ある少年の目覚め/大型魔獣との遭遇
◆◆◆
文字の人…神様たちに言われた通り、俺は歩き続ける。幸い奴隷の証である鎖は、両足を繋ぐ箇所だけ切れていたので歩行に問題は無かった。ただ素足はキツい。砂利道の上を裸足で歩き続けるのは、流石に限界を迎えそうだった。まさか靴の有難みを感じる日が来るとはなぁ…
「景色全然変わらないじゃん…ここ何処…」
〇ぴょん吉❘序盤なら浮島連合領、サザナミ採掘場だな
〇わんわん❘魔力を宿した溟海石が採掘される地域だな
「魔法か…さっき魔力保有量って言ってたし、俺も使えるの?」
〇わんわん❘本来なら、な
〇猫ですよ❘あんちゃんに付いてる拘束具、術式構築阻害効果あるから
〇ぴょん吉❘それが外れないと術式を組み立てられない
「そんなぁ……え、術式を組み立てる?」
〇猫ですよ❘そうだった、覚えてないんだよね
〇わんわん❘詠唱とは違うんだよな
〇ぴょん吉❘数式→術式 解→発動、みたいな?
〇わんわん❘そんな感じ
「へー…例えば?」
〇わんわん❘単体魔法とか、混合魔法とかあるが
〇わんわん❘というか何処まで覚えてないんだ?
〇わんわん❘これ属性とかも教えなきゃダメなやつ?
「何か…すんません」
その後は術式や属性、この世界に於ける魔法の基本を教わった。魔法はFからSまでランク付けされ、それぞれ下位術式・中位術式・上位術式に分けられるそうだ。レベル別で発動できる術式も違うらしく、高い威力の一撃を出すのにはMPの消費量も段違いだとか。
〇ぴょん吉❘まあ五大元素が元ネタと思えば
〇ぴょん吉❘そこに光と闇が追加で
〇七つの子❘あと隠しで天属性ある
「そうなんだ…天って、どういう属性?」
〇猫ですよ❘空に関する要素を纏めた属性だな
〇わんわん❘空から降ってくる厄ネタは全部ココ
厄ネタ…?ちょっと説明に引っ掛かりを覚えるも、俺は目の前に聳え立つ岩肌を登ることになったので、その疑問を口にすることは出来なかった。角度は緩いし高さも無いから登るのは大変じゃないが、拘束具が邪魔で少し手間取る。その間にも神様達は説明を続けてくれた。
◆◆◆
登り切った俺の視界に、美しい夕焼けが広がる。何処までも続く茜色。流れる雲、空を飛ぶ鳥。先ほど文字の人こと神様たちが説明した通り、浮島が頭上に幾つも見えた。大きな島、小さな島。砕かれた岩が無数に空を漂う。在りえないはずの光景が、俺の目の前に広がっている。地下に眠る溟海石や黒焔石の影響で、あんな大きな島でも空中に浮遊できるそうだ。
俺が今いるサザナミ採掘場、其処も浮遊島らしい。幾つもの大きな浮島が連なる地方、其処にいる五つの領家が同盟を結んだ地。『ドラグーンズ アクシアⅦ』の序盤、物語が始まる地こそ浮島連合。恐らく日本出身であるだろう、という神様の言葉通りなら。この領内を探索すれば前世のこと、思い出せるかもしれない。
「……これが、異世界…」
〇わんわん❘いつ見ても綺麗だな
「何か、現実っぽくないな」
〇七つの子❘剣と魔法が売りのゲームだからね
〇お揚げ君❘リメイク版、グラフィックいい…
〇わんわん❘シナリオはクソだけどな
〇ぴょん吉❘でもオープンワールド化は良い改変
〇猫ですよ❘シナリオが残念になっちゃったけど
「……そんなにヤバいの?」
逆に気になるな…
〇わんわん❘っ、やべえアレ怪鳥じゃん!!
〇お揚げ君❘あんちゃん逃げろ、ロックオンされた!!
「え?」
〇ぴょん吉❘戦闘開始だよ、走って!!
遠くに飛んでいた鳥が此方に向かっていく。何か近付いていくごとにシルエットが、デカくなっているような……え、ちょっと待って大きすぎないかアレ!?
「戦えないの!?」
〇猫ですよ❘その拘束具が取れないと無理!
〇お揚げ君❘今は走って逃げろ!
「マジかよおおおおおおおおおおおお!!」
不愉快な鳴き声とともに熱気が襲い掛かる。必死に砂利の上を走る俺。背後から熱風が何度も吹き荒れ、さっきまでいた場所に火の球が叩き落されていく。
〇お揚げ君❘クソエイムでギリ逃げ切れるか!?
〇猫ですよ❘実況する前にマップ解析しろ馬鹿!!
〇七つの子❘あんちゃんダメだ、そっちは
爆風に耐え切れず俺の身体が飛ぶ。スローモーションで進んだかと思えば、激痛とともに目の奥で火花が爆ぜた。岩肌に衝突し、転がり落ちていく。小石のように斜面を転がった俺は大木に引っ掛かる形で止まった。呼吸が出来ない。全身が痛くて、視界がグルグルして。走れない。
「かはっ…ぁ……げほ、」
〇七つの子❘早く逃げろ!!
〇猫ですよ❘さっきの爆風でダメージ判定入ってる、HP半分持ってかれた…っ
○わんわん❘イチかバチかだが…あんちゃん!
「……な、に…?」
〇わんわん❘両手の拘束具を前に突き出せ!
〇猫ですよ❘正気か!?
〇わんわん❘それしかねえだろがよ!!
〇わんわん❘第二の人生、ここで終わって言い訳がねえ!
〇わんわん❘あんちゃんだって死にたくないだろ!?
死にたくない
「………しにたく、ない…」
火球が迫り来る。咳込みながらも俺は半身を起こし、必死で両手を前に出す。手首に拘束された金属が魔力を探知。小さな電気が拘束具を纏い、バチン!と大きな音が響き渡った。その音と同時に火球が揺れ、俺を襲うことなく消滅した。
だが、
「っ、あ、ああ…ぐうぅ…っ!!」
肉の焼ける匂い。皮膚が爛れていく感触。火傷を通り越したレベルで俺の両手が死にかけていた。畜生、歯を食いしばって激痛に耐える。ちょっと物見遊山だったし、ゲームの世界って言われてたから気が緩んでいた。今は此処が現実だ。この痛みで漸く思い知ったのだ。夢じゃねえ、と真正面からブン殴られた感覚。普通に死ぬ。油断したら殺される。
〇猫ですよ❘両手の拘束具が解けた…!
〇ぴょん吉❘マップ解析こっちでやる、サポート誰か!
〇七つの子❘あんちゃん、足場に気を付けて!
金属特有の音が響く。両手の拘束具が落ちたのと同時に、俺の体内で変化が起こった。心臓が力強く脈を打ち、血液の巡りが先ほどよりも速くなったような。そんな錯覚を抱いたまま、俺は走り出す。怪鳥の攻撃は続く。もう同じ手は使えそうにない。足が死んだら人生終了だ。今は必死に走って距離を稼ぐだけ。
〇わんわん❘下位術式の青魔法Fだ!
「どうやって術式を発動すんだよ…!?」
〇猫ですよ❘威力は低いが《水刃》
〇猫ですよ❘今は《水弾丸》しかない
〇七つの子❘詠唱無しなら《水弾丸》だ、
〇猫ですよ❘人差し指で怪鳥を狙って!
〇七つの子❘水の弾丸を発射するイメージをするんだ!
〇わんわん❘とにかく水属性で対抗しろ!
振り返った俺。指をさすのと同時に怪鳥が大きく嘴を広げる。イメージしろ、水の弾丸。大きくて、大木並みに強いヤツ…!
「――《水弾丸》!」
体内に電流が流れたような錯覚。心臓は大きく拍動を刻み、俺の指先から水の弾丸が出現し発射された。真っすぐ飛ぶ《水弾丸》。吐き出された火の球とぶつかり、相殺された。俺と怪鳥の間に白い爆発が広がっていく。
「よっしゃあ!!」
〇わんわん❘喜ぶのは後にしろ馬鹿!!
〇お揚げ君❘今のうちに距離を稼げ!
煙を突っ切って巨大な影が飛ぶ。怪鳥の目に宿る妖しい光の色が変わった。どうやら俺が弱い獲物ではなく、脅威だと認識を改めたのだろう。
〇七つの子❘溜めモーションよく見て
〇わんわん❘必ず隙がある、そこ狙え!
神様の助言が無かったら、恐らく俺は無暗に連発していただろう。精神年齢高いんじゃね?と思っていたが違うかもしれない。追い詰められたら判断を間違える。冷静に、冷静に…そう自分自身に言い聞かせて構えた。先ほどの一発で魔力が減った感覚が解かる。すっからかん状態になれば怪鳥のエサ確定だ。無駄撃ちは出来ない。
怪鳥の嘴が開いた。小さな光が徐々に大きくなっていき、首を撓らせたのと同時に射出。吐き出された火炎の球を死に物狂いで避け、もう一度相手の動きを見る。一発で見切ったと思うな、パターン確定するまで見ろ。第二射、ほぼ同じ。第三射、同じ。地面に転がっている大きな岩に隠れながら観察し、勢いよく飛び出して《水弾丸》を放つ。
〇お揚げ君❘当たった!残りHPは見えるか?
〇わんわん❘鑑定眼持ちじゃないと見えねえよ!
〇七つの子❘あっても首輪でスキル発動できないだろ!
〇ぴょん吉❘あんちゃん其処に立つな!離れろ!
「え――」
足場が崩れた。しまった、逃げ回るのと反撃するのに必死で足元を良く見ていなかった。獲物の動きが止まったのに気付き、怪鳥は翼を大きく動かして見たことないモーションを取る。両翼を強く振り下ろした瞬間、炎の風が周囲を焼き焦がしていく。俺は手を振り下ろして《水刃》を飛ばす。広範囲攻撃から逃げられない今、自分がいる範囲だけ相殺するしかない。
吹き荒れる炎風。周囲に生い茂る草木は燃え上がり、大木が倒れていく。倒木に巻き込まれないよう走り出す。だが怪鳥の火炎攻撃が行く手を阻み、叩き付けられた地面が割れた衝撃で爆風から逃げ切れなかった。子どもの身体なんて簡単に吹き飛ばされる。宙に舞う俺は必死に手足を動かすも、何も出来ずに落下していった。
「ひ、ぎぃ…っ!?」
落下した先が違う倒木だなんて思わなかった。鋭く尖った太い枝が背中から貫通し、小さな体が痙攣する。
〇お揚げ君❘ああ…!!
〇猫ですよ❘心臓は回避したけど…っ
〇わんわん❘死ぬな、あんちゃん!!
呼吸が出来ない。息が出来なくて、苦しい。背中と頭部を強く打ち付けたのもあって、すぐに起き上がれない。視界がチカチカしていて、怪鳥が何処にいるのか分からない。死にたくない、死にたくない死にたくない…!なのに、俺の意思に身体が従わない。動け、動けよ…!
「……しにたく、ない…」
血が流れていく。心臓の動きが弱くなっていく。体中を駆け巡る魔力が失われていく。衰弱していく俺を見る怪鳥が嗤う。コイツ、ただ攻撃しているだけじゃないんだ。弱者を弄び、玩具にしてた。必死に逃げ回っていた俺で遊んで、反撃できる相手と分かって本気を出してきた。
「…っ、くそ…クソ…っ!」
貫通した部分だけ破壊したいけど、神様が制止する。この戦いに勝てても失血死は免れない。怪鳥に嬲り殺されて死ぬか、大量失血で死ぬか。そんな二択なんて選びたくもないのに、この状況から抜け出せる策も力も、もう残っていない。
「……だれ、か……」
無人の採掘場。俺以外の誰もいない。助けを求めても、誰も来ない。助けなど来ない、頭では解っていても。それでも藁にも縋る思いで、零れてしまうのだ。
誰か、助けて
[――これより討伐を開始する]
無機質な声が採掘場に木霊する。その声とともに鋭い風が吹き抜け、怪鳥の下半身が切り落とされた。水平上に飛ぶ青の斬撃。それは大型の魔獣を切り裂くだけじゃ足らず、採掘場の岩山まで叩き込まれた。鼓膜が破れるかと思うほどの絶叫。え、何?今の《水刃》?俺より威力あり過ぎだろ!?
〇わんわん❘何でアイツが此処にいんだよ!?
〇ぴょん吉❘管理者お前だろうがよ!!!
〇わんわん❘シナリオまで弄ってねえわボケ!!
剣と魔法の世界に不釣り合いな大型の甲冑。重量な見た目なのに空中に浮いている。浮島だけでも衝撃的だったが、俺の視界に移る鎧姿の巨人が一番驚く光景となった。
〇猫ですよ❘竜魔導機兵!?
〇ぴょん吉❘こんな序盤で出てくるヤツじゃないだろ!!?
〇七つの子❘待って待って待って
上半身と下半身が分かれたことにより、大量の血飛沫が地面へと叩き付けられていく。血の雨が降り注ぐ中、俺は目蓋を閉ざすことなく空に浮かぶ鎧だけを見る。何処かで見た覚えがあるんだ。記憶の奥底に沈む欠片が、ゆっくりと浮上していくような感覚。何か、あと少しで思い出せそうなのに。
みるみると切断面が氷漬けになっていく。どうやらただの水属性攻撃ではないようだ。落下していく下半身から悍ましい気配が漂う。伸びる血管と骨。再生能力を持つ怪鳥に驚くこともなく、甲冑の巨人は左手を翳して氷柱を射出。貫かれた下半身は瞬きする間もなく氷と化し、粉々に砕け散っていった。
[っ!? どうして子どもが此処に…]
分裂、あるいは増殖を警戒していた巨人が俺に気付いたようだ。重力に従い大地と盛大にキスする怪鳥。痙攣して動けない隙に巨大な甲冑が着地し、枝に貫かれた俺へ手を伸ばす。二つの《水刃》が放たれ、俺の身体を貫く大木を切断。巨人の手の平に落下した俺は血を吐きながら咳き込む。
獲物を横取りされた。そう認識した怪鳥が頭を持ち上げる。だが遠距離攻撃を予想していた巨人が先に剣を振るい、火球を真っ二つにした。そのまま剣先を地面に突き刺し、衝撃で吹き飛ぶ地面から石の塊が浮かんだ。それに遅れて水柱が出現して大きな岩石ごと怪鳥へ真っすぐ飛ぶ。
[君、まだ生きているな!?]
胸の装甲が持ち上がり、そこから誰かが出てきた。ハーフアップの髪。濃紺の服。白いズボン。何処かで見た覚えがある配色。巨人の胸元まで手が移動していき、俺の身体は差し出された。浅い呼吸を繰り返す俺。動けない子どもを軽々と持ち上げるのは――俺と同じ年くらいの、少女。
「…応急処置はする。手当は後だ」
年齢にそぐわない大人びた口調。だけど幼さの残る声音が愛らしさを感じさせる。俺の額に手の平を当てると、優しい光が包み込んでいく。光は薄い水の膜へと姿を変え、傷付いた肉体を覆っていった。痛みが引いていく。出血が止まった。全身に走る激痛は少しずつ遠のいていき、ぼんやりとしていた意識が戻ってきた。
夕陽が眩しい。真っ赤に燃える太陽が逆光となって、俺を助けてくれた相手の顔が見えない。姫抱きにされた俺は瞬きすることしか出来ず、礼の一つも言えやしない…あれ?さっきから神様たち、全く発言していないんだけど…何かあったのかな…?少女は俺を抱えたまま、開かれた穴へと戻る。暗闇の中に走る無数の術式。え、ちょっと待ってコレ
「申し訳ないが試作機でな。補助シートは無い」
淡々と説明しながら操縦席に座り、俺を膝に乗せたまま操縦桿を握る。機士を認証した機動兵装は再び動き出し、俺たちの前に三面モニターが点灯した。立ち上がった竜魔導機兵と同時に、氷漬けになっていく身体を炎で溶かしていた怪鳥が飛翔した。地面に突き刺した剣を抜き、襲い掛かる火球を一刀両断。
「竜魔導機兵、試・甲型弐式…推して参る」
俺は、この声を知っている。