第49話 薬草採取
ルーナの故郷を後にした俺たちは、本来の目的である薬草採取のため、その群生地に向けて出発した。
来た道を引き返し、見えてきた分かれ道をさらに右へ。ここに来た当初でいう左の道へと進路をとった。しばらく続く木々のアーチを抜けると、ジーニア湖の畔へと辿り着く。
「ハルセ、着いたよ。これぜ~んぶ、薬草。ガゥウ!」
「うわあああ~」「これは凄いな」
両手を広げ、クルクルと回るルーナ。目の前の光景に俺とルーチェリアの足も軽くなった。陽光降り注ぐその場所には、実に色鮮やかな薬草が風に靡き、俺たちのことを出迎えてくれたのだ。
開けた湖に面した場所というだけあって、陽の光、綺麗な水と肥沃な土壌、そして湖面を吹く風がこれだけの薬草を育んでいる。
よく聞く薬草採取の名所といえば、王都リゼリアから北北西、ジルディールの西を流れる【エプセト川】がその群生地帯だ。当然採取量も多く、あの場所には狩猟と同様、採取できる時期が設けられていたはずだ。
しかしここは違う。そういった話は聞いたことがないし、誰かが踏み入った形跡もない。手つかずの大自然だ。隙間なく生い茂る薬草とその美しさを前に、俺は目的すらも忘れてしまいそうだった。
いやいや、いかんいかん。俺たちの目的は各種薬草を採取し、薬液を調合すること。そして、街へ売りに行き当面の生活費を得ることにある。
まだまだこれは一丁目一番地にほど近い、初動段階。食料の減りを考えればあまり日数をかけるわけにもいかないし、時間がない。急いで採取し戻らなければ。
「はい二人とも、これ」
ルーチェリアがポーチから薄いビニールのようなものを取り出し、俺とルーナに手渡す。これは家から持ってきた空気籠。浮き輪のような空気詮がついていて、そこをパカッと開けば自動的に、あっと言う間に大きな籠が完成する。
俺はさっそく、「よし、始めるか!」と威勢よく取り掛かったものの、どれが何の薬草で、どの程度必要なのか……何から何までさっぱりわからない。隣を見れば、ルーチェリアも「ええとお、これ?」と首を傾げている。
とにかく適当に採取して、後から選別でいっかと思った俺は、雑草でも抜くかのように手をつけ始めたが、「ハルセ、そんなんじゃダメ!」とルーナからのダメ出しを受けた。
「ダメ? とりあえず色ごとにでも、集まるだけ集めたほうがいいだろ? 時間もないしさ」
「だから、ダメ!」
頑なに首を横に振る彼女の話によれば、薬草には使えるものと使えないものがあり、特に未成熟な薬草は刈り時ではなく、ただ捨てることになるし、それでは命を無意味に奪うことになる。
草木だって生きている。命あるもの。成長途中のものまで無差別に引き抜いては、生態系の崩壊へと繋がる。命の循環は守られなければならないのだ。
多分に俺なりの解釈が入ってはいるが、きっとルーナが伝えたいことはそういうことなのだろう。
彼女は自然とともに生きる大切さを知っている──それは十分に理解できたつもりだ、だが、俺とルーチェリアは分からないんだ。その採取していいものと悪いもの、もちろん採り方だって……。
自然の大切さを教えてくれたルーナ。そんな彼女は脇目も振らず、立ち尽くす俺たちの前を手際よく、猛スピードで採取をはじめた。
「これ良……これ悪……これ良……」
時間がないとか何とかと、勝手に焦ってすみません。本当にあっと言う間だった。ルーナの持つ採取用の籠はすでに満杯となった。
対する俺たちの籠はといえば、無論、閑古鳥。ルーナからは、「二人ともサボってないで摘み摘みする! 」と言われる始末。でもわかってくれ。俺たちは聞いてないんだ。採り方がダメって言われただけで、自然の大切さを教えられただけで、どう採るのが正解なんだよ。
籠は満杯でも尚も止まらず、さらに押し込んで詰め込むルーナを、俺とルーチェリアはこれを無理やり制止する。
「ルーナ、ちょっと止まって、まずは採り方を教えるんだ」
「ハルセも私もわからないの、お願いだから教えて」
「うん、わかった」
ようやくだ。こうして採取に関する手ほどきを受けることとなったわけだが、
「これをこうして、こうする。わかった?」
「わからん!」「全然わからないよお……」
俺とルーチェリアの頭の中は、めくるめく疑問符祭りとなっていた。あまりにも説明が簡素すぎる。頼んでおきながら申し訳ないが、彼女に先生というのは10年早すぎた。
続けられる、端折られた説明──「ここをシュパッとして、モチっとしてパッすればいいの」なんて、流れるような擬音のオンパレードが俺たちの脳内を揺らし、俺たちは「ああ~」「ええとお~」と目が回ったかのように頭をグルグルと回した。
とても理解が追いつかない。だが、どうにかこうにか言葉の断片を繋ぎ合わせて、俺なりにではあるが、一応の解釈はしてみた(合っているかはわからない……)。
◆*◆*◆ 薬草採取の基本 ◆*◆*◆
・治緑草は回復薬、解紫草は解毒薬、混赤草は合成に使用するものである。
・草の根元まで同色に染まったものが成熟基準、例えば草の上部は緑だが、下部が黄色であれば未成熟といった具合である。
・一本あたりの精製に必要な目安は、治緑草及び解紫草が20本程は必要。混赤草は回復薬と解毒薬を合成する際の繋ぎのようなものであるため、必要本数はその半分となる。
・草上部に薬液が蓄積されるため、全体の上1/3程のみを摘む。(根元から全て取っちゃうと、次が育つまで数年はかかる)
◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆
とまあ、こんな感じだろうか。我ながら、あの説明をここまでまとめ上げることが出来たのは、奇跡的だと思う。
ルーナの説明後、さらに俺の話を聞いたルーチェリアは、「うんうんうんうん!」と首をヘッドバンキング並みに縦に振る。耳をファサファサ、「すごいよ、ハルセ! これで大丈夫だね」とにんまりした笑顔でやる気漲るガッツポーズ。
ついに準備は整った。これで刈れる。俺たちはまずルーナの採取した籠の中身を広げて、それぞれの色に選別。そして必要量の残り本数を求め、誰が何色の薬草を採るかを決めて配置についた。
「よし、やるぞ! 俺はグリーン!」
「私はレッド!」
「ルーナはパーポー! ガゥウ!」
作業は要領が大切だ。初めから決めておけば、採りすぎもないし、自分のやるべきことだけに集中できる。
「よっしゃー! 開始だあー!」
俺の合図で、三人一斉に走り出す。何をすべきかを理解した俺たちの勢いは凄まじく、まさにコンバインばりの収穫能力で、次々と籠の中へと摘み取っていく。
薬草採取完了──俺たちは夢中で摘んだ。摘んで摘んで、籠一杯になるまで、一時間もかからずに摘み終わった。そのうえ、無駄は一切ない。自然にも配慮したエコロジー精神を厳守し、本当に必要な量だけを採取したのだ。
薬草の根元を残すことで、再び繁茂するまでの時間も短縮されるし、こうして自然に優しく共に生きるということはなんて気持ちのいいことなんだろうか。
俺たちは流れる汗を手の甲で拭いながら、「一仕事、終わったな」と互いの背中で語り合い、吹き抜ける風に身を委ねて空を仰いでいた。
ところで、もう全てが終わったような雰囲気になってしまったが、ここから本番で出発地点だ。俺がふと我に返り、「そろそろ帰る準備を──」と口にしたときには、
「ハルセ、早くしてよ。まだまだやること山積みなんだからね」
「早く帰るよ! ルーナご飯食べたいの!」
彼女たちはすでに、撤収準備まで終えていた。ルーナなんて、その場でダダダダッと走り出すウォーミングアップまでやりだす始末。
その様子に俺は、おいおい、走って帰るつもりかよ。お願いだから歩きで頼みます──と溜め息混じりにそう思っていた。
「わかったわかった、じゃあ帰ろう。そんな急かすなよ、夜まで時間あるんだし」
「まあね。でも、それまで少しでも休んでおかなきゃ。体が持たないよ」
「ごはん! ごはん!」
今から帰るとして、家に着くのは昼過ぎか。作戦再開の時間は、ガルが寝静まる深夜帯──そう、深夜なんだ。トホホって言いたくなる。また今日も俺は寝れない……。
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