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第41話 呪術師

「き……さま。なにを……しに来た?」


 脳を揺らされ立ち上がれないでいるヴィクターが息も絶え絶えに言った。


 ……驚いた。もう喋れるのか。


 普通なら後三十分は喋れない筈だ。流石は元帥と言ったところか。

 対する男はこれ見よがしにため息を吐いた。


「何をしに? もちろん尻拭いですよ。……それにしても、やはり仮面の男は貴方でしたか。死塔からどうやって生き延びたんですか? シン・エルアス」


 立ち振る舞いに一切の隙がない。油断のできない男だ。

 見たところかなり強い。おそらくだが元帥であるヴィクターよりも上だ。


「……それに答える必要があるのか?」

「いえ。別にどうでもいいですね。私が聞きたいのは別の事です」


 男はそこで一度言葉を区切った。

 そして蛇のような目を僅かに開き、決定的な言葉を口にする。

 

「……なぜ貴方は狂化の呪いに掛からないのですか?」


 その言葉に全身の血が沸騰しそうになるほどの怒りが湧いてきた。


「……お前か。……お前が呪術師か!」


 俺は荒れ狂う激情をなんとか抑えた。

 冷静さを失えば剣先が鈍る。それは剣士としての常識だ。


 ……どうしてだ。なぜ出てきた?


 冷静且つ迅速に思考を回す。

 

 俺とレティシアは呪術師が戦場に出ることは無いと思っていた。

 なぜならば狂化の呪いは伝染する。

 戦場で使えば帝国と王国、その両者に呪いが掛かる。

 そしてそれは全滅するまで止まらないだろう。

 となれば、戦力の殆どをこの戦場に集めている両国は保有する軍事力のほぼ全てを失う。

 軍事力を失えば周囲の終域(エンド)から身を守ることができなくなる。

 結果として待っているのは滅亡だ。

 その結末は帝国としても本意ではないだろう。

 故に呪術師が戦場に出る事は無い。筈だった。


 ……いや、まさか。俺は……俺たちは読み違えていたのか!?


 そこで俺の脳裏に瘴呪龍(エルドラーヴァ)の言葉が蘇った。


 ――黒鉄の小僧が最近おかしな動きをしている。


 その最悪の想像を裏付けるかのように、呪術師が大仰なお辞儀をする。


「……そういえば名乗っていませんでしたね。初めましてシン・エルアス。私は黒鉄の魔王が第一の配下。ゲーティス=アルカトス。二つ名は狂乱です」


 帝国側か、王国側か。

 そもそも二択で考えていたのがいけなかった。

 もとより呪術師は第三勢力。大規模終域(エンド)、黒鉄山脈を支配する王、黒鉄の魔王の勢力だったのだ。

 

 まさか、魔物が人間と手を組むなんて事は想定外だった。いくら知能を獲得しているとはいえ、魔物と人間は存在自体が相入れない。

 

 しかしそれならばゲーテイスが姿を現した事にも納得できる。魔物である彼らは人間が滅んだところでなんら問題がない。

 前提条件が崩れる。


 俺はゲーティスの言葉が終わった瞬間、縮地を使い、懐に入り込んだ。そして首を刈り取るべく不壊剣(レスティオン)を振るう。


 帝国と王国が滅びても、黒鉄の魔王に痛手はない。

 それどころか得でしかないだろう。

 ならば呪いを使わないという事は考えられない。


 ……なら、使われる前に殺す!


 またあの地獄が生み出される事は、なんとしても阻止しなければならない。


 しかしゲーティスは余裕を崩さなかった。

 そして冷笑を浮かべる。


「無駄ですよ」


 俺の斬撃はゲーティスに届くことなく()()()()()

 この現象には覚えがある。


 ……隔絶結界!


 その名の通り、術者を世界から隔絶する結界だ。

 空間魔術を応用し位相の違う空間を擬似的に作り出す魔術だ。

 作り出された結界は現実にあって現実にはない。

 故に触れることすらできなくなる。

 斬るしか能のない俺とは致命的に相性が悪い。


「貴方の恐ろしさは身に染みてわかっています。そんな私が何も準備していないとでも?」


 俺はゲーティスの言葉を無視して叫ぶ。


「姫様! シェスタ! こいつが全ての元凶です!」


 瞬間、後方から二つの魔力が立ち昇った。

 そして巨大な魔術式が記述される。


 ――光属性攻撃魔術:断罪の刃ブレイド・ジャッジメント

 ――氷属性攻撃魔術:地獄凍土(コキュートス)


 姫様の頭上に光の大剣が出現。次の瞬間には、ゲーティスの周囲が氷に閉ざされた。

 そして振り下ろされる光の大剣。

 しかしそのどちらもがすり抜けた。隔絶結界を突破するには至らない。


 ……くそ! 

 

 焦燥が募る。

 呪いを使われた瞬間に終わりだ。

 しかし俺に隔絶結界を突破する手段はない。


 ゲーティスがにやにやと笑みを浮かべる。

 この状況を(たの)しんでいるのだ。


 ……なら!


 やれる事は一つだ。俺以外をなんとしても逃す。

 逃げればゲーティスは呪いを放つかもしれない。

 だが、それしか方法がないのも事実だ。


「姫様! シェス――」


 その時、俺は腕に一匹の蜘蛛がいることに気付いた。

 普通の蜘蛛ではない。機巧蜘蛛だ。

 機巧蜘蛛はその脚をゲーティスの方へと向けていた。それで俺はレティシアの意図を察した。


 一瞬の逡巡。

 戦うか、逃すか。

 

 俺は戦うことを選んだ。

 俺たちが逃げに入れば、ゲーティスは呪いを使うかもしれない。ならばヤツが遊んでいる今、殺しきる。


 即座に縮地を使い、ゲーティスの元へと迫る。


「いくらやっても無駄ですよ?」


 嘲笑を浮かべるゲーティス。

 その足元目掛けて俺は機巧蜘蛛を投げつけた。


 機巧蜘蛛がゲーティスをすり抜け、地面に着地する。そして複雑な立体魔術式を記述した。


 その魔術式はパッと、黒く光って消えた。

 見た目に変化はない。だがゲーティスの変化は劇的だった。その表情から余裕が消えた。


「……なにを!?」

「姫様! シェスタ! もう一度!」


 叫びながら俺は不壊剣(レスティオン)を振るう。その斬撃をゲーティスは防御した。


 今度はすり抜けずに俺の斬撃は、ゲーティスの両腕を切断した。


「……ぐっ!」


 ――光属性攻撃魔術:断罪の刃ブレイド・ジャッジメント

 ――氷属性攻撃魔術:地獄凍土(コキュートス)


 次の瞬間再びゲーティスは氷に閉ざされ、光の大剣が振り下ろされた。

 砂煙が舞い上がり、視界を塞ぐ。

 それを俺は不壊剣(レスティオン)を振るい、剣風で吹き飛ばす。


 そこにいたのは先程までのゲーティスではなかった。

 頭からは巨大な角が生え、瞳が赤く、白目だった部分が黒く変色している。

 その姿は、まるで悪魔のようだった。


 ……悪魔種。


 人並みの知恵を持ち、数多の魔術を操る魔物だ。

 先程切断した腕も既に再生を終えている。


 俺は再び縮地を使った。


「……少し遊びすぎたようですね」

 

 しかし次の瞬間、ゲーティスは地面に手を当てた。

 地面に赤黒く、戦場を覆い尽くすほどに巨大な紋様が浮かび上がる。


 ……まずい!


 俺は攻撃を即座に中断。

 縮地を使い姫様とシェスタの元へ戻り、腕に抱える。


 しかしその時、ゲーティスの言葉が響いた。


「――狂乱せよ!」

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