第4話 世界の力と四彗魔人
あれから更に数日が過ぎ、俺は心躍る冒険心を心の奥底へと封印していた。
まさかの散歩で、モンスターの餌になりかけるとは夢にも思わなかったからだ。
前世でどれだけ平和ボケをしていたことか、よく思い知らされた一日だった。
だが、今となってはそれでよかった。
異世界での強烈すぎる洗礼は、俺を引きこもり生活へと誘ったのだ。
温かみ溢れる小屋生活と、この場の安心感。
「もう外はヤダ」と思わず小言も漏れるほどの安堵感。
危険を冒してまで外に出なくとも、全てが未知の俺にとっては、ここで得る知識もまた冒険と一緒だ。
書物もあれば、ガルに直接聞くことだって目新しく退屈はしない。最高だ。
この世界のことや不思議な力についても、色々と載っていたし、丁寧に教えてもくれた。
ところで、俺が一番嬉しかったのは、この世界にある〝力の存在〟を知ったときだ。
せっかくの異世界転生だろ? 人生やり直しの機会を得たのに、平凡な村人ポジションでは、正直ガッカリだった。村人として、ゆったりスローライフもいいだろうが、もっと俺は異世界の冒険者らしいことをしてみたい。
──と、思うところはあれど、先ずは一つずつ、学んだことを復習していこう。
俺はガルとの話を振り返った。
世界の名は【リヴルバース】
ここには、大きく分けて3つの国があるらしい。
俺が現在いる【アズールバル王国】は、大陸の南半分に及ぶほどの広大な地域を統治し、王や貴族が法執行を担う、よくある人間らしい階級社会が根づいた国だ。
映画やアニメで一度は見たことある、馴染みある中世の王国といった雰囲気が感じられる。
そして二つ目は、獣人の国【獣国ルーゲンベルクス】
狼や猫といった動物的特徴を持つ種族が多く、自然を愛し神々を崇拝する信仰国である。
二つの大山脈が防壁と成す難攻不落の城塞を構え、大陸北西領域を支配している。アズールバルの王国騎士団と同様に、こちらも〝獣王騎士団〟と呼ばれる強大な武力を保持し、武装国家としての一面も持ち合わせている。
最後に三国目である【共生国家リフランディア】
こちらは大陸北東領域に位置するエルフやドワーフの統治する国で、多くの川や森など自然豊かな広大な地に恵まれている。
また、高い鍛冶技法によって生み出される、〝魔弓・魔斧〟といった数多くの武具はあまりにも有名な代物だ。
そんな鍛冶大国としても名高い国だが、もちろん作るのみならず、国防にも力が入れられており、なかでも〝エルフ魔弓師団〟は、その名が世界中に知れ渡っている。
いずれも魅力的な国々ではあるが、その関係性は少々複雑な問題を抱えている。
アズールバルとルーゲンベルクスはここ百年もの間、絶えず争いを続けており、リフランディアは双方に加担せず、中立的な立ち位置を保持しているようだ。
このほか、大陸の東西南北には、かつて世界を崩壊の危機へと陥れたとされる〝四彗魔人〟が封印された地、どの国にも属さない不可侵地域が存在する。
そこにあるのは、〝勇者フレデリク〟とその仲間達、各国の連携によって作り上げられた巨大な封印塔。
四彗魔人の力は、〝四彗一人=一カ国分〟の力があるとも伝えられているらしく、その力は絶大なものだ。
(やはり異世界ともなれば、強大な敵っているもんだな。それにしても魔人ね……。さすがに復活するとか、ないよね?)
あのとき、ガルは終始和やかな雰囲気で話していた──でも、空気が変わった。
魔人の話に触れた辺りから、急に重苦しくなっていったんだ。
……
………
…………
『人間と獣人の争いは、今から約100年前に始まり──そして、現在にまで至る。その要因は【中央聖魔教会】の再結成とも言われている』
『中央……聖魔教会?』
ガルの話に、俺は首を傾げた。
教会──異世界の話ではよくある話だ。
この世界でも、やはり何か重要な役回りがあるのだろうか?
彼は頷き、俺の目をしっかりと見据えて話を続けた。
『ああそうだ。教会は、国家間の非干渉地域である【精霊大樹】の麓にあった。四彗を神と崇め、炎や氷といった相対する属性力が互いを牽制し合うことで、世界の均衡が保たれていると信じていた。各国も同調の兆しを見せてはいたが、今から約300年前の〝四彗封印戦〟を皮切りに、風向きは大きく変わった。教会は各国と敵対することとなり、四彗魔人が封印された後、教会自体も解体され、その存在は消されたのだ』
『──消された? でも、その教会が何故?』
『元々、アズールバルとルーゲンベルクスは同盟国であって、争うような間柄ではなかった。しかしある時、先代獣王が豹変したように告げたのだ。過去の封印戦の原因──それは、人間側の侵略行為にあると。さらには中央聖魔教会の復活も、獣国が全面的に支援するとな……』
全ての原因は、人間の侵略行為。
獣国の言い分は、
四彗魔人の一角、四彗魔雷エルバトール──その統治する地に人間が侵略し、彼の者の逆鱗に触れた。
荒れ狂う厄災と化した四彗による世界崩壊から逃れるため、各国は封印の道を選ばざるを得なかったというもの。
何とも、もっともらしい話の筋書きだ。普通に考えても、教会の復活が関係していると思わざるを得ない。
こんな言い分を、中立国であるリフランディアまで信じてしまっているのだろうか?
俺は疑問を口にする。
『そういえば、リフランディアの反論はなかったのか?』
『うむ。その真意を測ることは難しいが、リフランディアとしては、敵意を自国に向けられているわけでもない。国を挙げてわざわざ敵対する必要がない──そう考えたのではなかろうか。それに戦い自体、大昔のこと。獣国の言う真偽を確かめるのは難しい。歴史とは互いの信頼の上において築くものだ』
今から100年前。封印から200年が経過しての歴史を一変させる発言。
そこから長年続く、戦いの争点──やはり、封印された四彗魔人にあるのだろうか?
四彗の封印は、【複合型国術式封印陣】と呼ばれる巨大な塔。
塔と呼べど、物理的にブロックを積み上げたものではなく、高密度魔法石での〝結界〟と国家レベルの〝封印魔法〟の合成によって生み出された強力な封印陣である。
一つの塔のような形状を織りなすことから、そう名付けられたが、ただ強力な封印というだけではなく、欠点も存在している。
魔法と魔法石──その相互作用でのみ封印効果が発現し、どちらが欠けても、封印力を維持することはできない。
より詳しく話せば、封印魔法の効果は永続的だが、魔法石による結界は年月とともに弱まり、これを保つためには〝100年以内〟に魔法石への属性補填〝再属性付与〟を行う必要があると言うのだ。
人間と獣人の争いは、封印を維持したい人間側と封印を解除したい獣国側との争いでもある。
──が、俺はここで一つの思い違いをしていた。
てっきり、人間側が獣国の破壊行為から塔を守っているとばかり思っていた。
しかし実際はそうではなく、再属性付与を行わせないために、獣国側が封印を守っているというのだ。
そもそも複合型国術式封印陣は、四彗魔人を封じ込めるほどに強力な属性力の塊だ。仮に破壊できたとしても、大陸消失の恐れがある。
四彗魔人を復活させる唯一の方法は、封印効果が自然と消え去る──ただ、その時を待つのみ。
両国がそれぞれの目的のために守り続ける、泥沼の争いを生み出すような封印。
終わりの見えない現状に、俺はどこかもやっとした感覚を拭いきれない。
けれど、ここからはお待ちかねの時間だ。
この世界での力に関する話が始まったのだ。
初めに、諸悪の根源たる四彗魔人に関すること。
彼らには、それぞれ得意な属性があるらしく、
四彗魔炎 : 火属性最上位
四彗魔氷 : 水属性最上位
四彗魔嵐 : 風属性最上位
四彗魔雷 : 光属性最上位
と、各々が属性の頂点を冠する二つ名を持っている。
四彗魔人の持つ力が、属性の中でも最上位に位置付けられていることからも分かるとおり、この世界には、火・水・風・地・光の五属性が基本属性として存在する。
それらは魔法単体の使用だけでなく、武器や防具、道具に至るまで、様々なものへと属性付与が可能となっているようだ。
例えば、剣に火の属性を付与し、『我が剣を見よ、火剣!』みたいなイメージだろうか。
他にも、ゲームやアニメでよく知られる〝聖や闇〟の属性についても聞いてはみたが、それらは属性としては存在せず、人々の考えや信仰心として捉えられているようだった。
彼の答えに『骸骨とかゾンビはいないのか』とホッとしたが、『それはいるぞ』とガルはすかさず反論した。
これら闇属性代表とも呼べるモンスターたちは、光魔法の〝魂に触れる力〟によって生み出されたものと考えられ、闇ではなく光として分類されているとのことだった。
(光? ゾンビが光? 何と見た目に反する分類なんだ……)
そういえば、四彗魔人は〝火・水・風・光〟の最上位を司るようだが、〝地属性〟だけが出てこなかった。
(さては、地味だからか……地だけに……)
と、少しばかり駄洒落が浮かんでしまったことは、ここでは内緒だ。
俺は気になり、ガルに尋ねた。
『ガルベルトさん、地属性には最上位ってないのか?』