ある少年の目覚め/記憶が欠けた転生者
◇◇◇
遡ること6年前、星歴767年
「……え、てんせー……何それ…知らん…」
空中に浮かぶステータス画面(という物らしい)とともに、横から文字の波が襲い掛かってくる。あわあわと手を動かしていると、文字が俺に話しかけてきた。
〇猫ですよ❘異世界転生、ご存じでない?
「いせかい…てんせー…」
〇猫ですよ❘前世で何かしら不幸があって転生するやつ
〇わんわん❘あー、もしかして自分の死因も知らない感じ?
「えっ、死んじゃったの俺!?」
ステータス画面を両手で掴んで揺さぶる。死んだの!?噓でしょ、何で死んじゃったの!?
〇わんわん❘画面酔いするから止めろぉ!!
「えっ、あ、ごめん…」
〇七つの子❘いつもの暴走トラックじゃないの?
〇猫ですよ❘トラックの運ちゃん可哀そうだろ
〇お揚げ君❘そろそろトラックの運ちゃん解放したげて
〇ぴょん吉❘異世界転生ラッシュで流通業が可哀そうだろ
〇七つの子❘俺に当たるなよぉ!!!!
〇わんわん❘ちょい待ち…あー、事故死じゃ無いわ
「ねえ、ちょっと俺を置いてかないで」
滝のように文字の羅列が流れていく。ダメだ、目が追い付けない。
「俺の死因、何だったの」
〇わんわん❘すまん、規約に引っ掛かるから言えない
「なんでぇ!?」
〇猫ですよ❘転生システムが変わった影響でね
〇七つの子❘前世の情報は秘匿される仕様に変わったんだよ
「なんで…?」
〇七つの子❘それはオイオイネー
うーん、よく分からないが…事故死じゃないのは確定か。
「じゃあ、俺自身の記憶が無いのも仕様?」
〇お揚げ君❘は?
〇わんわん❘は?
〇七つの子❘え?
〇猫ですよ❘は?
〇ぴょん吉❘おいコラ此処の管理テメーだろ何すっとぼけてんだ
〇わんわん❘ちょっ待て調べっから待って
何、何なの俺何かマズいこと言った!?
〇わんわん❘えーっと…確認なんだが
「あ、はい」
〇わんわん❘前世の名前は?
「…わからない」
〇わんわん❘前世の性別は?
「……わからない」
〇わんわん❘前世の年齢は?
「………わかんねえ…!」
〇お揚げ君❘ちょっと管理人ー
〇猫ですよ❘転生者くん泣いちゃったじゃーん
〇ぴょん吉❘お前本当マジふざけんなよ
〇わんわん❘俺悪くねえええええええええええ
勝手に涙が零れていく。自分の名前が思い出せない、何処で生まれたのかも分からない。今まで俺はどんな生活を送ってきたのか、誰と一緒に暮らしていたのかも。何も思い出せない。自分は本当に自分なのか。それすらも分からなくて、不安が一気に押し寄せてきて怖い。今の俺は幼いこどもだ。前世の俺が何歳だったのかは思い出せないが、感情のコントロールが上手くいかず泣き出したら止まらなくなる。俺が分からなくて、こわい。
〇猫ですよ❘マジ?転生途中でデータ欠けたとか?
〇お揚げ君❘いや転生先で事故った可能性もある
〇七つの子❘事故ったって…例えば?
〇お揚げ君❘送信途中でネット回線切断、てきな
〇七つの子❘突然の落雷でデータがお亡くなりか
〇ぴょん吉❘目覚めるタイミングで何かあったか
〇ぴょん吉❘この様子だと1割か2割DLした感じ?
〇猫ですよ❘まあ、とにかく。あんちゃん
「……俺?」
〇猫ですよ❘そそ。ステータス画面、そこ触ってみて
_________________
▽caution
you may need to reload this page.
〖A5Cα〗 Age:10
Class : Slave
_________________
〇猫ですよ❘あんちゃん日本人だよな?
〇猫ですよ❘言語表記いじるか、そこ右下押してー
_________________
▽言語表記を変更しました
▽アイテム『隷属の首輪』の効果により
対象のステータスを全て表示できません
〖A5Cα〗 年齢:10
クラス:奴隷
_________________
「えっ」
俺の目に飛び込んで来た文字に、文字の人達がざわめく。
〇ぴょん吉❘おい
〇七つの子❘ハードモードじゃん
〇猫ですよ❘うわ
「このクラスって…」
〇お揚げ君❘原作だと兵種枠。普通なら村人なんだけど
〇ぴょん吉❘おい
〇わんわん❘転生先は完全ランダム制なの!!!!
「俺が……奴隷…わ、本当だ。何か首とか足に鎖とか付いてる」
異世界転生とか前世とかワードが飛び交ったから、そっちに気を取られ過ぎて全然気が付かなかった。よく見れば服は粗末でボロボロだし、体中あちこちに傷跡と痣が目立つ。両手首に填められた枷。足首に重く纏わりつく枷。それらを確認して恐る恐る首輪に触れる。まるで冬の冷気に晒されたように、俺の掌に非情な冷たさが伝わって来た。試しにさ/外そうとすればバチ!っと音が鳴る。電流が体中に流れていき、一瞬だけ誰かの記憶が流れた。これは…転生者と自覚する前の…俺…?
〇七つの子❘マジか…マジか…
〇お揚げ君❘スタートから鬼畜すぎる
〇猫ですよ❘記憶なし・奴隷スタート…うーん、この
〇ぴょん吉❘お前さあ
〇わんわん❘俺のせいじゃねえええええええええええ
また凄い勢いで文字が流れてく…
「このアルファベット?と数字のとこ、何?」
〇七つの子❘あんちゃんの名前だよ
〇猫ですよ❘正確に言えば奴隷番号
〇わんわん❘A5地区のC、αタイプ。
「A5地区?」
〇お揚げ君❘裏世界での表記だよ
〇ぴょん吉❘実在する地名じゃないからな
〇わんわん❘人身売買で使われる
〇わんわん❘後半はChildの略で、αはランク
〇七つの子❘ランクは魔力保有量だよ
〇お揚げ君❘魔力↑ならイケそうだな
「奴隷…奴隷かぁ…」
第二の人生が奴隷スタート。前世が恵まれていたのかは知らないが、ちょっと…いや、かなり悲しい。さっきの電流で脳裏に流れた記憶を引っ張る。断片的でノイズが走っているから鮮明に思い出せないが、太ったおっさんに暴力を振るわれているシーンだった。どうしよう、あれ絶対に俺の主だよな?あの健康診断に引っ掛かりそうなオッサンに見付かったら、このまま奴隷として一生を終えるのかな…
〇猫ですよ❘あんちゃん、そう悲観になるな
〇わんわん❘クラスチェンジがあるだろ?
「えっと…?」
〇七つの子❘奴隷から変われるってこと
「そうなの!?」
〇お揚げ君❘上げて落としてスマンが、
〇お揚げ君❘その拘束具って確か
〇猫ですよ❘…あー
〇ぴょん吉❘耐魔B級か…厳しいな
「? ??」
〇七つの子❘今すぐには無理ってこと
〇猫ですよ❘大丈夫大丈夫、何とかなるって
〇ぴょん吉❘いくらでも助言すっからな
文字の人?達が言うには、特別製の拘束具が取れない限り奴隷のままらしい。転生先が奴隷の子どもだったのか、運悪く奴隷になってしまった後に魂が繋がってしまったのか。議論を交わす文字の洪水を眺めていくと、だんだん冷静になってきた。もしかして精神年齢、結構高い方なのかな?
「ていうか…ここ、何処?異世界ってことは”前世の俺”が居た世界じゃ、無いんだよな…?」
ゴツゴツとした岩肌が四方を取り囲む。空を見上げれば夕陽が差し掛かっているのか、真っ赤に染まっている。しかし此処からじゃ、町なんて何処にも見えない。文字の人達から推定日本人と認識された俺。前世の記憶に関して欠けているのは俺自身だ。日本に関する知識は失われていない。もし異世界の家屋を見られたら、前世の知識と比較できる。その違いを見れば本当に此処が異世界なのだと、改めて受け入れるだろう。
〇わんわん❘其処はゲーム『ドラグーンズ アクシアⅦ』
〇ぴょん吉❘君が前世で沢山プレイしていたゲームの世界
「マジかー…ちょっと待って、何も思い出せない」
沢山遊んだのなら風景に見覚えあるはずなのに…何か、こう…脳に引っ掛からないというか…
〇猫ですよ❘の、リメイク版
「りめいく…?」
〇猫ですよ❘大幅に改造されて古参ユーザーに不評
〇ぴょん吉❘原作知識が全く役に立たないほど
〇七つの子❘元のシナリオ見る影も無いレベル
〇わんわん❘あんちゃんの死後にリメイク版が発売
「それ前世の記憶があっても意味ねーじゃん!?」
〇猫ですよ❘草
〇お揚げ君❘草
〇七つの子❘草
「………何で急に単語だけ流れ始めたの…?」
〇七つの子❘それは置いておいて、とりあえず歩こうか
生前の自分に関する記憶なし。転生先は大好きなゲーム…の、死後発売されたリメイク版。第二の人生は奴隷スタート。こうして良いこと無しな異世界転生ライフがはじまってしまった。