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君の命がたった一年しかないとしたら

作者: 月見里さん



「私ね、後一年で死んじゃうの」


 儚げに笑う君がどれだけ悲しく見えたか。

 どれだけ、辛く見えたか。

 俺には分からない。

 だけど、確実に言えることがある。



 君の命はたった一年で尽きてしまう、と。



 ひとまず、やるべきことをメモに残しておこう。

 後は……そう、日記だ。

 日記もつけよう。

 つたないかもしれないし、字も汚いけど、ひびの記録は大事だ。

 あの子に観察日記とか言われそうだけど。


 余命宣告から、次の日。

 彼女はベッドの上だ。

 外を見ている。

 でも、残念かな。見えるのは隣の棟だ。コンクリートの壁だ。

 彼女に「コンクリートの壁を見るのが趣味かい?」と聞いたら「好きで見ているわけじゃない」てふてくされながら、言いやがった。

 好きじゃないものを見てなんになる。

 見るなら好きなものにしろ。

 そう、言い続けると彼女は怒っていた。

「できたらそうしてる」だってさ。

「できたら? できないんだろ? 君がそうやっている内はいつだってできない、どうやってもできないじゃないか」

 と言えば、彼女は口をむっとする。

 これ以外の言い方ができないけど、明らかにいじけている。

 だから、こう言ったらびっくりしていた。

「いい話があるんだ。君にとって悪い話じゃない。むしろ……そうだな。コンクリートを見続けるのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、いいものを見せてやる」と。


 そのまま、俺は彼女を車椅子へ乗せた。

 そして、駆け抜ける。

 あー、そうだね。病院の廊下だ。

 すれ違う人をかいくぐり、「どけどけどけ!」と走っていく。

 看護師さんに追いかけられたけど、追いつけるわけがないだろ。なめてんのか。

 こっちとら、逃げるのには慣れてるんだぞ。

 そんなこんなで、エレベーターへすべりこみ、看護師に追いつかれないように、病院の正面玄関から飛び出す。

「車椅子を押して走るなんて、小学校以来だな!」

「無茶苦茶よ! どうするのよ!」

「このまま病院から抜け出すのもありか!?」

「なしよ!」


 そう言っているはずなのに、君は呆れるくらい笑っていた。

 そうこうしながら、連れてきたのは公園だ。

 近くの公園。

 ひとまずはそこで休憩することにした。


「あなた……どうかしてる」

「ありがとう。どう? ジュースでも飲む?」

「飲めないわ……体に悪いらしいから」

「そう? 飲みたくない?」

「体に……悪いから」

「飲みたいか、飲みたくないか。俺はそれを聞いているんだ」


 それでも黙っているし、なんかもうめんどくさいから、とりあえず適当なコーラを買って口をつける。

「くぅはぁっ……うま」

「……」

 なんか、なんとも言えない顔をしていたから、顔にコーラを近づける。

「なに?」

「一口、どう? 気分が晴れる」

「……そんなわけ」

「それとも飲めない? 俺が口移ししようか?」

 そこまで言ってようやく、彼女は口をつけた。

 そして、しわっしわの顔になる。


「なによ……これぇ……!」

「青春の潤滑剤。効くぜこれは」

「これが……あのコーラなの?」

「なんだよ、飲んだことないのか?」

「……お医者さんから止められてるの。長生きできないからって」


 そうらしい。

 おかしな話だ。寿命が一年だというのに、健康に――体に悪いものはいけないだなんて。


「長生きしたい?」

「え」

「長生きしたいのかって。どうなんだ、君は」

「…………死にたくはない」


 そうか。

 そうらしい。


「じゃあ、コーラは駄目だな。残念だ。俺が連れ出せば、美味しいキンキンに冷えたコーラがいつでも飲めるのに。違って俺は長生きしたくもない。だから、平気で飲める。君の目の前だってもね」

「……」


 そう言いながらぐびぐびと飲み込む。

 喉を流れる刺激。

 そして口に残る甘い味。

 これがたまらないんだよ。


「……一口ちょうだい」


 そうねだってきた彼女の口へコーラを近づけた。

 好きなものを我慢するのは毒ということさ。



 【次の日】

 あれから面会謝絶になるかと思ったけど、どうやら彼女が説得してくれたらしい。

 顔パスだ。

 ラッキーだね。


「今日は何を飲ませてくれるの?」

「酒がいいか?」

「ダメよ、未成年だもん」

「じゃあ、今日は飲み物以外だ」


 そう言ってまた連れ出す。

 今度は看護師さんも一緒に来るらしいけど、彼女がすごい怒って断った。

 すげえや。

 こっわ。


「で、どこに行くの」

「あー……焼肉とか?」

「……じゃあ、ダメかしら」

「なんで? 肉はいい。食べるだけで幸せになれる」

「この格好じゃ、行けないわ」


 そうだった。

 彼女の服は、つなぎみたいなやつ。

「それも可愛いじゃん……いや、やっぱダメだ。ダメダメ。綺麗な服を着ろ、俺とのデートだ、しっかりおめかししてくれなきゃ困る」

「でも、服なんて持ってない……」

「じゃあ、買いに行くぞ。話はそれからだ。俺好みがいいか、自分好みがいいか、どっちがいい?」

「自分好み……」

「じゃあ、決まりだ」


 そう言って、彼女を服屋に連れていく。

 どうやら金はあるらしい。

 結構な服をあれでもない、これでもないと時間が経つにつれて選別がより厳しくなっていく。

「早くしてくれ、こっちは腹が減ってる」

「乙女には大事なことなの、黙ってなさい」

 と言われるものだから、静かにするしかない。

 まぁ、いいか。

 どれも可愛いし、楽しそうだから。

 そうやって選んだのは、そこそこ流行りのワンピースであった。

 クリーム色にまとわれた、彼女はなんと可愛らしいことだろうか。


「馬子にも衣装てやつか?」

「馬鹿にしてるの?」

「いいじゃん。可愛いてことだよ、似合ってる。少なくともつなぎ服より断然」

「そ、そう……」

「だから、あんな服着るの辞めな。好きな服着ろよ、病院だろうとどこだろうと」

「でも……あの服の方が治療がしやすいらしいから」

「そうか? 君は自分の好みを捨ててまで、他人へ気遣いする時間があるのか?」

「……」


 実際、一年なんてあっという間だ。

 息をすれば終わる。

 吸って、吐いてを繰り返し、季節が過ぎる。

 時間なんて、そんなものだ。

 そんなもののために、自分の意見を捨てるだなんてもったいないと思うわけだ。


「……分かった。考えてみる」

「おう、その方が俺も連れ出しやすいからな。やっぱり、可愛い子が隣にいれば元気が出るってものよ」

「可愛い……の?」

「あぁ、今すぐキスしてもいいくらい」

「できないくせに」


 それもそうだ。

 冗談で言っただけ、できるわけもない。

 というか、そういう関係でもない。

 まぁ、それは今だけではあるけど。


「でも、君がこれからするのは牛のベロと濃厚なベロチューだぞ。君のファーストキスは牛だな」

「……えー、嫌なんですけど」


 そう言う彼女ではあったけど、結局、焼肉をもりもり食べましたとさ。

 お気に入りは牛タンらしい。

 よほど、ベロがお好きらしいよ。



 【次の日】

 俺は呼び出しをくらった。

 なんてことはない。

 彼女の両親と医者、そして看護師長を含めた会議にだ。

 呼ばれた理由なんてわかる。

 まぁ、呼ばれるだけのことをした自覚はあるので、文句はないかと思いきやあるわけ。


「彼女は?」

「……? いないが」

「なぜ呼ばない? 彼女の話なのに、彼女を呼ばないなんて。……もしかして、サプライズパーティーとか?」

「そういう、お気楽な話じゃない……。真面目な話だよ」

「だったら、なおさらあの子も呼ばなきゃじゃないか? あの子の人生に関わるんだろ? お医者さんは決まって小難しい話でそう言う。それでも本人を交えないんだから、独裁政治に向いているよ」

「……あなた! いい加減に……!」

「まぁ、待ちなさい。言いたいこともわかるよ。でも、彼女を連れてくるよりも、君にまず話がしたくてね」


 俺に向けて冊子が手渡される。

 ……というか、ファイリングされたあまたの紙だ。


「それはあの子のカルテ、でね。読んでみるといい、彼女の病状がわかる」

「へぇ、女の子の素肌を見るのは好きだけど、臓器を見る趣味はないもので」

「大事なことだよ。彼女の傍にいたいのなら」

「……」


 チラッとめくる。

 氏名。誕生日。血液型。


「おい、体重まで載ってるのかよ」

「健康状態の把握は大事なことだよ。それで、最近、あの子を連れ出して、悪いことをしているみたいじゃないか」

「悪い……?」


 本命はそこらしい。

 まぁ、陰湿なやつだこと。


「あの子の体は非常に繊細なんだ。練り込まれた栄養バランス。適切な水分量。そうすることで、ようやく延命できるわけだよ」


 延命……確か、生きる時間を伸ばすみたいな感じだったか。


「だから、君のやっていることは困るわけだよ。勝手なことをしてもらっては……」

「それに、服なんか着させて……、治療の時もわざわざ脱がせなきゃいけないから、困ったものよ」

「誰が困ってるって?」


 一体、誰の話をしているんだ。


「あんた達は、あの子の病気を治すのが仕事じゃないのか? なんでいちいち、食べた物とか好きなことに文句を言ってくる」

「そうすることで、長生きできるからだよ」

「それでたった一年だろ?」

「……」


 たった一年だ。

 あっという間に、やってくる。


「あの子の人生、あんたが管理して責任とれるのか? あの子は幸せでしたって、胸張って言えるか? ナイチンゲールだっけ、なんならイエス様でもいいぞ、言えるか? あの子は可愛くもない服を着て、可哀想にコンクリートの壁を見て、美味しくもないご飯を食べて一年生きました、幸せです、良かったですね、なんて言えるのか?

 責任とれるのかって」

「……」

「あんたの尺度であの子の人生決めるなよ。あの子はしたいことをする。好きな物を食べる。そのサポートをするのがあんた達の仕事じゃないのか? 自分達だってどうだ。一年後、死ぬってなったら、どうしたい? え? しみったれた病院で、悲劇の主人公にでもなりたいか?」

「…………」

「俺はごめんだね。あの子もそうだ。連れ出したのは強引だったかもしれないけど、少なくとも彼女は楽しみにしてくれている。喜んでくれている。この間なんか、牛のベロを食べたんだぞ。そうやって、あの子のしたいことをするのが()()()()て胸張って言えるんじゃないか」


 黙ってしまった。

 俺もヒートアップしてしまった。

 反省反省。

 怒られても、問答無用でやるみたいな感じだったのに、カチンときてしまった。


「そうみたいですよ。この件、ご理解いただけましたか?」


 そうすると、彼女の両親が穏やかな笑みで医者に問い掛ける。

 母親も同様に、だ。


「ですが……」

「あの子の人生です。私達も、閉鎖された病院の中では可哀想だと思っていたところ、彼が連れ出してくれました。

 それこそ、強引だったかもしれませんが」


 はい、すみません。

 反省しています。


「ですが、少なくともあの子の悲しい顔は少なくなったように思います。短い人生を悲観的に過ごす日が少なくなったと思います。

 なにより、生き生きしている」

「……」

「彼の言うことも一理ありますし、医師の知識も大事ではあります。どうでしょう? 彼の言う通り、好きなことをさせてみる、というのも」

「……ですが」

「本人の人生、最期まで好きなことをさせてあげる。それが奉仕の心ではありませんかね?」


 なんだか、よく分からないけど医者も看護師も頭を下げて申し訳なさそうだ。

 そして、俺は彼女の両親から「頼んだよ」と肩を叩かれた。

 まぁよく分からないけど「頼まれた覚えはないので、皆さんも巻き込むつもりですから。彼女から逃がしませんよ」と言うと、盛大に笑って行った。

 だって、そうじゃないと金銭的にピンチだから。

 この間のコーラだって、金欠の俺が唯一捻出できるお金だったわけだし。


 それから、彼女の連れ出しに両親と看護師長がついてくるようになった。



 【数日後】

 水族館に行ってみたいと彼女が言うので、一番大きく有名な水族館にやって来た。

 入場料もそれなり。学生料金でもまぁまぁな値段。

 それでも彼女の両親は快く支払ってくれる。

 ありがたいことだ。

 そんな俺が彼女の車椅子を押していると、少しだけ違和感を覚える。


「今日、やけに張り切ってない?」

「そう?」

「あぁ、なんか。ワンピースだけど、高そうな感じする」

「見る目はあるんだね」

「失礼な。君に出会った俺の目を馬鹿にしないでくれ。一発で可愛いことを見抜いた俺のこの審美眼とやらを」


 意味はよく分からない。

 でも、確信はあった。

 つなぎ服で、ボサボサの髪に飾り気も一切ないどころか生気がない姿であってもこの子は可愛いと。

 まぁ、一目惚れみたいなものだ。


「車椅子姿だけど、ね」

「あ? 座ったまま移動できるなんてズルいだろ。俺にも座らせろ」

「そんないいものじゃないよ?」

「座ってみなきゃ分からないだろ。帰ったら座らせてくれよ」


 そうこう言っていると、同じく水族館に来た人に前を塞がれる。

 よくある話だ。

 二人で出掛けた時だってそうだった。横一列になって、車椅子なんか通れないようになっていることなんて腐るほどある。

 だから、呆れるわけだよね。

 もちろん、怒りだって。

 今回の塞がれている場所が、車椅子が通るためのスロープなんだから。


「ほらほらほら、どけどけ!」


 その度にどかせるのがめんどくさい。

 驚いたようにこちらを見てくる連中は、スロープから降りてくれる。


「はい、どうもー」


 問答無用で突き進む。

 その中を申し訳なさそうに彼女は目を伏せる。


「何申し訳なさそうにしてるんだよ」

「だって……」

「アイツらが悪いだろ。お前の道を塞いでいたんだぞ、車椅子の前に小石を置くくらい酷いことをしてるんだぞ」


 それでも顔を伏せる。

 それもそうか、自分のせいだと思っているんだから。

 馬鹿馬鹿しい。

 あほらしい。

 そう言ってやるのは簡単だったけど、気が変わった。


「君が車椅子で移動するのは悪いことか?」

「え」

「車椅子に乗って、来てみたい水族館に来るのは悪いことなのか? 誰かに怒られることか? 誰かに責められることか?」

「え、え……」

「悪くないだろ。来てもいいようにスロープを作ってくれてるのに、悪いなんてないだろ。それかあれか? 病気になったのが悪いことか?」

「……それは」

「悪くないだろ。君が申し訳なさそうにする必要なんてない。堂々としろ。こちとら余命一年なんだぞ、て自慢してもいいくらいだ」

「そんなことできないよ」

「じゃあ、今度あんなことがあったら車椅子で轢き殺してやれ」


 彼女の前でなんてことを言ってるんだろうか。

 まぁいいか。


「それは……ダメだよ」

「それくらい堂々と歩けってことだ。俺らが歩いている時申し訳なさそうな顔をしてるか? 当たり前の顔してるだろうが、お前も歩いてるんだからそうしろ」


 めんどくさい。

 でも、言ってよかったらしい。

 少し、スッキリしたような表情に戻ったんだし。

 まぁ、その後ジンベイザメが見たいからと前に割り込んできたカップルに「轢き殺すわよ」と笑顔で言ったのは怖かった……。



 【最後のページ】

 余命一年を迎える日が、日記の最後のページになるなんて思っていなかった。

 なんという偶然かな。

 そう思うと、結構あっという間だった気もする。

 彼女は病院のコンクリートの壁しか見ていなかった時と比べたら、かなり――だいぶ、変わった。

 なにより、堂々とし始めた。

 いいことだ。

 しみったれた顔をするよりも全然いい。

 ベッドの上だったはずが、気づいた時には病室から出ていて、お菓子を食べながら同じく入院している人と話をしたり、時には看護師さんとだって話している。

 その時は決まっておしゃれしている。

 最近、服を買いに行くのは彼女の母親か看護師さんでしかないけど、俺とは公園から映画館など様々なところへ出かけるようになったので、少し寂しいけどデートする時の楽しみが増えたからいい。

 むしろ、プラスだ。

 最高だね。


 まぁ、そんな感じで余命宣告から、きっかりの期日が経つまで彼女はとても楽しんでいた。

 生き生きとしていた。

 それでいいだろう。

 さて、残りの行数も少なくなってきた。

 最後に残すことがあるとすれば






 新しい日記帳を買いに行かなきゃな



 



 〜Fin〜

読んでいただきありがとうございます。

そして、いつも応援ありがとうございます。


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[気になる点] 割烹から来ました。こんなにも素晴らしい小説を書かれる方が、筆を折られるというのは、悲しいです。 これから新しく小説が更新されることはないのかもしれませんが、楽しく読ませてもらいます。 …
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