第83話 戦いのルール
「気になるだろう、貴殿らの初戦相手のことが──」
言葉を引き延ばし、焦らすように話を続けるガル。だが既にその相手は分かっている。ガルの視線を辿れば答えは明快──にもかかわらず、「それはだな」なんて更に勿体ぶりなんてするから、俺もいい加減、「分かったから、さっさと言ってくれよ」と不満を声音に乗せてしまった。
「まあまあ、そう急くな。こういった余興も面白いではないか」
そう言って俺に目を眇めたガルは、「では、発表しよう」とようやく対戦相手である地竜に向けて紹介の手を振った。
俺たちのパーティー戦の相手は地竜トリトとリチェット。初めから気づいていたことで、何ら驚きはない。人数的にも『3 対 2』でこちらに優位性があるし、対等以上に戦えるはずとも思えていた。
とはいえ、修練の鬼が考えるメニューがこんなにも甘いはずがない。
「ガルベルトさん、人数的には3対2になるけど、それでもいいの? パーティー戦なんだろ?」
「うむ、構わぬ。パーティーとしての役割を意識すべきは貴殿らのほうだ。それにトリト殿は一人でも余裕だと言っておる」
「は? 一人でも?」
俺はガルの返事に目を細めたが、そこへ、
「なあハルセ、お前、俺っちたちに勝てるでも思ってんのか? 仮にそうだとすりゃあ、相当舐め腐ってやがんなあ。リチェットもそう思うだろ?」
「う~ん、まあわっちはねえ~、あんまり力の誇示はしたくないんだけどさ。そうねえ、トリト一人でやってもらえばいいんだけど、ガルベルトさんの頼みだし、わっちも出るからには貴方たちには勝ち目はないのよね」
トリトとリチェットは互いに目配せしつつ、ニヤリと釘を刺した。俺はトリトの目に視線をぶつけ、「そっちこそ舐めるなよ」と火花を散らす。
「ビハハハハハ、まあそういうことだハルセ殿。とにかくさっさと始めようではないか。口よりも腕で語り合うのだ」
たしかにガルの言うことにも一理ある。トリトの話が口だけなのか、それとも最強種である竜種の名に恥じない強大な力を持っているのか。これを確かめるには戦う以外に道はない。
ガルは鼻息をフンフンと軽快に鳴らし、まるでスポーツ観戦でもするかのような浮かれ具合。おそらくはフサフサ黒豹にとっては娯楽も兼ねているのだろう。
俺は「はあ~」と溜め息を置き、その肩にルーチェリアが優しく手のひらを乗せる。
「ハルセ、私たちだって強くなってるよね? ガルベルトさんたちをビックリさせちゃおうよ」
「ガルベルトビックリムックリ、ガゥウ!」
「あ、ああ、そうだな。いっちょやってやろうぜ」
彼女たちの言う通りだ。俺たちだって着実に強くなっている。右にルーチェリア、左にルーナ。その見上げる瞳に視線を重ね、俺たちは「よしやろう!」と高らかに声を上げた。
◇◆◇
俺たちはジーニア湖にほど近い、いつもの修練場へと足を延ばしていた。日頃から魔法を乱発しているせいもあって、雑草すら生えていない裸地となっている場所。
「やれやれ、意外と大荷物になったなあ」
ガルは大きな袋を背中に携え、それを地面にドスンと降ろすと、
「よおし、皆、準備は万端のようであるな。これよりルールを説明する」
と口火を切った。
「ルール? 普通に力を尽くして戦うって話じゃないのか?」
俺の声にガルはため息を重ね、「ハルセ殿、ルールなくしてこの試合は成り立たぬ」と首を横に振った。さらには鼻の突く挑発までも。
「なあハルセよお、ルールってのはお前たちが死なないようにするためには必要なんだぜ。だってそうだろう? 訊くところによれば、デモンサイズの野郎にも手ぇ焼いたみてえじゃねえか。ちなみによお、俺っち達なら互角、いや、それ以上に戦えるぜ。そう訊けば力の差ってもんがわかるだろう?」
ふふん、と胸を張りドヤ顔を纏ったトリト。だが、俺の心内は、こんなヤツがあのデモンサイズと互角? 一体何の冗談だ?と全否定だった。
俺はまだ、あの時の絶望を忘れられてはいなかった。
嵐斬魔将デモンサイズ──全てが無力に感じたあの瞬間、圧倒的恐怖を前に、俺は死さえも覚悟していた。
そんな絶望の淵から拾い上げてくれたのは、命懸けで守り抜いてくれたガルにメリッサ、それに俺を想い、駆けつけてくれたルーナだった。ボロボロになった体を懸命に癒し共に涙をのんだルーチェリアだって傍にいてくれた。
多くの人が犠牲となり、沈黙となった帰路。その苦しみをトリトは分かって言っているのだろうか?──俺は思い出すほどに奥歯を軋ませ、拳を握り静かに奮い立った。
それを逆なでするように、トリトの口元が三日月状にニタリと開き、俺が「くっ」と詰め寄ると、「まあ待て」とガルが互いを引き離す。
「その熱は試合に傾けよ。話を続けるぞ。目的は三つだ。一に体力錬成、二に属性力の制御、そして三にパーティーでの連携強化だ。ときにハルセ殿、貴殿はまだまだ属性力の制御がなっておらぬ。毎度の如く全力で放っておっては、長期戦には対応できぬぞ」
「ああ、言われなくても分かってるよ。俺の場合は特に、ルーチェリアみたいに剣とか、他の武器が使えないし尚更制御が重要だ」
「然り。よく分かっておるではないか。トリト殿たちの胸を借り、意のままに試してみよ。ああ一つ、忠告しておこう。この試合、少なくとも属性制御の勘だけでも掴んでおけ。さもなくばこの先、いや次回、苦しむことになる。さてルールについてだが──」
この試合、俺の目的は連携強化はもちろんのこと、何よりも属性力の制御が肝になるのは重々承知している。しかしそれにしても、最後の『苦しむ』って何だ?
俺は顎に指を添えて俯き、その間にも2つのルールが告げられた。
1. 攻撃魔法の使用禁止(属性力を抑えて牽制のみでなら使用可能)。
2. 攻撃は所有する武器のみに限定する。
ガルは「以上だ」としつつも、口の端を吊り上げ、
「今回は武器での戦闘が主軸となる。よって、攻撃魔法は牽制以外での使用は禁ずるものとするが、仮にその牽制が意図せず当たってしまった場合、受けた相手はその時点で脱落とする。無論、脱落者には罰則もある。私のとっておきのメニューをくれてやろう。何か質問はあるか?」と補足した。
攻撃手段が武器だけ? 魔法は牽制のみ、制御が目的だからか──俺は両手に嵌めた革製手袋に目を落としながら問う。
「ガルベルトさん、さっきも言ったけど、ルーチェリアは剣があるけど、俺はこれしかないし、ルーナなんて武器すら持ってないぞ。竜種の姿で戦ってもいいってことか?」
「それはダメだ。よいか? 竜種の三人はそのまま人型のままで戦ってもらう。それにハルセ殿、心配せずとも武器についてはこれから伝えようと思っていたのだ」
不敵に牙を光らせ、足元に置いていた大きな袋を「ビフゥ~、フンフン、ビハハン~」と陽気な鼻歌まじりに開くと、ガルは何やらゴソゴソと漁り始めた。




