第三十話 空の旅
ホテルの部屋に戻って来た俺達は手早くチェックアウトの準備をした。
普段は羽も尻尾も魔力で消している為普通の服を着ているが、長距離移動に備えて俺は尻尾の位置に切れ込みがある獣人用ズボンを穿き、羽の位置に切れ込みがある有翼人用の上着はピンも着る事にした。
ピンも飛行魔法は使えるが、その魔法に羽の補助を加えたら魔力の消費を抑えながら速度を早めたり、急な回避等にも役立つので背中から[血液操作]で擬似的な羽を出す予定だ。
当然、過保護な俺はピンの綺麗な背中に傷を付けるなんて嫌だが、途中で野営をしたり、飛んでいる下から何者かに狙い撃ちをされたり、同じく飛行魔法を使える何者かに追われる可能性を考えたら、ピンにも羽を出してもらう方がベターな選択だと二人で相談して決めた。
「ねぇサンニィ!この服初めて着たけどどう?」
ピンが青いワンピースを着てクルッと回って見せた。
「うんうん、ピンは何着ても可愛いなぁ」
「もうサンニィ!
嬉しいけどその言い方だと何を着ても変わらないみたいで何か嫌!
せっかくサンニィが選んでくれたのに!」
ピンが少し拗ねてそっぽを向いた。
(怒ったピンも可愛い……)
ちなみに、青いワンピースを選んだのは、少しでも空と近い色にして擬態しやすい機能性を重視しての事だが、そんな事を今言うと種火にガソリンをぶち込む事になりそうなので黙っておく。
「そんな事ないって!
ピンに似合うだろうなと思ってこんな日の為にダクツで買ったんだから」
トーミナクへ発つ前、人間族の国には羽や尻尾に切れ込みのある服が売っていない可能性を想定して、こういう日の為に一応買っておいて良かった。
「儂の新しい服は?」
「ん?また箱にでも入るか?」
「あ、やっぱ儂はこのままでいいです……」
「アハハ!ニョロも私とお揃いにする?」
「あ、儂はこのままでいいですのでお構いなく……」
「えぇ〜」
そう言ってピンはまた少しだけ膨れた。
「では私のお姫様、ご一緒に空のデートへ向かいましょう」
俺はそう言ってキザっぽく、ピンの前で騎士の様に片膝を突きながら右手を上に向けて差し出した。
膨れていたピンは一瞬にして表情が変わって俺の手を取った。
「うん!行く!」
俺はピンの手を引き、部屋に何も荷物が残っていない事を確認してから部屋を出た。
ここへ来た時一か月の連泊予約を取ったが、丁度その予約も切れていたのでチェックアウトはスムーズに終わり、不在だった門番の妹さんへの連泊のお礼としばらくこの街を離れる旨の言伝をロビースタッフにお願いした。
ホテルを出た俺達は、街中で急に飛び立つと目立つかなと思ったので、いつもの森で飛び立つ事にしたが、妹さんに続いてヒゲモジャ門番さんも今日はいなかった。
(兄妹に何かあったんじゃないよな……?
王子に目を付けられた事が周りの人にも影響しなければいいが……)
と、ふと少し心配になった俺は、タミルにタグで「もし宜しければ、俺が連泊していたホテルと壁門に普段詰めているヒゲが立派な門番さんにも何かあったらお手数ですが教えていただけませんか?」とメッセージを送った。
色々気にはなるが、何かあれば[ゲート]で戻って来られるし一先ずはバイーダの町を目指す事にする。
――――俺達は森から飛び立ち、一時間程したタイミングで地上に降り立って少し休憩を取る事にした。
もう平地の森は抜け山岳地帯に入っていたので、木々よりも岩石が目立つ。
そんな所で運良く俺達は数人が入れるぐらいの横穴を見付けたので、魔力回復の為と、長距離ツーリングで空気抵抗を浴び続けたバイク乗りの様に、疲れた体を休める為座って休んだ。
「たぶんもう半分ぐらいは来てると思うからもう少しだけ頑張ってくれな」
疲れ果てていたから俺の膝を枕にさせて横になっているピンの頭を少し撫でた。
「うん、頑張る!」
横になったまま強がってはいるが、明らかに疲労の色が見える。
タミルは徒歩で四・五日と言っていたので、時速五キロ、一日の活動時間を十時間で計算したらバイーダまでは恐らく二・三百キロなのだろう……
俺だけならもっと早く飛べるがまだ有翼飛行に慣れていないピンが一緒だから今はせいぜい時速百キロぐらいだとして、一時間飛べは半分ぐらいかなという計算だ……
俺はピンの髪留めになっている玉を人差し指で弾きながら、
「ニョロがピンの前で飛んでスリップストリームを発生させたらいいじゃん」
「いや、儂、小さいやん……」
「ちっ!」
「ちょ!おま!今舌打ちしやがったな!お前がピンのすぐ前を飛んだらええやんけ!」
「俺はさっきまでみたいにピンのペースに合わせる為と、咄嗟の事からピンを守る為にピンの後ろで飛んだ方がいいしな」
「まぁ確かにそうやが……」
「私は大丈夫だよ、サンニィ、ニョロ、有難う」
そう言いながらピンは優しく髪留めに触れた。
「ほんまピンはええ子やなぁ!
どこかの竜人と違って!」
「ピンがいい子なのは間違いない!
たまには意見が合うね、ニョロ君!」
そんなしょうもないやり取りをしつつ、横穴で休憩してから二・三十分が経った。
余り遅くなると日が暮れてしまうので、俺はピンを起こし、再出発する事にした。
「もうひと頑張り!いけるか!?」
「うん!少し寝て元気になった!」
表情から無理をしている事が分かったので俺はピンの頭をポンっとして二人一緒に飛び立った。
――――休憩前と同じく、ピンを先頭にして飛ぶ事一・二時間、山の中にぽっかりと開いた口の様な窪地に町が見えた。
町が見えたピンは少しはしゃぎながら指を差し、
「見えたよ!あれだよね!?」
俺は少し加速してピンに並び、
「たぶんあれだな!
よくここまで頑張ったな、ピン!」
「えへへ」
ピンが少し照れくさそうにはにかんだ。
初めて訪れる町の中にいきなり降り立つと敵意有りと取られる可能性もある為、俺達は少し離れた街道に降り立ち、そこから歩いて入る事にした。
町に入る頃には日も落ち掛け、夕方になっていたが一先ず町長さんを探す事にした。
元火口の縁に当たる街道からの入り口には小さな門の様なものがあり、その近くにいた人間族の女性に声を掛けた。
「すいません!」
「あら?
ここにヒトが来るなんて珍しいわね?旅人さんか旅行者さんかしら?」
「いえ、タミルさんと言う方に紹介してもらって、少しこの町に滞在したくて来たのですが、町長さんはいらっしゃいますか?」
そう言うと女性は少し驚き、手を口に当てた。
「まぁ!タミル君は元気にしているの?」
「はい、同じレシーバー仲間で、縁あって話す機会がありました」
女性は安心した様な顔をして、
「そうですかそうですか……
あ、町長さんはあそこに見える白い建物が町役場兼自宅になっているから、あそこにいると思うわよ」
そう言いながら女性は下に見下ろした町の中にある白い建物を指差した。
「有難うございます」
俺はペコリと頭を下げた。
「いえいえ、町長さんにタミル君の話しでもしてあげて」
「はい、お姉さんも足元に気を付けて下さいね」
「あら、有難う。
もう少ししたら主人が狩りから帰ってくるから寄り道しない様に、ここから首根っこ捕まえて帰るだけだし大丈夫よ」
「な、なるほど……」
尻に敷かれている家庭を想像しながら俺は少し苦笑いをした。
その後、俺達は女性に会釈をしながら道が整備された元火口を下り、町役場兼町長宅へ向かった。




