第五十四話 雨男
城壁の上で俺達はしゃがんで固まり、ビノハキはうつ伏せでスコープ越しに決起集会の会場内を探すと、そんなに苦労する事なくトスモをスコープ内に捕らえる事が出来た。
ビノハキも頭を撃てば確殺出来る事は当然知っているが、ガナタやクマスからも、的が動いて外しやすい頭より的が大きい胴体を狙う様勧められた為、談笑しているトスモの顔から少しだけスコープを下ろし、心臓の辺りを狙った。
そして狙いを定めたビノハキの人差し指に力が入る。
グググッ
雨が降る音もあり当然聞こえはしないが、俺達の鼓動音がまるで合唱をしている様な緊張感だ。
以前、ゴブリン討伐の際、ヒト型魔獣という事もあって俺はピンに俺なりの情操教育をしたつもりだが、今回は完全にヒトが対象の為、前日までたっぷりと時間を使って目的や行動理念を説いてきた。
もちろん、日本の倫理観や道徳観等を当て嵌めるとどの様な理由があろうと殺人は正当化されないが、日本とその他の国やこの世界とでは文化や歴史も含めて何もかも違う事を説明し、ちゃんと自分の頭で考えて良し悪しを決める様教えたつもりだ。
それを聞いたピンが今どの様な心境なのかは俺は分からないが、その様な色んな思いが交錯する中、一発の銃声が鳴り響いた。
ズドーンッ
その音を合図に、決起集会がパニックになって参加している他のメンバーが逃げ出さない様、間髪を入れずガナタとクマスは立ち上がって魔石に魔力を飛ばした。
ドーンッドガーンッ
ドガーンッドーンッ
ガラガラガラガラッ
ズズズズーンッ
塔に設置した爆薬は一斉に起爆し、五階建てぐらいあった塔は一瞬にして土煙を上げながら瓦礫の山になった。
「やったか!?」
思わず俺達は全員立ち上がり、ビノハキは誰に聞いたかも分からない問いを投げたが、雨の中まだ土煙が舞っている為誰もその声に応える事が出来ないでいる。
「上空部隊、生死の確認をお願いしますかね」
「獣人族も空から地上に下りて確認して来い!」
「「「「「はい!」」」」」
ミーシズとナセンはそれぞれ上空にいる爆薬設置部隊にタグで指示を出した。
指示を受けた二種族の精鋭部隊はゆっくりと地上へ降下し、治まってきた土煙を手で払いのけている。
しばらくして、土煙が完全に治まると二種族計十人ぐらいいた精鋭部隊が急に全員倒れだした。
「「「「「!!」」」」」
「どうしたのかね?」「どうした!何があった!?」
雨のせいで何が起こったのかよく見えない為、ミーシズとナセンが瓦礫近くにいた部隊にタグで聞いたが返事がない。
「一体何が起こっているのだ?
おい!お前達!確認して来い!」
ビノハキがそう言うと近くで残っていた魔人族の精鋭部隊三人が恐る恐る顔を見合わせ、気合を入れて突撃した。
すると塔まで約四・五十メートルある中間辺りで急に三人の魔人族も倒れた。
俺達がまだ事態を飲み込めていない中、コーアが叫んだ。
「トスモの水魔法です!」
その瞬間、周囲の雨が不自然に一瞬止んだかと思ったら、頭上でせき止められて大きくなった雨粒がビームの様な[ウォーターランス]になって俺達を攻撃して来た。
ヴヴンッ
「「「「ぐあぁっ」」」」「きゃあっ」
俺は咄嗟に手を上に掲げ、[ゲート]で頭上からの[ウォーターランス]を消したが、ピンと繋いでいた手が振り解かれる様にして離れたのが分かった。
ドンッ
ガバッ
「きゃっ」「うぐっ」
頭上からの[ウォーターランス]は消せたが、横からも[ウォーターランス]が来ていた様で、どうやらそれがピンに当たる寸前でコーアが突き飛ばして庇ってくれていた。
「ピン!コーアさん!」
ピンを抱き抱えて倒れているコーアに俺が駆け寄ると、コーアの太ももから血が出ている。
「コーアさん!有難うございます!
皆さん大丈夫ですか!?」
俺はしゃがんでコーアにポーションを与えながら周りを見ると、立っているのはクマスだけだった。
恐らくクマスも咄嗟に[ゲート]で身を守ったのだろう。
「くそっ!
クマスさん、皆の介抱をお願いします。
俺は敵を討ち取ってきます……」
「分かったわ!こっちは任せて!
サンノ君も気を付けて!相手は相当な強敵よ!」
「はい!
ニョロ!来てくれ!」
「あいよ!」
俺はそう言いながら立ち上がって塔の方を見ると、一人の人影が見えたので、羽と尻尾を出しニョロと共にゆっくりと飛んで塔へ近付いた。
互いの姿形を認識出来るぐらいまで近付くと、そこには、雨で濡れた黒い髪をオールバックにし、スーツを着た出来るサラリーマン風の男が立っていた。
「やってくれましたね……
私はトーミナク軍元帥、トスモと申します」
「俺は訳あって加勢している竜人族のサンノだ」
三メートルぐらいの距離で対峙してまずは互いに名乗った。
「自己紹介はこれぐらいにして、とりあえずあなたを倒しましょうか」
トスモはそう言うと、手を上に掲げて大量の[ウォーターボール]を作ったのですぐさま俺も手を上に掲げた。
次の瞬間、トスモが掲げた手を振り下ろしたので俺は全[ウォーターボール]の手前に[ゲート]を開いてトスモに[ウォーターランス]を返した。
ヴヴンッ
ズガガガンッ
しかしトスモはこれを読んでいた様で、隙間を縫う様にしてジャンプで交わした。
「なるほど……
その[ゲート]で先程の攻撃も交わしたのですか」
俺はすかさず両手を前に出し、[フレイムスロワー]を出すとトスモは片手を前に出し、[ウォーターキャノン]で消火した。
「くそっ……」
次に俺は手を上に掲げ、数十本の[アイスブレイド]を出し、そのまま手を振り下ろしてトスモに飛ばした。
「はっ!」
するとトスモは先程前に出した手をそのまま地面に付け、[ウォーターウォール]を噴水の様に勢い良く吹き上がらせると、俺が飛ばした[アイスブレイド]はことごとくトスモの[ウォーターウォール]に阻まれて上空へと吹き飛ばされた。
「雨の日の人間族には勝てませんよ?
なんせ周りの水全てが私の武器にもなり盾にもなるのですから」
「親切にどうも……
でもあんたの攻撃も俺には[ゲート]があるから決め手に掛けるのでは?」
「どうでしょうね……」
トスモはそう言うとニヤリと笑って両手の肘から先だけを上に向けると手の上で水が渦を撒いて集まりだし、竜巻の様なものが二つ出来た。
「水の上級魔法、[ウォーターウィップ]の双鞭です」
すると二本の水竜巻は鞭の様にしなった水柱となり、トスモはこれを両手でバラバラに振り回し始めた。
その二本の長くて太い[ウォーターウィップ]が俺の上と横から同時に迫って来た為、俺は咄嗟に二つの[ゲート]を出した。
ヴヴンッ
しかし、[ゲート]で途切れた部分を埋めるかの様に、鞭の根本と先から勢い良く水が繋がり、その水圧が俺を襲った。
パーンッ
咄嗟に[身体強化]をしたが、水と水が激しくぶつかる音が聞こえたと同時に前後左右から押し潰される様な痛みが走った。
「ぐっがああぁぁぁ!」
俺はその場で片膝を突いて倒れるのを堪えた。
「どうやらギリギリで[身体強化]をした様ですね。
それをしていなかったら今頃全身骨折の上、内臓破裂してましたからね……
でも次もう一度くらったらどうなりますかねぇ?」
ニヤニヤしながら再びトスモが両手を振り回して上と横から狙って来たので次は上空へ交わした。
ザッバーンッ
ギリギリ足元で二本の鞭がぶつかり合った。
しかしトスモはすぐさま手を上に挙げ、上空の俺を追撃しようとしたので俺は高速飛行で回避した。
「ふむ、なるほど……」
トスモはまだ余裕そうだが、俺は満身創痍に肩で息をしながらフラフラと飛んでいる。
しかし[ウォーターウィップ]をよく見てみると、最初より明らかに細くなっているのが分かった。
どうやら、雨とはいえ長時間[ウォーターウィップ]を維持するのは相当魔力を食う様だ。
「もういい……」
「ん?もう降参ですか?」
「違う……
もう終わらせる……」
「ほう、その状態からまだ反撃出来るのですか……
流石竜人族といったところですか……」
俺は上空で両手を上に掲げ、今出せる最大数である六個の[ニョロコピー]を出した。
「ニョロ!いくよ!」
「あいよ!待ってました!」
そう言いながら俺は両手をトスモの方へと振り下ろした。
「そんな小さい玉、この[ウォーターウィップ]で飲み込んで終わりでしょう!」
トスモは再度両手を振り回し、鞭の様にしならせて向かって来る七個の玉を飲み込もうとした。
ヴヴンッ
トスモの[ウォーターウィップ]が玉を飲み込む瞬間、俺は[ゲート]で玉を消し、さらに、[リスピード]という魔法で速度を上げた玉を四方八方からトスモにぶつけた。
この[リスピード]という魔法は、トーミナク首都で購入した魔法書に載っていた、[リサイズ]と闇と風を組み合わせた魔法だ。
ゴスゴスゴスゴスッ
「がああぁぁぁっ!」
最初にただの[ゲート]で返した[ウォーターランス]は軽々と避けられてしまったが、[リスピード]で急に速度が上がった玉には対応出来なかった様だ。
四方八方から玉の打撃を受けたトスモは後方へと吹き飛んだので、俺はすかさず再度[リスピード]で玉を何度も当て、トスモは気を失った。




