第29話 報せ
「報告します! 第四魔術師団が壊滅しました!」
アリシアは天幕の中でシェスタと共にその報告を受けた。
「なっ!?」
「なに!?」
二人して言葉を失った。しかし直ぐ我に返る。
「詳細は!? 誰にやられたのですか!?」
「不明です! ですが、戦場に現れた魔力反応は一人。そして第四魔術師団を壊滅させた魔術は炎属性攻撃魔術、落星による物と思われます」
「……落星。 それを一人で?」
落星。
炎属性魔術の中でも最高位に位置する魔術だ。
そして大規模魔術であるが故に、とても一人で発動する事などできない魔術だ。
だが、本当に落星を使われたというのなら、同じ戦場にいた第三騎士団の生存も絶望的だろう。
だけどそれでもアリシアは聞かずにはいられなかった。
「……第三騎士団はどうなりましたか?」
「……そちらも不明です。……甚大な被害を受けた事は確実との事でした」
「……そう……ですか」
アリシアは拳を握り締める。
今にも駆け出したい衝動をなんとか堪えて息を吐き出した。
……私がここを離れるわけにはいかない。
そんな埒外の魔術師がいたと言うのなら、他の戦場にも姿を現すべきだと考える必要がある。
そうなった場合、中央で相手をできるのはアリシアしかいない。
……それに、誘われている可能性もありますね。
正直、中央の戦場は拍子抜けだとアリシアは感じていた。名乗りを上げた帝国兵も大したことがなかった。
帝国にそれほどの魔術師が存在するのであれば、敢えて投入していない理由があるはずだ。
例えば右翼にだけ壊滅的な被害を与え、姫騎士であるアリシアを誘い出したところで中央を叩く。
そんな作戦を取られている可能性もある。だからアリシアはどちらにしろ動けない。
「……総指揮官殿は?」
「レーゲン様に対処するよう命令を下しました」
第二騎士団レーゲン・クルスドガルム。
水属性魔術を扱える槍使いの騎士だ。平民出身だが騎士王アルスランにその実力を認められ、長年第二騎士団の長を務めているベテランだ。
年数で言うのならアリシアが生きてきた年月よりも多い時間を騎士団長として活躍している。
「……もしかして単騎ですか?」
「……はい」
伝令は苦々しい表情で頷いた。
「……何を考えているのですか!」
アリシアはつい声を荒げてしまった。
いくらレーゲンがベテランだとしても一人は危険過ぎる。
もちろんレーゲンが力不足なんて事はない。ないが、敵は未知数。万が一にでもレーゲンをここで失うわけにはいかない。
明らかな愚策だ。
……まさか第一王女派であるレーゲンを潰すつもりですか?
あり得ないとは言い切れない。
補佐に付いているリヒトが進言すれば通る可能性がある。
確かにこのタイミングでレーゲンが居なくなれば第一王子派は有利になるだろう。
……国が存亡の危機だというのに!
愚かだとしか思えなかった。
アリシアは拳を握りしめる。
少なくとも敵の詳細が分かるまでは団長クラスを投入するべきではないとアリシアは考える。
だけどアリシアは一騎士団長でしかない。正式に総指揮官から下された命令には逆らえない。
アリシアは無力感を感じざるを得なかった。
「失礼します! 伝令です!」
そんな時、もう一人の伝令が現れた。
「入りなさい! 礼は要りません! 直ぐに報告を!」
自体は一刻を争う。形式にこだわっている時間はない。
「かしこまりました!」
伝令が天幕の中へと入り、膝を突く。
「報告します! 右翼が敵を押し返しました!」
「……は?」
アリシアは姫騎士と呼ばれるには相応しくない声を出した。
「どういうことですか!?」
第四魔術師団の壊滅。そして第三騎士団に甚大な被害。
今し方そう報告を受けたばかりだ。だと言うのに次に来た伝令はそんな状況から巻き返したと言う。
「もしかしてレーゲンが?」
こんなに早く対処出来るはずがない。
そうは思ったが、アリシアにはそれしか考えられなかった。
しかし伝令の騎士は首を振る。
「いえ、レーゲン様の出撃前に第三騎士団長エルクス様が帰還したそうです」
「……帰還?」
「はい。エルクス様の報告ですと、敵は炎の魔人。物理攻撃は一切効かず、単体で落星を使用するほどの魔術師だそうです」
「炎の……魔人? 詳細は分かりますか?」
「炎妖精のような特性を持った魔術師との事です」
アリシアは口元に手を当てて思考を巡らせる。
そんな存在は聞いたことがなかった。なにせ炎妖精は魔物だ。考えられるとすれば消去法で天恵としか思えない。
「………………天恵……ですかね? シェスタ。どう思いますか?」
「私もそう思います。……天恵には様々な種類がありますので」
「そうですね。……それで押し返したとは?」
敵の詳細はわかった。
それが本当ならば埒外の強さを持つ魔術師だ。そんな敵を甚大な被害を受けた第三騎士団が押し返せるとはアリシアは思わなかった。
伝令は緊張した面持ちで言葉を紡ぐ。
「その……仮面を付けた黒髪の男に助けられたと」
「黒髪の……男……?」
アリシアの脳裏に一人の男が浮かぶ。しかしすぐに首を振って掻き消した。
……違う。シンはもう居ない。
黒髪という特徴が合っているだけだ。
ハイルエルダー王国では珍しい髪色だが、いないわけではない。
「それでその男は?」
「部隊を再編し、戦場に戻った時には姿を消していたそうです。敵の魔術師の姿も……」
「その男が勝ったのですか?」
「魔力反応の消え方を見ると、その男が討伐した可能性が高いとの事です。それに……」
伝令は口篭った。
「……全て話してください」
「申し訳ございません。……俄には信じがたいのですが、第三騎士団の撤退中に再び落星が放たれたそうです。そして男が真正面から打ち砕いたと……」
「……男は一人だった。それであっていますか?」
「……はい」
伝令はしっかりと頷いた。
俄に信じがたい事だ。落星を、それも単騎で真正面から打ち破るなど簡単にできることではない。
「……シェスタ。貴女に同じことが出来ますか?」
「……いえ。不可能です。それが出来るのは騎士団長でも少数でしょう」
「そうですね。その通りです」
アリシアも頷いた。シェスタのいう通りだ。
男の実力は少なく見積もっても、騎士団長に匹敵する。
「……問題はその男が味方かどうかですね」
「はい。助けたというからには敵ではないでしょうが……」
不安は拭えない。
その男の目的が見えてこないからだ。
もし王国の行動次第で敵に回るとしたら厄介極まりない。しかしそこで伝令が口を開いた。
「あの……エルクス様のお話しだと味方と名言したそうです」
「本当ですか?」
「はい」
「……ならば心強いですね」
無条件に信じるわけではないが、少なくとも敵に回る事はなさそうだとアリシアは考える。
炎の魔人とやらは帝国でも貴重な存在のはずだ。天恵持ちというのはそれだけで価値がある。
そんな存在を殺した人間が帝国の味方である可能性は限りなく低い。
……王国の味方ではない。だけど帝国の敵と言ったところでしょうか。
「報告は以上になります!」
「伝令ありがとうございました。こちらから伝える事はありません。本陣に帰還してください」
「「はっ!」」
伝令の二人が一礼をして去っていく。その姿を見届けると、シェスタは静かに口を開いた。
「……姫様」
「シェスタ。言いたい事はわかります。ですが別人でしょう」
「……そう……ですね」
シェスタは肩を落とした。
もしかしたらと言う希望があったのだろう。だが死塔に送られた人間が生きているなんてことはあり得ない。
希望を持つだけ無駄だ。
「切り替えましょう」
「はい」
アリシアの言葉にシェスタが頷く。
「それと、作戦を変更します。このまま都度私が出撃し、敵を削る予定でしたがその役はシェスタに任せます」
「姫様は天恵持ちの人間に備えるのですね?」
「その通りです。私でも確実に勝てるとは言えません。だから万全の状態で挑みたい」
「わかりました。お任せください」
「……天恵持ちが現れたならすぐに撤退してください。生存することが最優先ですよ?」
「わかっています」
シェスタは微笑みながら頷くと、天幕を後にした。




