第6話 魔導具
「……コホン」
俺は気恥ずかしさのあまり、わざとらしく咳払いをした。この歳で面と向かって友達だ、なんて言うことになるとは思わなかった。
「……じゃあレティシア。悪いが俺に協力してくれないか? 他に見返りが欲しいなら聞く」
「……ううん。……そんなのいらない。……友達ならあたりまえ。……まず呪いを浄化する魔導具を作ろうと思う」
「ありがとな。だけど魔導具?」
魔導具とはその名の通り、魔術が付与された道具の事だ。魔力を流して起動する事でさまざまな事象を引き起こす。魔導技師と呼ばれる人たちが作り、販売している物だ。
「レティシアは魔導技師なのか?」
「……魔導具を作れるって意味合いならそう」
「ちなみに必要な素材は?」
魔導具を作るためには素材が必要だ。
その素材は魔力によって変質した特殊な物で終域と呼ばれる領域で採取することができる。
しかし終域は危険な場所だ。
魔力が満ちている場所のため、魔物が生息している。その魔物は終域の規模によって強さが決まり、規模が大きくなるほどに強くなる。
ちなみに俺たちがいる死塔も終域の中に存在している。
その名も死の森。中規模の終域だ。
「……素材は緋緋色金。……それと世界樹の枝。……あとは核となる魔石。……狂化の呪いがあの量をばら撒けるのなら最上級の魔石が必要」
「魔石はもとい、緋緋色金と世界樹の枝はほぼ伝説の素材じゃねぇか……」
緋緋色金は黄金より軽く、金剛石よりも硬いといわれている鉱物だ。加工には凄まじいほどの腕がいるが、緋緋色金を使用した魔導具はどれも超一級品となる。
それこそ大国の国家予算を遥かに凌ぐ金がないと買えないと言われているほどに。
しかし緋緋色金は伝説の素材だ。
では何故伝説なのか。
それは緋緋色金を入手することのできる終域が一つしか発見されてないからだ。その終域が問題となる。
その名は灼皇火山。
最古の三大魔王が一柱、炎獄龍ノアルスエールが支配する終域である。
「……でも緋緋色金はだいじょうぶ。……持ってるから」
レティシアはどこからともなく鉱石を取り出した。角度によって揺らめくような赤色をしている鉱石だ。
「…………もう驚かないけどさ。どこで手に入れたんだ?」
レティシアのする事にいちいち驚いていたら身が持たない。そう気付いた。
「……? ……灼皇火山だけど?」
可愛らしく首を傾げるレティシア。何を当たり前の事を、と言った様子だがそれが問題なのだ。
「……どうやって手に入れたんだ?」
「……どうって? ……転移して?」
レティシアは事も無げに言う。だが、転移魔術は超が付く程の大魔術だ。一個人が使えていい魔術では無い。無いのだが、やはりいちいち突っ込んでいたら話が進まない。
「……そんな事して炎獄龍は怒らないのか?」
炎獄龍ノアルスエールは魔王。知能を獲得した魔物だ。
だから勝手に自分の領域に侵入して、素材を持ち帰れば激怒してもおかしくはない。
というよりそんな恐ろしい事を考える人間はいない。
しかしレティシアはふるふると首を振った。
「……あの王は温厚」
「……おん……こう?」
なんの冗談だと耳を疑うような話だ。
なにせ彼の魔王はいくつもの国を焼き滅ぼしてきた記録が残されている。
俺の知っている伝説では炎獄龍の性質は苛烈の一言。敵対する者に容赦はなく、徹底的に滅ぼす。温厚とはかけ離れた存在だ。
だがレティシアはなんてことのないように頷く。
「……そう。……支配領域にさえ入らなければ何をしても問題ない」
「ん? その支配領域が灼皇火山じゃないのか?」
少なくとも王国の人間はそう考えている。
そしてそれは緋緋色金が流通してない事から全人類の共通認識だろう。
俺も姫様からそう教わったし、絶対に入るなとも言いつけられた。
「……そうだけどちがう。……炎獄龍の支配領域は終域の中心にある火山だけ」
「……なるほど。なら火山にさえ入らなければ緋緋色金は取り放題ってことか?」
「……魔物を倒せれば、ね」
「……どっちにしろ無理ってことか」
理解した。どっちにしろ無理難題だ。
灼皇火山は魔物の巣窟である。
たとえ炎獄龍が許しても、そこに生息している魔物は侵入者に牙を剥くだろう。
魔王の支配下にある終域だ。その魔物が弱いわけがない。
それができるのは死の呪いに侵されているレティシアだけだろう。どれだけ強力な魔物でも近付いただけで絶命するのだから。
「じゃあ緋緋色金はそれを使わせてもらっていいか?」
「……ん。……いっぱいあるからだいじょうぶ」
「ありがとな。この恩は必ず返す」
「……友達なんだから当然のことをするだけ。……恩とかは気にしないで」
そう言ってレティシアははにかんだ。
だけど俺はそれに甘えるわけにはいかない。対等な友人でありたいから。
「友達だからこそ、そこら辺はちゃんとする物なんだよ」
「……そうなの?」
「そうだ」
「……なら必ず返してもらう」
「それこそ当然だ」
俺が笑みを浮かべると、レティシアも小さく微笑んだ。




