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第3話 異世界新生活

 気がつけば、この世界に来て早数日が経っていた。


 行く当てもない。そんな俺を助けてくれたのは、ガルベルト=ジークウッドという名の獣人だった。


 あれから二人でいろんな話をしてきたが、気のいい兄貴分というか、どこか安心感のある保護者のような感じだった。


 その印象に違わず、俺のダボダボな格好を見かねたのか、布の服と皮靴も見繕ってくれた。


 この家に子供がいたような形跡はないし、わざわざ俺のために買ってきてくれたのだろう。おかげで動きやすくて、ありがたい。


 それはそうと、ガルは俺に向かって〝貴殿〟とか〝ハルセ殿〟と呼びかけてくる。


 かつて、誰かに仕えていた名残なのだろうか? 妙に格式ばった呼び方をする一方、声を荒げて馬鹿みたいな笑うのは、ご愛敬といったところか。


 あと、基本的に優しい彼だが見た目だけはどうにも慣れない。怖い。


 俺は建前上は〝ガルベルトさん〟とさん付けにしているが、心の中では親しみを込めて〝ガル〟と呼んでいる。


 ガルは何も知らない俺にたくさんのことを教えてくれた。


 もちろん、俺もここまでの経緯を話した。


 地球という星にある、日本という国に住んでいたこと。


 サラリーマンとして働いていたこと。


 前の世界で事故に遭い、気づけばあの森で目覚めていたこと。


 俺の浮世離れした話を信じてもらえるとは到底思えない。頷きながら聞いている、その表情から真意を測ることは難しいが、彼の口から否定されるようなことは一度もなかった。


 『実に大変だったな。それで、コスプレとは何なのだ?』


 どれだけ話しても、結局そこに立ち返るガルには、「またか!」と、ツッコミたくなるほどだ。


 でも同時に、誰かと話をするってこんなにも楽しいことだったんだな、と久しぶりに感じたし嬉しくもある。


 前の世界では言葉や人格の否定に疲れ切っていたし、誰かと話したいなんて思えなくなっていた。


 否定せず、ただ耳を傾けてくれる。

 それだけのことではあるが、心を満たされていくのが自分でも分かった。


 本当は誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれないとさえ、錯覚してしまう。


 さて、ここで話は変わるが、俺はある重大な発見をしてしまった。


 強面なガルは、想像もつかないほどの可愛い一面を持ち合わせていた。


 外観は前の世界の黒豹であり、その姿は猫科そのものである──よって、俺は彼に試してみることにした。


 あの効果絶大の文明的遊具〝猫じゃらし〟を。


 早速だが、結論から言おう。予想通りだった。

 ものすごい勢いで反応して飛びつくと、地面に転がり、あの巨体をウネウネとくねらせたのだ。

 

 獣人といえ、見た目通り猫と同じだと、久しぶりに声を上げてケラケラと笑ってしまった。


 狩りの最中など、何かに集中している時は自己を律するため、引っかかることはないとのことだが、気が抜けているときは別らしい。


 ススキに似たフール草なんかをフリフリすればいちころのようだ。


 獣人の子供をあやす時には、よく用いられる手法らしいが、ガルからは『私に使うのは止めなさい、威厳が保てぬ』と、厳しい文句(クレーム)をつけられたのだった。




 この世界に来てからというもの、俺はガルの家で世話になっている。


 一度はここを離れようとしたのだが、


 『異世界から来たのであろう? ここを出て、どうやって帰るつもりだ? せめて目途がつくまで、ここに居ればいいじゃないか? 私に気遣いなど要らぬぞ』


 彼の疑うことのない真っすぐな目とその言葉に、俺は思わず頷いてしまった。


 先行き見えない俺の居場所になってくれて、ガルの温かさには本当に感謝している。


 ところで、俺が転生したこの世界の名前は【リヴルバース】と呼ばれている。


 今住んでいるのは人間の国、【アズールバル王国】。


 ガルの家から一望できる湖は、この世界に来て初めて見た絶景【ジーニア湖】であり、その中心には【王都リゼリア】が聳えている。


 王都リゼリアは湖に浮かぶ城塞都市。

 城と城壁が一体になって、都市全体を守っている。


 陽の光を反射し、煌びやかに光る湖と、それを取り囲む緑の絨毯。


 その上に佇む荘厳な城壁のコントラストは、観る者を圧倒するほど美しい。


 ──そういえば、今更ながら、俺の姿はここに来て大きく変わってしまっていた。


 体が縮んだことには気づいていたが、見た目も中学生くらいの少年ほどに若返っていたのだ。


 さすがに信じられなかった俺は、拾ってきた鏡のような石に映る自分の姿を見ながら、頬を強くつまんで現実かどうかの確認もしてみた。


 痛い。何度つまもうが、パンパンと叩こうが、俺の頬が赤く染まるだけだった。

 

 「──夢じゃない、か」


 目の色はエメラルドグリーン。

 髪色は黒ではあるが以前よりも明るめ、前髪に一束だけ白が入っている。


 (ほ~う、以前の俺より、結構カッコよくなったか?)


 少し話が逸れたが、威風堂々と佇む王都リゼリアの正門へは大きな橋が架けられている。


 ガルの家は、眼前の王都の対岸にある一際大きな樹木の麓。


 そこに建てられた、木製のロッジだ。


 作りは頑丈そのもので、強い雨風でも問題はない。

 湖から直接水を引き込んでいて、洗い物はもちろん、火の魔法石のおかげで風呂だって楽しめる。


 これからの暑い季節も、室内は水の魔法石の冷却効果でひんやりとしていて涼しく、生活自体は快適そのものだ。獣人の家でよくある〝木の上〟とかじゃなくてよかったとも思う。


 ちなみに魔法石とは、この世界に存在する様々な属性を含んだ石のことで、これを使えば、自分の属性以外の魔法だって操ることが出来る。


 そのうえ、生活の中でも普通に使われている必需品とも言えるもののようだ。

 

 俺が感心していると、自慢の前髪を揺らしながら、『我が家どうだ? 私が建てたのだぞ』とドヤ顔で語っていた。


 言える相手が俺しかいないのだ。何とも寂しい。

 俺は拍手を交え、彼の功績を称えた。


 生温い笑顔を添えて──。


 まあとにかく、この地は、俺にとって夢にまで見た異世界だ。


 当然ながら家にずっといるよりも、探索や冒険に行きたいと心が躍ってしまうの本音だった。


 しかしながら、ガルは言う。


 『この世界での散歩は命懸けだぞ。特に夜はな』


 このことを肌で感じたのは、つい昨日のことだ。



 ◇◆◇



 青く澄み切った空、美味しい空気、風になびく草原。


 ──あの丘から見る景色は、最高に違いない。


 そう思った俺は一人、散歩に出た。


 ここは異世界、未知の世界だ。

 

 (ま、この辺は夜間は危ないみたいだけど、昼なら大丈夫かな……)


 それにガルも、


 「おう、気をつけてな」


 と、一言だけで、不安なんて微塵も感じさせない清々しい笑顔とともに見送ってくれた。


 命懸けとはいえ、特に()()と言っていたし、俺もそこまで心配はしていなかった。




 ──でもね、その結果だよ。


 カマキリ? や猪、バカでかい牛みたいな奴、他にもいたけど、覚えきれない数のモンスターに滅茶苦茶に追い掛け回された。


 真昼間から必死に逃げ回って、景色を楽しむ余裕なんてこれぽっちもなかった。


 (おのれガルめ、計ったな……)


 特にカマキリのような鋭い鎌を持ち、どす黒い色に赤色の線が入り混じった、悍ましい姿のモンスター。


 ヤツは飛びやがるし、〝鎌鼬(かまいたち)〟のような真空の刃をバンバン投げ放ってくる。


 異世界に来てほんの数日の俺が、あの化け物カマキリを追い払うなんて無理ゲーすぎる。嵐のような攻撃を避けられただけでも奇跡的なのに──。


 さらに、俺が出たのは朝日が昇り始めた頃で、今と言えば、地平線擦れ擦れに太陽が顔を埋めている。


 (──ったく、もう夕日じゃねぇか……)


 日中も多くのモンスターを目にしてきた。だが、その多くは夜行性と聞いた。俺の頭を猛烈な不安がよぎり倒す。


 ここまで散々逃げ回り、他のモンスターはどうにか撒いたが、カマキリだけは執拗に追ってくる。


 (全然撒けない……このまま夜を迎えたりしたら……。俺の異世界人生は、こいつらの(ばんめし)として終了、だな)


 俺は必死に岩陰や草陰、ありとあらゆる陰を探して身を潜めようとするが、モンスターの嗅覚や聴覚なのか、すぐに見つかってしまう。そのうえ、あの鎌鼬は岩をも容易に削り斬る威力。


 あんな凄まじい一撃を喰らってしまったら、俺の体なんて小間切れ演出で華々しく散ることになる。


 「あぁ、日が沈む。ここってどこだよ……」


 とうとう、俺は帰るべき方角すらも分からなくなった。


 この窮地を乗り切るため、俺は持ち物を確認する。


 ガルからもらった、


〝布の服〟と〝革靴〟……以上。


 ノー武器、ノースキル! ノー武器、ノースキル!と、頭の中を木霊する切ない嘆き。


 生きて帰ることが困難なことを悟ってしまった……。


 ブオーン。


 生理的嫌悪感。

 大きな羽音を立てて、俺の前に舞い降りる凶悪なモンスター。


 今日一日の逃亡生活で疲れ果てた俺は、そのカマキリと再び対峙している。


 ヤツは躊躇なく、鋭い鎌を振り上げて〝かまいたち〟を放とうとした。


 しかし、その瞬間、後ろから飛んできた小石が、ゴツっと頭にぶつかり動きが止まった。


 ギロッとした鋭い目で、投石方向を睨みつけるカマキリ。


 そこには、黒く巨大な斧を担いだあの男が立っていた。


 「ガ、ガルベルトさん!」


 「ふぅ、やれやれ……。帰りが遅いから迎えに来てやったぞ。まったく、こんな所にまで散歩とはな」


 ガルは深く息を吐き、両手で持った斧を静かに振り上げ、上段の構えを取る。


 カマキリを威圧するように睨みを利かせ、この場は緊迫感で一瞬にして凍てついた。


 一触即発──あまりの緊張に、頭の天辺からつま先へと、まるで雷にでも撃たれたかのような震えが俺の全身を突き抜けた。


 永遠とも感じる、数分に満たない対峙。


 カマキリは徐々に後ずさりを始めた。

 ギロっとこちらを流眄(りゅうべん)し、大きく羽根を広げると、砂煙を上げながら飛び立っていく。


 俺は腰から砕け落ちるように、その場に崩れた。


 「た、助かった……」


 威圧のみでモンスターが退いていく。

 敵の本能的戦意すら奪うなんて──ガルのほうが余程、モンスターのようだ。


 (……でも、優しく強い、頼もしいモンスターだな)


読んでいただきありがとうございます。

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