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第31話 仮面の男

「なんとか初日は無事に終えられましたね」


 夜、アリシアはシェスタと共に天幕で食事をとっていた。


「そうですね。あの後、第四騎士団を壊滅させた炎魔人(えんまじん)のような存在は現れませんでしたし」


 右翼を押し返してから、総指揮官から正式な通達があった。

 第三騎士団が会敵した炎妖精(ファイアスピリット)の特性を持つ魔術師を炎魔人(えんまじん)と呼称するようにと。

 これは王国軍内での情報伝達をスムーズにするために必要なことだ。

 

 アリシアも頷く。

 いつ現れてもいいようにと、警戒していたが結局は現れなかった。

 

「はい。一人だけと言うのはあり得ないと思いますが……」

「……私もそう思います」


 結果としてその後、全ての戦場が膠着状態に陥った。

 どちらも攻めきれず、犠牲を最小限に抑える戦いを展開した。

 しかしもっと厳しい戦いになると思っていたアリシアは拍子抜けだった。

 

 敵は帝国。

 王国を落とす為に準備を重ねてきたはずだ。それが炎魔人だけと言うのは考えづらい。

 しかし帝国の思惑も察する事ができる。


「……やはり仮面の男を警戒しているのでしょうね」


 今、帝国がもっとも警戒しているのは仮面の男だろう。

 なにせどこからともなく現れた謎の人物だ。情報などあるはずがない。


「そうですね。どのタイミングで出てくるのかを計っていた可能性が高いと思います」


 小競り合いだけでも出てくるのか。それとも壊滅的な被害を与えた時にしか出てこないのか。

 そこは非常に重要だ。王国としても知りたい情報ではある。


「……何者なのでしょう――」


 アリシアがそう呟いた時、天幕の外に一つの気配を感じた。二人は食事を中断し、腰の剣に手を掛ける。

 そして天幕の外から小さな声が響いた。


「夜分遅くに失礼します……!」


 アリシアとシェスタは警戒心を引き上げる。

 来客の予定はない。騎士たちも今は休息を取っているはずだ。

 わざわざ声をかける刺客はいないだろうが、王国騎士に擬態している可能性も捨てきれない。

 二人は腰の剣を抜いた。


「所属と名前、要件を言いなさい!」

「申し訳ございません。第三騎士団長エルクスです。姫様にお話したいことがありまして」

「エルクス?」


 アリシアとシェスタは声が小さくて気付いていなかった。しかし変声の魔術も存在するので、警戒は解かない。


「……いいでしょう。入りなさい」

「失礼します」


 天幕に入ってきたのは猫背で気弱な印象を受ける青年、エルクスだった。


「……え?」


 剣を抜いた二人を見て驚くエルクス。

 そんな彼の反応を見てアリシアとシェスタは本人だと確信し剣を納めた。


「エルクスですね」

「エルクスです」

「え? え?」

「本部で休息を取っているはずでは?」


 困惑を続けているエルクスを無視してアリシアは言った。

 見ればエルクスは全身に傷を負っており、まさに怪我人と言った様子だ。顔にも火傷の痕が残っている。


「はい。ですが、どうしてもお伝えしたいことがあって抜け出してきました」


 えへへと頬をかくエルクスにアリシアはため息を吐いた。

 気弱なのに変なところで思い切りが良い。エルクスは昔からそういう青年だった。

 

「……座って下さい」

「はい。ありがとうございます」


 エルクスはアリシアの前に座る。

 

「では私はお茶の用意を」

「シェスタ様! そんな! お構いなく! なんなら私がやります!」


 シェスタも額に手を当て、呆れたようにため息を吐く。

 

「エルクス……。貴方は騎士団長。私より立場は上です。様付けなんて辞めなさい」

「ですが……そういうわけには参りません」


 エルクスは元第一騎士団第一小隊の隊長だった青年である。シェスタは元上官だ。

 この態度も仕方ないものではある。なにせエルクスが第三騎士団長になってからは一月も経っていないのだから。

 

「全く貴方は……。変わりませんね」

「すぐには変わりませんよ……」

「そうですね。ですがここは戦場です。階級の下である私がやるべきでしょう。座って待っていなさい」

「……ではお言葉に甘えさせていただきます」


 元上官の命令には逆らえないエルクスは頷いた。


「さてエルクス。早速本題に入りましょう。……仮面の男についてですね?」

「はい……。……あの姫様」


 エルクスは恐る恐ると言った様子で口を開いた。

 

「大変聞きづらいのですが、シン様は本当に亡くなったのですか?」


 エルクスの言葉にアリシアは眉を顰める。

 

「……どういうことですか?」

「申し訳ございませんっ! もしかしたら秘密裏に生かされていたのではと思いまして……」

「一応そう思った理由を聞きましょうか」


 オドオドしながらもエルクスは言葉を続ける。

 

「はい。仮面の男は私とヒサラが殺される寸前に現れました。私はまず彼の後ろ姿を見たのですが……その…………シン様が助けに来てくれたのだと思いました。体格と背格好があまりにも似過ぎていたのです」

「……本当ですか?」


 エルクスは頷く。

 

「はい……。それに……現れ方というのでしょうか。それも不自然でした。気配もなく、唐突にその場に現れたのです。そんな事ができる人物を私はシン様しか知りません」


 アリシアは口元に手を当て、思考を巡らせる。

 そして口を開いた。

 

「………………まず、秘密裏に生かされているという事実はありません。少なくとも第一王女である私は知りません。そしてシンが死塔流しに処された時、父……陛下は王都にいませんでした。ですから陛下の計画という線も限りなく薄いでしょう。かといって兄が生かす理由もありません」

「……では、亡くなっているのですね」


 エルクスは肩を落とした。

 というのもシンはエルクスの憧れだったからだ。直々に剣を教えてもらった事も多々ある。

 

「はい。……ですが刑が刑です。気になるのは誰もシンの死を見ていないという事です」


 アリシアの言葉にエルクスは首を傾げた。

 

「……? シン様を死塔へ送った騎士は見ていないのですか? 確か第一王子派だったはずですが」

「……一応、死塔の魔女に喰われる所を見たと証言しています」

「一応……?」

「……これは他言無用でお願いします」


 アリシアはエルクスとお茶の用意をしているシェスタが頷いたのを確認してから口を開いた。

 

「喰われると言うのは比喩でしかありません。死塔に近付いた罪人はそれだけで死ぬのです」

「……え?」


 それはシェスタでさえも初耳だった。


「ではその騎士は嘘をついているのですか?」

「その通りです。不審に思った第一王女派の騎士がその騎士の荷物を調べた所、シンの罪状が出てきました」

「罪状?」

「二人は死闘流しの手順を知っていますか?」


 アリシアの言葉に二人は首を振る。

 

「死塔流しは同行の騎士が罪状を読み上げ、所定の位置に置くことから始まります。そして罪状が消えた後、五分間待機して何事もなければ罪人を死塔の敷地内に送るのです」

「……なるほど。では罪状がある事自体、騎士が嘘をついている証明になるということですね」

「大方怖くて逃げ帰ってきたのでしょう。第一王子派の騎士らしいと言えばそれまでですね」

「……ではシン様はいつでも逃げられる状態だったと?」

「あくまで可能性の話ですが。でもまた……シンが逃げることも考えづらいのです」


 アリシアが最後にシンと会ったのは法廷だ。

 あの時のシンは憔悴しきっていた。そして裁きを求めていた様にアリシアは思えた。


「あの時のシンならば、逃げるぐらいならば自死を選んだでしょう」


 シンの性格をよく知っているアリシアはそう思っていた。だからこそシンの死を誰も見ていない可能性があると考えつつも、シンは亡くなったと考えていたのだ。


「……では?」

「ええ。シンは亡くなっています。少なくとも私はそう思っています」

「そう……ですか」


 エルクスは再び肩を落とした。

 

「エルクス。……貴方は仮面の男の戦闘を見ましたか?」

「撤退で精一杯でしたので全ては見ていません。ですが落星(らくせい)を打ち破った瞬間は見ました」

「どうやって打ち破ったのですか?」

「その……シン様でないのなら信じ難い事なのですが、斬って崩壊させていました」


 その言葉にアリシアとシェスタは驚く。

 

「……本当ですか? 魔術を使ったわけではなく?」

「………………はい。仮面の男は魔力を一切使っていませんでした。そのようなことを出来る剣士を私はシン様しか知りません」

「……」


 天幕を沈黙が支配した。

 お茶を準備していたシェスタでさえ、その動きを止めている。

 やがて口を開いたのはアリシアだった。


「……エルクスの話はわかりました。しかしシンは亡くなっています。希望を持つのはやめましょう」

「その通りですね。仮面の男がいつ現れるかわからない以上、過度な期待をするべきではありません」


 シェスタはエルクスの前にお茶を置くとそう言った。


「あっ。ありがとうございますシェスタ様。でも……そうですね。申し訳ござませんでした」

「謝る事はありませんよ。私も仮面の男については聞きたかったので。エルクス。わざわざありがとうございますね」

「いえ、当然の務めです」


 エルクスは胸に手を当て、頭を下げた。

 

「ではエルクスはゆっくりして行ってください。私は外の空気を吸ってきます」

「あっ。私もお供を――」

「エルクス。貴方は座っていなさい」


 シェスタは腰を浮かしかけたエルクスの肩を掴んで強制的に座らせる。


「貴方はもう少し感情の機微と言うものを学ぶべきです」

「……あっ。……しっ、失礼いたしました!」

「ふふふ。二人でお茶でもしていて下さい」

「姫様もあまり遅くなりませんよう」

「ええ。すぐに戻ります」


 そうして天幕から出たアリシアは空を見上げた。そこには満点の星空が煌めいていた。

 

「……だって生きているのなら、私に会いにきてくれてもいいでしょう?」


 そう呟いたアリシアの表情はどこか寂しげだった。

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