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第二十二話 ヒト型魔物と情操教育

 トーミナクの壁門を出てすぐの森は、地元のダクツ近くにあった森と同じく薄気味悪い雰囲気を醸し出していた。

 そんな森に入ってすぐ、ニョロは少しでも索敵範囲を広げる為俺の頭上二・三メートル上に飛び、ピンは俺の服が伸びるのではないかと思うぐらいに、後ろで俺の服の裾をギュッと掴んで引っ張っている。

 俺はこれまでの鍛錬で無属性魔法[性質変化]の中級魔法[状態把握]と上級魔法[感覚共有]を修得した為、風属性の空気と土属性の地面に使って周囲五十メートルぐらいの範囲で微細な変化を感じ取る事が出来る[サーチ(範囲察知)]を使っている。


 そんな警戒態勢を取りながら途中で昼食も取って森を進む事数十分、食事中らしきゴブリン三体を俺とニョロがほぼ同時に見付けた。

 俺はピンを制止し小声で、


「ピン、ストップ!

 この先にゴブリンが三体いる、恐らく食事中だからまだこちらには気付いていないけど」

「分かった、倒すんだよね?」


 ピンが聞いて来たので俺は黙って頷いた。

 するとピンは戦闘準備の為、自分で親指の付け根に噛み付き血を少し出した。

 正直、[血液操作]の為とはいえ、最愛のピンが血を少しでも流すのはいつ見ても気分がいいものではないので、俺は毎回苦虫を噛み潰した様な顔をしてしまう。


 また、一般的な日本人の感覚だと、小動物でさえ命を奪う行為に抵抗感があるが、育った環境で倫理観や道徳観も変わるのか、地元では魔獣を倒す事に俺もピンも躊躇する事はなくなっていた。

 しかし今接敵しようとしている相手は、ヒトの形をしたゴブリンで、道具を扱う知能がある生き物だ。

 もちろん、ヒト型とはいえゴブリンなので小さな角が生えていたり、体の色は深緑色でヒトとは見間違える事もない全く別の生き物ではあるが、どうしても俺はピンの情操教育を考えてしまう。

 その為、ゴブリン達から気付かれにくい風下で、ギリギリ視認出来る距離でしゃがんで息を潜めた。


「ピン、あれがゴブリンだ」

「うん」

「ヒトの形をしていて、少し知能があるから道具を使ったりするけど別の生き物、魔獣の一種だからな」

「うん」

 ・

 ・

 ・


 俺はピンに、ヒトとヒト型魔獣との違いや知能がある生き物の命を奪う非情さ、また、力を使う相手を間違える事なく、使う時は過不足なく使う事等を教えた。

 ピンは真剣に俺の話しを聞き、言葉の意味を理解したであろう返事をしたので俺はピンの頭を撫でた。

 年頃の女性にそんな事をしたらセットした髪型を崩す事にもなるし失礼な行為に当たるだろうが、七才の女の子ならまだセーフだろう……と思いたい。


 ヒト型魔物を倒す前の俺的情操教育が終わったので、俺はしゃがんだまま手を上に掲げ、水と闇と無を組み合わせた氷の刃、[アイスブレイド(氷の刃)]を何本か出した。

 そして立ち上がり、


 ビュンビュンッ

 グサグサグサッ


 三体いる内の一体を俺の[アイスブレイド(氷の刃)]が何本も突き刺した。

 仲間をやられた二体のゴブリンはすぐこちらに気付き、近くに置いていた武器を持って構えた。

 一体は弓矢、もう一体は槍を持っている。

 その内の弓矢を持っているゴブリンがこちらに弓を引き始めたと同時に、立ち上がったピンの手から血が一気に吹き出し、


 ゴボッ

 ギュンギュンッ

 ザクザクッ


 カマキリの鎌の様な形に変化させた血の塊で同時に二体のゴブリンを頭から真っ二つにした。


「ふぅ、良くやったなピン!

 たぶん苦しまない様、一瞬で楽にしてあげられたと思うぞ」


 そう言いながら俺は額の汗を拭き、ピンの頭を軽くポンっとした。


「うん!」

「あのぉ~、儂の出番は……?」

「あぁ、こっちは大丈夫だからニョロはその辺で薬草でも摘んどいて」

「何でやねん!そもそも儂、手ないし!」


 オチが付いたところで死んだゴブリンに近付いて見てみたら、どうやらさっきまで食べていたのはヒトの足だった様だ。

 このヒトが足だけの犠牲で助かったのかは分からないが、俺はピンにこういう時は手を合わせて少し下を向いて目を瞑って、亡くなったかもしれないヒトや殺したゴブリンが無事輪廻転生に送られる様にお祈りする事を教えて、二人で手を合わせた。


「さて、じゃあゴブリンの魔石を回収するか。

 場所が分からないから頭や首や心臓付近を探してみるよ。

 場所が分かったら教えるからピンはそれまであっち向いてて」

「うん、分かった」


 そう言いながら俺はゴブリンと逆方向を指差し、ナイフを取り出して予想した場所を切り裂いて魔石を探した。

 どうやらゴブリンは心臓の位置に魔石があると分かったのでピンにも伝え、残り二体の魔石と武器を回収した。


(心臓に魔石という事は今後ゴブリンを倒す時は頭か首を狙わないとな……)


「よし、じゃあ今日はここに来たばかりで街歩きもしたし宿も探さないとだからもう戻るか」

「うん!お腹も空いた!」

「ゴブリンの死体をまさぐったすぐ後に食欲が出るピンはたくましいな!」

「?

 だってなんせ私前世はサンニィの犬だったし!」


 ピンは少しキョトンとしている。


「あ、うん、まぁ確かにそうだけど……

 絶対にそれは人前で言うんじゃないぞ?

 前世の記憶があるのは普通じゃないだろうし、前世って言葉がなかったら絶対に変な意味に取られるから……」

「?

 よく分からないけど分かった!」

「ククククク」


 ニョロが笑っているのでこの会話は終わりにして俺達は街へ向かって歩き出した。



 日も暮れた頃、街に戻ると出る時に壁門で話しをした門番がまだおり、俺達が見えたら手を振って来た。


「お、おかえり!無事帰ってこれて安心したぞ!」

「ただいま戻りました!いただいた携行食ご馳走様でした!」


 少し俺は頭を下げた。


「おう、気にするな!」

「それと、これ……」


 そう言って俺は[バッグ(空間収納)]からゴブリンが持っていた武器を全部出して地面に置いた。


「ゴブリンを少し倒して回収したので持ち主や遺族の方に渡る様、手配をお願いしていいですか?」

「ん?おう、それは構わないが、せっかくなら坊主達の手柄の一部だし直接レシーバー組合に提出した方がいいんじゃないか?」

「いえ、俺達が人間族じゃないから組合の対応も良くないですし、そのせいでこの武器の扱いがないがしろになるのは嫌なので……」

「あぁ、なるほどな!そういう事なら任せとけ!

 ついでに出来る限り坊主達のフォローもしといてやる!」


 そう言いながら門番は地面に置いた武器を拾い集めだしたので、俺も一緒に拾い集めて渡した。


「有難うございます。

 でも無理はなさらなくていいですので……」

「気にするな気にするな!

 他種族への態度が悪い奴らは俺も好きじゃないしな!」

「有難うございます……

 あ、それと、もしご存知でしたらこの近くにオススメの宿はございますか?」

「ガキンチョがそんな堅苦しい聞き方しなくていいよ!

 ホテルならあそこに見えるのが値段もサービスも評判いいらしいぞ!

 ま、実は俺の妹夫婦が経営しているホテルだからたまには身内の宣伝もしてやらないとだしな!」


 そう言って笑いながら門番は武器を片手にまとめて空いている手で壁門から見えるホテルを指差した。


「有難うございます!早速行ってみます!」

「おう!連泊割引なんかもあるから俺の事話しして相談してみろ!」

「分かりました!では引き続きお仕事頑張って下さい!」

「おう、ありがとさん!この武器はちゃんと手配するから安心してくれ!」


 門番はそう言いながら手に抱えている武器を少し持ち上げて見せたので、俺達は門番に軽く会釈して壁門を潜った。



 少し歩くとホテルにすぐ着いたのでロビーで門番の紹介だという事を話し、とりあえず一か月の連泊予約をした。

 そして流石に今日は少し疲れたので夕食はホテルに併設されたレストランで軽く済まし、部屋に入った。


 部屋に入ると、[血液操作]を使った後には恒例行事になっているピンによる俺の吸血タイムがあり、満足した様なので二人共眠りに就いた。

 なお、吸血方法は俺の首元にピンが噛み付くのだが、吸血鬼族の牙からは傷の修復成分が出る様で、何度も噛み付かれているが跡は全く残っていない。

 その為、街中で傷口を見られて吸血鬼族の存在を疑われたりする事がないのは安心だ。

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