夜の呟き・とある無職の話
よう、嬢ちゃん。
こんなクソ暑い夏の夜中に、一人でおめかししてお出かけか?
へえ、残業終わりで帰る所なのか。
そりゃ、おつかれさんだな。
え?俺か?俺はな…あれよ。
仕事もなきゃ金もない。家もなきゃ行く宛もない。けど、時間と自由はある、天下無敵の職業だぜ。
え、ニート?
人聞き悪いな、せめて自宅警備員って呼んでくれよ。
ま、俺には警備する自宅もないんだけどな。
え、ホームレス?
まあ、間違いではないかな。俺はネカフェとかに泊まってる訳でもないし、公園とか空き地で寝ることもザラにあるしな。
え、もう行くのか?残念だな。
あーいや、勘違いしないでくれよ?
別に、変な想像してるわけじゃないからな。本当だぜ?
え、彼女いないのかって?
そりゃそうだろ。
ていうか俺は、そもそも人を好きになったこと自体無いんだよ。
強がりとかじゃないぜ。
あ、そうそう。
せっかくだし、一つ面白い話をしてやるよ。
まあまあ、そう焦んな。
孤独なニートの独り言だと思って、聞いてくれ。
昔の話だ。
ある所に、一人の少年がいた。
その子は、一見するとごく普通の子供だった。
でも、他の子供とは何かが違った。
その子は、他の子供と同じように話し、学び、遊んだ。
だが、まわりの子供には、その子が自分たちと同じ子供に見えなかった。
え?怪談は苦手?
あーいや、違うよ。
この子が幽霊だったとか、そういうオチじゃないから安心してくれ。
んで、その子は小学校ではまあ普通だったんだが、家に帰ると父親に虐待された。
階段から蹴落とされたり、物置に閉じ込められたりしてな。
しかも、中学生になると学校でいじめられた。
持ち物を隠されたり、机に落書きされたりな。
酷い時は、靴を燃やされた事だってある。
でも、その子は文句を言えなかった。
周りの奴らはもちろん、親にも教師にも見て見ぬふりをされたんだ。
酷い話だろ?
しかも、その子は勉強も出来なかった。
別に、やる気がなかったわけじゃない。
寧ろ、最初のうちはすごい頑張ってた。
でも、だんだんと周りに追いつけなくなっていった。
でも、少年は諦めずに精一杯頑張った。
けど、何故だか努力が実ることはなかった。
そんな少年も、高校生になると事情が変わった。
勉強が出来るようになったわけじゃないが、いじめも虐待もピタッと止まったんだ。
少年は、ようやく楽ができるようになったんだ。
でもな、そう上手くはいかなかった。
少年は、今まで以上に必死で勉強した。
でも、どうしてか勉強についていけない。
少年は、新しく友達を作ろうとした。
でも、どうしてか友達ができない。
少年は、やがて思い出した。
自分は昔からこうだった事を。
自分は周りと何かが違っていた事を。
自分は何をやってもダメな事を。
そして、少年は何とか就職できた。
浪人することもなく、試験に落ちることもなく…なんとか、な。
けど、少年、じゃなかった、青年だな。青年は…
どういう訳か、社会で上手くやっていけなかった。
青年は必死でやっていた。
なのに、何をやっても失敗ばっかりだった。
それも、何度も同じ事で。
それと、青年には手掛けた作業一つ一つにこだわりを持つ癖があった。
故に、てきぱきと切り替えて進めるということが出来なかった。
それもまた、失敗の原因になった。
それに、周りも酷かった。
青年は日々一生懸命やってる。
もちろん周りに絡む気はないし、悪気もない。
なのに、周りは彼の言動が失礼だとか、やる気がないだとか言って責め立てた。
青年は悩み、そして気づいた。
自分の苦難は、何も今始まったことではない。
昔から、ずっとこうだったのだと。
自分の思いを上手く言葉に出来なかった彼は、やがて心を壊し、仕事をやめてしまった。
そして、自分の親に言った。
俺なんかを社会に出しても、ろくなことにならない。
ずっと、言ってただろう。
こうなることはわかってたはずだ、と。
しかし、それが信じられない彼の両親は、彼をひどく責めた。
そして、それがもとで、青年の中の何かが弾け飛んだ。
気づいた時、彼は真っ赤な海の中にいた。
その家族は、ぴくりとも動かなくなっていた。
そしてその瞬間、青年は心の底から笑った。
彼の心は、今まで自分を縛っていたものから解き放たれ、自分の生き方を見つけられた事の、2つに対する喜びで染まっていたんだ。
その後、青年がどうなったかって?
それは知られてないな。
ただ、少なくとも世に出られず、どこかでひっそり暮らしている事だけは確かだろうな。
かわいそうな話ってか?
そう思うよな。
彼は、必死に生きようとした。
でも、生きられなかったんだ。
あ、でも勘違いしないでくれよな。
彼は、死んではいない。
今も、毎日を必死に生きている。
自分の生きる道は、これしかない。
生きるには、何かを犠牲にしなければならない。
そう、肝に銘じてな。
さて、話は終わりだ。
…おっと、ちょっと待ってくれ。まだ少しだけ世間話をさせてくれ。
最近ニュースになってる連続殺人事件があるよな。知ってるか?
…そうそう、それだ。
人気のない所で行われる、無惨な所業。
犯人につながる痕跡は場に一切残されず、残るのは刃物で首を斬り裂かれ、所持品を根こそぎ奪われた裸の死体のみ。
犯人の正体は謎で、警察が懸命に捜査をしてるがまったく足取りが掴めてない…ってやつ。
あれ、おっかないよな。
さて、今度こそお話は終わりだ。
長話に付き合わせちまって、悪かったな。
あ、そうだ。
せっかくだから、いいものを見せてやるよ。
まあ、今どきの若い娘には受けないかもしれんが。
これか?
見ての通り、サバイバルナイフだ。
偽物…?
そんなわけないだろ。こいつは正真正銘の本物だよ。
これで獲物の皮膚と肉を裂いて、日々を生きるための糧を得るのさ。
ん?
何をそんなに怯えてるんだ?
言っただろ?
生きるには、何かを犠牲にしなきゃないんだ。
嬢ちゃんだって、物を食うだろ?
それと同じさ。
そうそう、言ってなかったな。
俺、金は一応あってな。
それで、色んな所を回ってるんだ。
最近はしばらくこの町に滞在してたが…
明日にでも、別の所に行こうと思ってる。
さて、それじゃそろそろお開きにしよう。
しばらくまともに人と喋ってなかったから、楽しかったよ。
悪く思わないでくれよ。
それじゃあな。