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第20話 死人

「……宣戦……布告?」


 レティシアの口から信じられない言葉が飛び出した。


 ……いや、信じられないわけではない。


 俺はその可能性を知っていた。

 王国から俺が居なくなれば帝国が動いてもおかしくない。だけど無意識的に「そんな事はあり得ない」と思っていた。

 

 帝国がいくら侵略国家とはいえ、王国と戦争を行えば少なくない人間が死ぬ。だからその決断はしないと思っていた。いや思いたかっただけなのかもしれない。

 帝国は俺の予想に反し、動いた。戦争は必ず起きる。


「……行かなきゃ」


 俺は幽鬼の様にふらふらと立ち上がり、扉に向けて歩を進める。

 今行かないと姫様が死んでしまうかもしれない。

 戦争に絶対はない。いくら姫様が強くても、ふとした事で命を落とす。

 

 それだけはあってはならない事だ。親友を亡くした今、もう一人の()()までをも失うわけにはいかない。

 俺が行けばその確率を減らせる。


 しかし、そんな俺の前にレティシアが両手を広げて立ち塞がった。


「……だめ。……行かせられない」

「なんで止める?」

「……呪術師が出てきたらシンはまた大切な人を手に掛けなきゃいけなくなる。……それだけはさせられない」

「……じゃあ!」


 自分の口から、自分の声ではないかの様な怒声が漏れた。その声にレティシアはビクッと肩を震わせる。

 見ればレティシアの瞳は恐怖に揺れていた。だけどそれでも俺の前から退く事はない。

 毅然と両手を広げ続ける。

 

 ……何をやっているんだ俺は。


 ハッと我に返った。

 レティシアは俺のことを考えて行動してくれた。だと言うのに俺がしたのは八つ当たりだ。

 胸に罪悪感が込み上げてくる。情けなくて最低な行為をしてしまった。


「……ごめん」


 だから俺はただ謝罪の言葉を口にする。

 

「……ううん。……仕方ない。……でもこういう時こそ落ち着かないと」

「……そう……だな」

「……一回座ろ?」

「ああ」


 俺はレティシアの言葉に従い椅子に座った。

 レティシアが空中に魔術式を記述し、機巧を操作する。すると厨房にいたコックの機巧が水を運んできてくれた。


「ありがとう」


 俺はお礼を言い、受け取った水を一気に飲み干した。そして深呼吸をする。

 喉を通っていった冷たい水が、心を冷ましていく。


 ……大丈夫だ。


 そう自分に言い聞かせ、口を開いた。

 

「……レティシア。戦争が始まるのはいつかわかるか?」

「……ちょっと待って」


 レティシアが空中に魔術式を記述すると、再び文字の羅列が出現した。

 

「……うんと……五日後。……場所はオルビット平野だと思う」


 オルビット平野。

 それは王国と帝国の国境にある平野だ。

 大地の起伏が少なく、平坦な地形をしている。それ故に戦術の展開がしやすく、軍の自力が如実に影響する土地だ。


 ……真正面から攻め落とすつもりか。


 帝国はよほど戦力に自信があるのだろう。そうでもなければ、とても選ばないような場所だ。

 

「五日か……。それまでに世界樹の枝が見つかる可能性はあると思うか?」


 レティシアはふるふると首を振った。


「まあ、そうだろうな」


 俺もレティシアと同じ意見だ。

 

「……見つかったら奇跡」

「だけど奇跡に縋って何もしないってのはありえない」

「……それには同意」


 世界樹の枝の捜索は待っていることしかできない。

 しかし待ち続けても入手できる確率が少ない以上、無い物として考えるべきだ。

 

「じゃあどうするかって話だが……」


 俺が死塔流しに処されてから今日までわずか数日しか経っていない。

 おそらく帝国は俺の刑が執行されたという情報を得て、すぐに動いている。そうでも無ければこの速度はおかしい。

 となると帝国は侵攻の準備を終えていたということになる。まるで俺の刑が決まっていたかの様に。


 ……内通者の可能性。


 それも騎士団長の刑を操作、もしくは誘導できる程の地位にいる者。

 俺には一人しか心当たりがなかった。


 ……第一王子リヒト=ハイルエルダー。


 彼には動機がある。

 俺を排除し、第一王女派の勢いを削ぐと言う目的が。


 ……しかし仮にも王族だ。エーカリアを失ってまで俺を排除するなんて事があるのか?


 港町エーカリアは流通の拠点である。

 そんなエーカリアが滅べば王国にとって百害あって一利なしだ。


 ……なら、あの地獄はリヒトとは無関係なのか?


 そこで俺は一つの可能性に思い至った。

 王国最強である俺と流通の拠点である港町エーカリアを同時に排除する計画だった可能性だ。

 

「……レティシア。俺があの地獄で生き残ったのは偶然だと思うか?」


 俺の問いにレティシアは頷いた。

 

「……ん。……呪い無効の天恵なんて珍しいものを考慮しているはずがない。……シンを殺すのが目的だったのは確かだと思う。……けどそれは失敗した」

「レティシアも同じ意見か。なら確率は高そうだな。……あの地獄で殺しきれなかった俺を殺すために死塔流しを画策した? 今考えると確かに刑の執行までが早すぎたな」


 俺はあの時、そのことを好都合だと思っていた。早く裁きを受けられると。

 そうであれば俺はまんまと敵の術数に嵌められていた事になる。


「問題は第一王子の立場だな。まあおおよその想像は付くが」

「……それは?」

「あの男は聡明な人間だが、王位というものに執着しすぎている。王位が絡むと周りが見えなくなる傾向があった。だからたぶん本人が知らないうちに思考を誘導されてるとかだな」


 王位をちらつかせればすぐに食いついてくるのだ。あれほど操りやすい男もいないだろう。

 大方、俺を確実に殺せる死塔流しに処せれば第一王女派は勢いを失うとでも唆されたのだろう。それはその通りだが、俺のいなくなった結果がこの戦争だ。

 

 開戦すれば大勢の騎士が死ぬ。

 本当に愚かな事だ。そんな結末を予期できないリヒト=ハイルエルダーという男は王の器ではない。


「……そうなると、呪術師は十中八九、帝国側だな」

「……ん。……わたしもそう思う」

「ここで王国を潰す気か……」


 ここまで用意周到に俺という王国最強を潰した。

 ならばここで全てを決める腹積もりなのは間違い無いだろう。


 ……問題はいつ呪術師を投入してくるかだな。


「レティシアは戦場で呪いを使うと思うか?」


 俺は戦争という敵味方入り乱れる大混戦で呪いを振り撒く可能性は低いと思っている。

 そんなことをすれば下手したら全滅だ。あの呪いはそこまでの威力を誇る。


 たとえ王国騎士だけが密集している開戦前に放ったとしても、敵味方の区別が出来なくなった騎士たちは帝国にも牙を向く。

 そして一度戦いが始まれば待っているのは全滅以外にあり得ない。なぜならばあの呪いは伝染するからだ。


 そうなればハイルエルダー王国とセルベルド帝国の両国が滅亡するという結末もありえる。


「……わたしはないと思う」


 どうやらレティシアも同じ意見らしい。

 ならばひとまず置いておく。どのみち世界樹の枝が手に入らない以上、対処のしようがない。後の問題は純粋に勝てるかどうかだ。


「レティシア。正直に答えてくれ」


 王国はずっと平和路線の政治を行なっていた。戦いといえば終域(エンド)での魔物討伐ぐらいだ。

 対する帝国は侵略国家。戦争を何度も経験している。

 故に騎士の練度は帝国が遥かに上。そんな王国が帝国という軍事国家に勝てるだろうか。

 

 それに、そもそも帝国は数年前には戦力を整え王国への侵攻準備を終えていた。俺が現れなければ、既に戦争が起きていてもおかしくはなかったはずだ。


「……王国は勝てると思うか?」


 機巧蜘蛛によって情報を集め続けていたレティシアならば客観的な分析ができるだろう。

 だがそんなレティシアでさえも沈黙した。それが答えだ。


「……だろうな」


 俺はため息と共に呟いた。

 レティシアも同じ意見ならば、王国が勝つのは非常に厳しいだろう。

 

「……シン」


 レティシアが小さな声を漏らし、俺を見た。

 その瞳は不安に揺れている。また俺が助けに行くと言い出さないか心配なのだろう。

 だから俺は安心させるべく笑みを浮かべた。


「……大丈夫だ。レティシアのおかげで落ち着いてるよ」

 

 先程は情けない姿を見せたが、今は落ち着いている。

 無闇矢鱈(むやみやたら)に突っ込むよりも、やれる事があるとわかった。

 

「正面から戦わなくてもできる事はあるはずだ。帝国は、いや王国ですらも俺が死んだと思っているからな」


 俺は死人だ。もはやこの世に存在しない人間である。

 故に、帝国はシン・エルアスという最大戦力を見落とす。

 疑うものはいないだろう。

 なにせ俺の刑は死塔流し。死塔に送られて帰ってきた者はいない。

 よってこれは非常に大きな優位性(アドバンテージ)となる。


「……わかった。……信じる。……でもどうするの?」

「俺が、俺たちが戦場を制御する。……手伝ってくれるか?」

「……もちろん」


 俺の言葉にレティシアは即答した。

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