいますの。


「う、うわあああ!」


 叫び声と共に王子の身体から、魔力が止め処なく溢れ出すのを目にして。


 私は、瞬時に理解しました。


(魔の力に呑まれてしまったんだわ……)


 頭の理性的な部分が、今なら間に合う。


 世界の為に、早く王子を封印しろと語り掛けてきます。


「ごめんなさい、王子様。私には貴方を封印する事なんて出来ません……」


 苦しそうに呻き声を上げているのも解っています。


 封印してほしいという言葉だって聞きました。


 けれど――


「貴方の居ない世界で生きていくくらいなら、貴方に辱められて死にたいですの」


 理性なんてなくても構わない。


 そのまま殺されてしまったって大丈夫。


 ただ一度だけでいいから。


 愛した人の温もりが、どうしても欲しかった。


「う、うおおおおおおおお!!!!」


 ですが、そんな私の言葉こそ最後の後押しになってしまったようです。


 王子は錯乱したように叫んだかと思うと――


 欲望に呑まれてしまったらしく、人目も憚らず勢いのままに私を抱き上げました。


「私は姫と子どもを作り、我が妻と子ども達が笑顔で暮らし続けられる国を作る! 他国からの侵略だろうと天災だろうと、誰にも邪魔なぞ、させるものか!」


 そうして王子は、欲望の私に口付けました。


 生まれて初めての接吻。


「姫! 今日は寝られると思うなよ!」


 驚きと嬉しさで何も考えられなくなった私に、王子は一方的にそれだけ告げたかと思うと。


 生えたばかりの羽を器用に操り、私を抱えたまま寝室へと飛び立っていったのです。


「我々は、何を見せられていたんだ?」


 私の耳に。


 大臣の戸惑いの声だけを残して。


 そして――


 この日こそ、私の夫であり、後に建国史上最高と呼ばれた魔導王が生まれた日であり――


「アナタを授かった日でもある訳。どう、良い話でしょ?」


 私は歴史の教科書にも載っている上に、演劇にもなっている私達の馴れ初めを、成人した可愛い可愛い息子へと伝えてました。


 あらゆる侵略者を跳ね返し、飢饉も天災からも民を守り続けて、今や生きたまま伝説の魔導王なんて語られている、私達の馴れ初め。


「え、待って、母さん。これって母さん達の話だったの?」


「ええ、そうよ。凄いでしょう?」


「……これって皆、知ってるんだよね」


「勿論よ。だからアナタが私のお腹に宿った日は、貴方の誕生日とは別に、生誕祭があるでしょう?」


 息子の誕生日ではなく、私達の結婚式であり初夜の日。


 この日は偉大な魔導王が生まれた日であると同時に、私が息子を授かった日として生誕祭が開かれ、国中で祝われているのだけど――


「う、うわああああ!」


 私の言葉に突然、息子は叫び声を上げたかと思うと。


 筋骨隆々で翼の生えた、かつてのあの人を思わせる姿に変貌してしまいました。


「何が悲しくて! 両親のそんな日を国中に知られてる上に、祝われ続けないといけないんだー!」


「ど、どうしたの! 私の可愛い――」


「こんな国の歴史、全て消し去ってやるぅー!」


 そして、私の手を離れ。


 何処かへと飛び立っていったのでした。


 これが後に魔王と呼ばれる者の誕生の瞬間だったとは、この時の私は、露にも思っていませんでした。


                魔王が生まれた日・完

一回くらい笑って頂ければ嬉しく思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
宇宙規模で両親のプロポーズ聞かれてて、ソレが教科書に載った子もおるから………
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ