第9話 朝
翌日、俺が目を覚ますと窓からは朝日が差し込んでいた。目を細めながらベッドから身体を起こす。
すると見知らぬ部屋にいた。
数多くの本が乱雑に積まれた書庫のような部屋だ。窓から外を見渡せば眼下に陰鬱とした森が広がっている。
……ああ。そうか。俺は……。
死塔流しの刑に処され、その先で死塔の魔女レティシアと出会った。
そして己のやるべきことを知った。
「……たしか、起きたら一階の食堂に来てって言ってたよな?」
昨日、レティシアから魔剣をもらった後、死塔内部を案内された。
死塔は地下を含め、六階建ての建造物だ。
地下には昨日の宝物庫があり、一階には食堂やら風呂などの施設がある。
二階以上が居住区らしいのだが、レティシアしかいない為、全て書庫になっているらしい。
この部屋も元々は書庫だったらしいが、俺が来てから大急ぎでベッドを用意したと言っていた。
ちなみにレティシアが暮らしているのは俺と同じ二階だ。
最上階ではないのかと聞いたところ「……降りるのがめんどくさい」との返答をもらった。
効率重視。なんともレティシアらしいと思ったものだ。
「……顔洗って行くか」
俺は部屋を出たところにある洗面台で顔を洗うと、鏡で最低限の身だしなみを整える。
それからレティシアに貰った黒い騎士服に着替えて食堂に向かった。
もちろん不壊剣も忘れない。
「……おはよシン」
「おはようレティシア」
俺が食堂に行くとレティシアが既に朝食をとっていた。
レティシアは朝はあまり食べないらしく、パンのみだ。
「……シンはいっぱい食べる?」
しかし俺は騎士という身体が資本の職業上、朝からでもよく食べる。居候の身で申し訳ないが、レティシアのようにパンだけでは足りないだろう。
「そうだな。沢山あるとありがたい」
「……ん。……わかった」
レティシアが魔術式を記述する。
すると厨房からなにやら機械音が聞こえてきた。見ればいくつもの手が生えた機巧のコックが料理を始めている。
「やっぱ慣れないな」
昨日案内された時にも見たが、非現実すぎていつまでも慣れない。
どうやらこの塔を管理しているのは全て機巧らしい。
その機巧は全てレティシアが管理している。
「……少し待ってて」
「ああ。悪いな」
「……ぜんぜん。……他の人と食べるのは初めてだから嬉しい」
そう言ってレティシアは僅かに微笑んだ。
レティシアにとって、そんな当たり前のことでさえ初めてなのだ。
そんなことを思っているとレティシアが小さく声を上げた。
「……あっ」
「どうした?」
「……一緒に食べ始めればよかった」
そう言って肩を落とすレティシアは、とても王国で恐れられている魔女とは思えなかった。やはりただの少女だ。
俺はそんな少女の様子に苦笑を浮かべた。
「別に今日限りってわけじゃないんだ。明日は一緒に食べ始めればいいだろ?」
俺の言葉にレティシアはポカンと口を開けた。そして噛み締めるように呟く。
「……そう……だね。……明日もあるんだね」
「ああ」
そうなことを話していると、配膳用の機巧が料理を運んできた。
山盛りの肉にサラダといったシンプルな物だが、とても美味しそうな匂いが漂ってくる。
「美味しそうだ」
「……実際おいしいよ?」
フォークを手に取り、肉を口に運ぶと香辛料の香りが漂ってきた。一噛みするごとに肉汁が溢れ出る。
「……確かに美味しいな。……普段食べてた物よりもかなり美味しい」
騎士団の食事は良くも悪くも大味だった。
腹に溜まれば良い。そんな豪快な料理だ。
なにせ騎士団は男所帯。女性もいるがその比率は男の方が遥かに多い。中には料理を嗜む騎士も居たが、そんな騎士は極小数だ。
それと比べればこの料理は、天上の料理だ。
「……そう? ……それはよかった」
レティシアはどことなく嬉しそうに微笑む。
「ああ。……そう言えばこの食材はどうやって調達してるんだ?」
その笑顔を見ているとどことなく気恥ずかしく、話を逸らすついでに気になった事を聞いてみた。
レティシアは呪いのせいで街に出ることができない。故に買い物もできないはずだ。
「……全部機巧に任せてる」
「買い出しも?」
「……買い出しも」
「…………不審に思われないのか?」
機巧はあくまでも機巧だ。
人に似せても、異質な存在であることは間違いない。
「……大変だった。……魔物だと思われて壊されたし」
レティシアが遠い目をして言った。大変さがよく伝わってくる。
「じゃあどうやって解決したんだ?」
「……大陸のずっと北の方にね。……機巧を作っている一族がいるの。……五十年かけてその村に辿り着いて色々と買えるようになった」
「五十年!? そりゃ大変だったな」
レティシアが遠い目をしたのも頷けた。五十年は長すぎる。
「……ほんとに」
「ちなみにそれまではどうしてたんだ?」
「……聞きたい?」
レティシアからの圧が凄い。きっと聞かれたくない事なのだろう。
俺は苦笑しながら首を振る。
「いや、いい」
「……それが懸命」
そんな話をしながら俺たちは朝食を食べた。
「……じゃあ行こうか」
朝食を食べ終えしばらく休憩した後、レティシアが呟いた。
「……わかった」
「……危険な場所だから初めから臨戦体制でお願い」
転移魔術で移動するため、外へ出る必要はない。
俺は椅子から立ち上がると、鞘から不壊剣を抜き放ち構えた。
「あ、そういえばひとつ聞いていいか?」
「……なに?」
「転移先に人がいる事ってあるのか?」
もし居た場合、その人はレティシアの死の呪いで死んでしまうだろう。
しかしレティシアはふるふると首を振る。
「……だいじょうぶ。……機巧蜘蛛に先行させてるから。……今は気配がない。……でも魔物が近いから気を付けて」
「それなら平気か。俺はいつでも問題ない」
再度、不壊剣を構える。
「……じゃあいくよ?」
「ああ」
レティシアが頷くと一瞬にして立体魔術式が構築され、視界が切り替わった。