第34話 刀鬼
ヴィクターが大きく踏み込み、大太刀を振るう。
体格差によって真上から迫り来る斬撃をアリシアは天煌剣で受け止めた。
しかしその斬撃はあまりに重く、地面に足が沈み込む。
「くっ!」
ヴィクターは己の斬撃を真正面から受け止めたアリシアに不敵な笑みを向けた。
「さすがは姫騎士! オレの斬撃を真正面から受け止めた者は久しぶりだ!」
「……それは! 光栄ですね!」
しかし押し返す事は敵わず。
天煌剣の角度を僅かに変え、大太刀を受け流す。
……まともに受けてはダメですね。
たった一度斬り結んだだけだと言うのに手が痺れている。アリシアはそう何度も受けきれないと判断した。
ヴィクターはすぐに大太刀を戻し、もう一度振るう。
だがその寸前でアリシアが煌剣を放った。
ヴィクターは攻撃を中断し、一歩後退。その間に大太刀を振るい、煌剣を叩き落とす。
しかしその時にはアリシアの記述した魔術式が光を放っていた。
――光属性攻撃魔術:聖なる審判
ヴィクターの足元に複雑な紋様が浮かび上がる。
そして――。
天から光の奔流が降り注いだ。
瞬く間に呑み込まれるヴィクター。
しかし、アリシアは止まらない。
刀鬼と呼ばれるほどの剣士だ。この程度で終わる筈がないと理解していた。
アリシアは光の奔流に向かって天煌剣を振るう。
同時に煌剣を操り、逃げ道を塞ぐように背後から強襲を仕掛けた。
天煌剣による攻撃を警戒し、後退するならば煌剣がその身体を貫く。
しかし次の瞬間、アリシアの予想を超えた出来事が起こった。
「破ァ!!!」
大気を震わすほどの怒号が轟く。そして光の奔流が消え、煌剣があらぬ方向へ飛んでいく。
姿を現したのは無傷のヴィクターだった。
「なっ――!?」
アリシアは言葉を失う。
聖なる審判を声だけで消し飛ばしたのも信じられない。
しかしそれ以上に聖なる審判の直撃を受けても無傷な事に驚いた。
……高位魔術ですよ!?
個人で扱える魔術では最高峰の攻撃魔術だ。
「――これぐらいで何を驚いている?」
ヴィクターが大きく踏み込むと、大地が揺れた。
アリシアは足を取られバランスを崩す。
「しまっ――」
咄嗟に天煌剣で受けたが、体勢を崩している。そんな状態でヴィクターの斬撃を受け止める事は不可能だ。
「くっ」
アリシアは反射的に一歩下がった。
しかしそれだけで避けられるはずもなく、右の肩口を深々と斬り裂かれ、吹き飛んだ。
アリシアが血を振り撒きながら地面をゴロゴロと転がる。身体中が痛みを訴えるが、即座に身体を起こした。
「ほう? 貴殿で無ければ今ので終わっていたな」
「……でしょうね」
アリシアは斬り裂かれた肩に手を当て、魔術式を記述する。
――光属性回復魔術:聖天の癒し
骨にまで達していた傷が瞬く間に癒えていく。
「やはり惚れ惚れするほどの回復魔術だな。まだまだ楽しめそうでなによりだ!」
ヴィクターが不敵に笑い、再び大太刀を構える。
対するアリシアも天煌剣を構えた。
先に動いたのはアリシアだった。
煌剣を放ち、同時に複数の魔術式を記述する。
――光属性攻撃魔術:光線
使用したのは初歩中の初歩である魔術だ。
アリシアもこれでダメージを与えられるとは思っていない。だが聖なる審判で無傷だった理由を確かめるのが先決だと考えた。
アリシアの背後に十個もの光球が出現した。そしてそこから光線が放たれる。
……どう出ますか?
アリシアはその瞬間を見逃すまいと目を見開く。
しかしその目論見は失敗に終わった。
「鬱陶しい」
ヴィクターはそう呟くと、大太刀を地面に突き刺した。そして右拳に立体魔術式を記述する。
……まさか!?
アリシアは即座に魔術式を記述、防壁を作り出す。
――光属性防御魔術:聖城堅壁
アリシアを取り囲むように光り輝く城壁が顕現する。
次の瞬間、ヴィクターが拳を地面に叩きつけた。
直後、閃光が爆ぜた。
轟音が響き渡り、大爆発が巻き起こる。
「くっ!」
至近距離から爆発に巻き込まれたアリシアは防壁ごと吹き飛ばされた。しかし防御が間に合ったおかげで、怪我はない。
すぐに着地すると体勢を立て直し、視界を前へ向ける。
そこにはもうもうと立ち込める土煙があった。
……やはりバケモノですね。
次の瞬間、土煙が揺らいだ。
そこから姿を現したのは大太刀を担いだヴィクターだった。
……やはり無傷ですか!
アリシアの額に冷たい汗が伝う。
そしてヴィクターの姿が掻き消えた。と思った時にはアリシアの目の前で大太刀を振るっていた。
……早い!
アリシアは天煌剣でヴィクターの大太刀を受け流す。その隙に煌剣を操り、ヴィクターの背後から襲撃を掛ける。
しかし、アリシアの攻撃は読まれていた。
ヴィクターはその場で足を踏み鳴らし、背後の地面を隆起させる。
煌剣は隆起した地面に突き立ち、止まった。
そしてヴィクターは再び大太刀を振るう。
アリシアも天煌剣でなんとか受け流しつつ煌剣を操り、今度は真上から襲撃を掛ける。
だがそれも通じなかった。
ヴィクターは一歩後退しつつ大太刀を振るう。
それだけで全ての煌剣が叩き落とされた。
一進一退の攻防。
だが、誰がどう見ても有利なのはヴィクターであった。
ヴィクターには余裕があるが、アリシアにはない。
アリシアが今やっているのは綱渡だ。
力加減や刃の角度を少しでも間違えれば、ヴィクターの大太刀を受け流す事はできない。
アリシアもこの状態が長く続くとは思っていなかった。
……このままでは負けますね。
アリシアはそう確信していた。
二人の間には覆しようのない差がある。そんな相手を倒すには切り札を切るしかない。
……使うしか……なさそうですね。
アリシアは大きく息を吐き出し、覚悟を決めた。
ヴィクターの大太刀を受け流し、距離を取る。
「ほう?」
ヴィクターはアリシアの纏う空気が変わった事に気付き、声を漏らした。
そしてアリシアは魔術式を記述していく。
全身を覆い尽くすほどの魔術式。それがパッと輝いた。
――光属性固有魔術:天衣無縫




