ある奴隷の長い1日②
巨大な夕日は地平線へと吸い込まれていく。その反対側から白き月が昇り、夜の帳が降ろされる頃。上空を駆ける巨大な影が翼を動かし、ターゲットを見定めて高速接近していた。
「次から次へと…今日は騒がしいですねぇ」
「ダグちゃん、いいから保護した子を連れてシェルターへ逃げるわよ」
誘拐(未遂)犯を締めあげるリードさんが提案するも、それに対して男は首を横に振った。
「逃げる?いいえ、違います」
ダグと呼ばれた男が微笑む。あの…そろそろ肩に置かれた手を離していただけると有難いのですが…握力が強い…!何なのこの人!?
「利用しましょう――この子も、ね」
「え?」
リードさんが目を丸くし、俺と顔を見合わせた。
◆◆◆
[司令より入電、サザナミより来客。繰り返す、サザナミより来客。尚アポ無しの模様。各機、配置に付け]
格納された竜魔導機兵の瞳に光が灯される。この部隊に割り振られた竜魔導機兵は試作機を含め6機。近接戦闘を想定とした軽装竜魔導機兵、エイル・ナイトレイが搭乗する試作機も駆り出されることとなった。
[お嬢、ご武運を]
「ああ、整備班の働きに感謝する」
帰還してから二時間。たった120分で換装を終えた整備クルーはクタクタである。新品の術式回路に替えたお陰で、操作に支障は無さそうだ。壁際まで後退したクルーが「壊さないでくださいよ!?」「お嬢、ぶっ壊して帰ってこないでくださいね!!」と叫んでいるが、残念ながら格納庫の扉が開く音に掻き消されたので彼女の耳には届かない。
核である溟海石が輝き出す。電子水晶板に光り出し竜魔導機兵全体に魔力が流れていく。魔導士たちが付与した耐魔法C装甲に覆われた機体。その体内では動作・出力など細かい指示を教え込まれた術式回路が動いている。水晶板が格納庫内の映像を出し、操縦桿を握り締めて息を吐く。先ほど討伐した大型魔獣と同一個体なら、慢心せずに挑むしかない。
「エイル・ナイトレイ。試・甲型弐式、出る」
光を操る誘導員が指示を出す。それを合図に、両脚に装着した車輪が外れる。回転を始めた輪はスピードを上げ床に触れた瞬間、竜魔導機兵が飛び出した。
[もうちょい真面な入電ないんスかね?]
[お茶目で良いじゃない]
[俺ら実験的に用意された部隊ですし]
[出来れば実戦投入されたくないなー]
地面を滑るように走る軽装竜魔導機兵。それらと並走する試作機は剣を携え、此方に向かってくる怪鳥を目指す。非戦闘員を巻き込まないよう、なるべく距離を取らなければならない。会敵までの予想時間は1時間後。予知能力を持つ仲間から得た情報を信じ、エイルたちは竜魔導機兵を走らせる。
「あの、副隊長」
[どうした?]
「何故当機に保護した少年を同乗させるのでしょうか?」
奴隷の少年は借りて来た猫よろしく、硬直したまま膝に座っている。搭乗前にリード助手から呼び止められ、一緒に乗せるよう言われたのだ。真新しい服に袖を通し、身体を綺麗にしてもらった子ども。その顔色は青褪めており、とてもじゃないが戦線に連れて行くのは賢明とは思えない。
[司令殿の命令じゃ]
「そうですか。では、従います」
淡々と返すエイルを、驚愕の色を浮かべた少年が見つめる。
[試・甲型弐式は、目標地点まで少年を連れてくること]
[了解。座標を受信、直ぐに向かいます]
並走していた軽装竜魔導機兵と離れ、獣道を滑り落ちていく。試作機の方へ顔を向けた何機かが、応援するように手を振る。それに片手を上げて応える竜魔導機兵。
「…ねえ」
「ん?」
走行中、沈黙に耐え切れなかった少年が口火を切った。
「こわくないの?」
「いや、全然」
何に対して恐怖を抱いているか?曖昧な問いにエイルは答える。
「大型魔獣との戦闘には慣れている。討伐数は…先輩方に比べて少ないが」
「大型、魔獣…」
「そうか、君は知らないのか。サザナミ採掘場にいた怪鳥フラリのように、人間より巨大な魔獣は別枠なんだ。通常サイズはギルド所属の者が討伐するが、怪鳥のような大型魔獣は我々が担当するようになった」
「そうなの?」
「ああ。そうだな、例えば…怪鳥の討伐は空中戦も想定される。全ての魔導士が空を飛ぶ術式を持っているとは限らないし、魔力保有量の少ない冒険者では地上から戦うしかない。まだ全ギルドに竜魔導機兵部隊は割り振られていないが…いずれは浮島連合全領土を守る力となるだろう」
「魔獣との戦闘に慣れているって、言ってたけど…対人戦は?盗賊とかの戦闘経験、ある?」
「……そちらの道は、私には向いていなかったようだ。今は竜魔導機兵の操縦士として、家の役に立てればいい」
瞬きをした少年は、エイルを見る。
「怖くないの?」
「怖くないさ」
電子水晶板を見つめたまま、エイルは呟く。彼女の視線は保護した子どもに向けられない。ただ真っすぐ前だけを見つめる。
「今の私にはこれしかない」
[蛟竜壱号、配置に付いた]
[弐号、同じく]
[参号…待ってくだ…着きました!]
[肆号、同じくっス]
[伍号、右に同じ]
ウシオ島、海岸付近。基地から遠く離れた位置へ到着した軽装竜魔導機兵は、頭部を動かして暗くなってきた空を見上げる。両目に灯された光源が動き、目標を探す。
[対象、怪鳥フラリ。耐火属性、耐土属性持ち。火属性の魔法を放つ大型魔獣だ、青魔法を中心に対策を取れ]
[げぇー!?オレ、不利じゃないっスか!]
[副隊長、フラリって食べられますか?]
[怪鳥の素材、金になるかね?]
[うっさいわ問題児ども!!会敵予想時刻まで残り30、各機訓練通り連携を取れ!!]
星が瞬く夜空に、赤い光が強く輝く。炎を身に纏った怪鳥フラリ。独特な鳴き声とともにウシオ島を目掛けて急速接近した。各軽装竜魔導機兵が武器を取る。
[……数、多くね?]
赤く光る飛翔体。一つ、また一つ…どんどん数が増えていく。怪鳥フラリ、その数8羽。軽装竜魔導機兵は術式を展開し、急降下する大型魔獣との戦闘を開始した。
◆◆◆
リードさんに連れられ、エイルが乗る試作機に放り込まれてから一時間。ダグさんの指示に従い、彼女と同行したのは良いが…一般人が乗って良いのだろうか?いや一回目の時は救助なのでノーカンだと思うけど。どうして俺が作戦に組み込まれたんだろう…ただの奴隷なのに
「む、此処か」
試作機の動きが止まった。海岸を見下ろす山の中。茂みに身を隠す竜魔導機兵は尾を下ろし、腰に下げた大型魔導具を構える。
「何の音…?」
「怪鳥フラリとの戦闘が始まったようだ」
二本角の試作機が遠い場所で戦う軽装竜魔導機兵達の戦いを電子水晶板に映した。火球を放つ怪鳥フラリ。その攻撃を前衛二機が障壁を展開して防ぐ。あれはエイルがやった時と同じ、魔法を弾く透明な盾のようなもの。ただ試作機が展開した枚数より少ないような。気のせいだろうか?
軽装竜魔導機兵は鋼鉄一色の機体。肩や膝に引かれたラインの色は別だ。赤、黄色、緑…ちょっあの機体だけ動きが違い過ぎて見えねえ…!防御に専念する機体と入れ替わり、背後に回った機体が素早く翼を斬り落とす。両刀使いの機体。仕留められた仲間の姿に激昂する大型魔獣。鋭い鍵爪を振り下ろして攻撃しようにも、例の機体は即座に交わして距離を取った。
「………何あれ」
「ん?あれはヤマト副隊長の機体だ」
「ふくたいちょう…」
〇猫ですよ❘オジサマ騎士!
〇猫ですよ❘じゃなかった機士だ
(誰?)
〇ぴょん吉❘お嬢の師匠だよ
〇わんわん❘リメイク版で初登場するキャラだぞ
あ、神様たち。やっと喋った。ずっと黙ってるからいなくなったと思ったぞ。
その間にも副隊長機は襲い来る怪獣を切り刻む。上空から火の球を吐く魔獣もいたが、後衛の軽装竜魔導機兵が放つ《水流刃》が相殺。前衛の黄色が土属性の術式を展開し、槍上に変形した鋭い土塊が刺突した。えーっと…これで残り6…いや5羽か。何か風属性っぽい魔法で怪鳥フラリが撃墜されてる。
[これ環境破壊で怒られないですか?]
[怪鳥フラリによる被害だからセーフ]
[…………セーフだよな?]
[ちょっ、兄貴!そこは自信をもって!]
軽装竜魔導機兵が動き回るたびに周辺の木々は倒され、怪鳥フラリの攻撃で山火事になりかけているところもある。そこには戦闘しながら青魔法で消火活動している機体の姿も。これが市街地戦だったら大惨事になっていただろうな…
[残り3!]
[伍号機、援護を頼む]
[了解]
突破しようとする怪鳥フラリを水の檻で封じ込め、基地へ向かわないよう足止めをする。雷の矢を展開する機体が狙いを定め、魔獣の心臓を射抜く。黒焦げとなった怪鳥は重力に従い落下。残り2羽は交互に先頭へ出るよう飛翔し、地上からの攻撃を全て躱す。二つの巨影は地上の軽装竜魔導機兵を飛び越え、迷うことなく飛び去る。
「狙撃します」
[あー、お嬢]
[いいんスよ、アレで]
どういうこと?わざと逃がして何のメリットがあるんだ?というか狙撃できるんだ、コレ。視線を彷徨わせていると、俺と同じくエイルも困惑していた。
[数を減らせ、って指示だったので]
[ああ。後続の群れが飛来する可能性がある、ワシと参号・伍号は此処に残る。弐号は肆号とともに大橋へ迎え]
[了解]
[かしこまりっス]
[お嬢は次の指示があるまで其処で待機。大型魔導具の使用は状況に応じて判断せよ]
「了解」
海岸沿いにいた軽装竜魔導機兵のうち、二機が移動を始める。大橋、大橋…アレか。ウシオ島には谷がある。迂回するには魔獣が住む森を抜けなくてはならなくて、最短ルートとして橋が架けれたらしい。その巨大な橋は遠目から見ても頑丈に作られているのが分かる。
「…む、念話か」
視線を上げたエイルは少し考えこみ、操縦席の手前に設置されたパネルを操作した。浮き上がった文字に触れ、指先で何回かスクロールしてタッチ。
[――ワーグナー商会の方ですね?]
聞き覚えのある声だ。ダグさんが誰かと話している。エイルの機体は海岸から、大橋のある方角へと頭部を向けた。竜魔導機兵の瞳は遠く離れた地を拡大し、操縦席にいる俺たちに見せてくれた。其処で何が起こっているのかを
◆◆◆
「ワーグナー商会の方ですね?」
渓谷を渡ろうとする荷馬車を進めていた商人一行。その行く手を遮るように、青年が止めた。護衛として配置した部隊は彼の言葉に従い、馬車馬を制止する。突然荷馬車が動かなくなり、鬼の形相でワーグナーが下りて来た。青年は恭しく一礼し、己の名を告げた。
「ダグラス・ナイトレイと申し上げます。以後お見知りおきを」