第89話 対地竜トリト&リチェット その4
燦燦と降り注ぐ陽光が、湖上に光の宝石を鏤めた頃合い──修練が再会され、俺たちはすでに臨戦態勢へと入っていた。
トリトが俺に向けて一直線に駆け、その後方では、リチェットが魔法の詠唱を始めていた。
「二人とも、的を絞らせるなよ。左右に展開、常に動け!」
「OK! ハルセ」
「わかった、ガゥウ!」
俺たちだって遅れを取るわけにはいかない。相手の動きに合わせ、すぐさま指示を飛ばし、動く。
属性制御、それもだけど、やはりここは仲間との連携強化が最重要だ──改めて考えてみても、ガルが修練を止めたのも無理はない。パーティ戦で大切なことは互いを守り、補い合うことだ。単なる個人戦なんて、この修練に意味はないのだから。
単独では厳しい難敵を相手取り、仲間との連携で立ち向かう。これまでもそうだったが、俺一人の力なんて今はまだ知れたものだ。
ここから先、より戦いは熾烈さを増すことになるだろう。それを乗り越えるための力を育む大事な試練、俺はその心を汲まなければならない。
とはいえ、個々の力を高めていかなければならないこともまた事実だ。ルーチェリアもルーナも、それを十分に分かっている。
彼女たちも知らぬ間に、着実に強くなっていた。新しい魔法に、新しい技能──もちろん俺だって、目指す地点ははっきりと捉えている。
殺し屋ニコと戦った、あの時の動き。意識することなく、自然と体が動いていた。相手の攻撃を華麗に捌き、流れるように紡がれた反撃の一撃。敵の動きは揺曳する残像のように映っていたのだ。
ではなぜ、急にあれができていたのか。考えられることと言えば、一言でいえば、力の差。対峙する二人のどちらに優位性が強く働いていたか。プロのボクサーが素人のパンチを難なく見切れるように、そのくらいの圧倒的な強者となることが、その場で求めれられるのだろう。
対して、今はと言えば、確実に実力はトリトのほうが上だ。認めるのも癪だが、拳を交え、俺はそれを肌で感じている。
じゃあどうする? この戦いを諦めるのかって? いや、それは違う。体がダメなら頭を使って挑み続ける。力で劣ろうとも戦況を読み解ければ、勝算だって決してないわけじゃない。
(これから、俺たちがその答えをみせてやる)
トリトは素早い低空姿勢から、魔鋼拳を力強く振り上げた。ガガガガッ、と、激しく大地を削り、右のアッパーが石片を巻き上げながら、俺の頬を掠めていった。
俺はギリギリのところで避けたが、トリトは空を切った右手を反動にして、今度は左手をしなる弓のように、後ろへと引き絞り狙いを定めていた。
「くっ!」
放たれた渾身の左に、俺の背筋には悪寒が走った。だが──。
「ルーチェリア?」
突然、トリトの左拳を水塊が覆った。これはまさしく、ルーチェリアの水魔法による妨害。
「うおぃ! な、なんじゃこりゃ?」
トリトは一瞬躊躇した。一か八かの防御姿勢を取っていた俺だが、これは好機と、水を纏ったトリトの拳に真っ向勝負で拳をぶつけた。
バシュッ──水塊の中、属魔籠手と魔鋼拳が激突した。水の抵抗によって衝撃は和らぎ、俺とトリトは拳で押し合うように、身体を離した。
「けっ、やるじゃねえか」
トリトは腕をブンッと振るい、纏わりついていた水塊を地面へと叩き捨てた。
それにしても、ルーチェリアが使う魔法の数々は、どれもこれもが初めて見るものばかりだ。俺も守られてばかりじゃいられない。
ガギッ──この間も戦況は動いていた。
「うぐぐ、ルーナ様、意外でしたよ、これは」
「リチェット、ハルセの邪魔はさせない」
思っていた以上に、俺たちの連携は機能していた。ルーチェリアは気づかぬ間に俺の補助に回り、ルーナはリチェットの魔法を潰すために動いていた。これこそがパーティ戦。
俺はトリトに、「お前らの作戦は失敗のようだな」と言い捨て、彼は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「失敗? そう思うなら、ハルセ、お前こそ大失敗だぜ」
「フフッ、トリト、時間稼ぎご苦労だったの。じゃあそろそろいっちゃおうかな、わっちからのプレゼント── 流降石」
「プレゼント? ガゥウ?」
リチェットの言葉に、ルーナは不思議に首を傾げた。虚空へと翳していた右手を、俺に向けて振り下ろすと、頭上から無数の石礫が飛来した。
これにはルーナも大慌てで、「リチェット、ルーナが止めたのに、なんで?!」と手に持った槌に力を籠めて、リチェットの体に圧しつけた。
「お生憎様。わっちと貴方たちでは、生きてる年月も違うの」
余裕に満ちた表情で、リチェットは槌を左腕で掴んで押し戻し、俺は次々と地面に突き刺さる石礫を躱しながら、後ろへと連続して跳ぶ。
さすがに、そう簡単にはいかないようだ。俺たちもそれぞれに考えて動いたが、トリトやリチェットだって同じように連携してこちらの動きに対応した。
俺の前からは石礫が、そして後方に回り込むようにトリトが地面を蹴って移動を開始した。まるで相手は俺だけだとでも思っているかのような立ち回りだ。
トリトとリチェットは二人。だが、俺たちは三人だ。それにルーチェリアは、そちらが思う以上に手強い。
「水の息吹よ、その流麗なる流れを昇流衝撃と成し、彼の者を討て──水麗昇流衝」
ルーチェリアの魔法の声が響き渡った。俺は彼女の力を信じている。目の前に現れた渦を巻いた水柱。上空に浮かぶ数多の石礫をその渦に飲みこむと、空を駆け、湖へと突き刺さった。
吹きあがる水飛沫。トリトはその光景に「すっげえ~、ルーチェリアちゃん、やるぜえ」と目を丸く叫んでいた。
俺はそんなトリトに、「相手が俺だけだって思うなよ。これはパーティ戦だ」と言い放ち、「へっ。んでもよ、お前を潰せばそれも崩れんだろ」との切り返しに、余裕の目を眇めた。
「そうか、でも悪いな。俺を潰す前に、もう準備は整っちまった」
「はあ? 何の準備だ」
「無論、お前を潰す準備だ」
俺の声に眉を顰めたトリト。彼の目が、ルーチェリアの魔法に奪われている間に、俺は突き刺さった石礫を源にして、大地拳を左腕に纏っていた。
「人に散々撃ち込みやがって、この石礫、お前に返してやるよ──破砕!」
形勢は逆転した。俺の拳から放たれた属性開放によって、トリトの足下に鋭利なまでの石礫が連続して突き刺さった。ドゴンッ──彼はそれを避けるために、地面が陥没するほどに踏み切り、空へと舞った。
「んにゃろう~、面白れぇことしてくれるぜ。だがなあ、魔法じゃ俺っちはやれねえ、そういうルールだからな」
トリトは口元をニタリと吊り、かたや俺も、
「おいおい、ちゃんと分かってるじゃないか。魔法は牽制だ。本命はこっからに決まってんだろ」
属魔籠手に輝く朱い魔法石。両拳に埋め込まれた石同士を擦らせ、俺は両手を炎に包んだ。
「じゃあ、いくぜ」
俺は自らの足下に大地防壁を発動し、突き出す反動を利用して、大きく空へと跳んだ。トリトを抜きさり、さらに上空へと体を預け、そこから全体重を拳に乗せて、火拳を敵へと振りかざした。
「喰らえ、トリト! これが俺の、火撃衝だ!」
── 魔法紹介 ──
【流降石】
・属性領域:低域
・用途:攻撃特性
・発動言詞:『流れ落ちる磨石』
・発動手段(直接発動)
発動言詞の詠唱及び石礫を降らせる想像実行。
・備考
魔法練度、環境による影響あり。
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