第一話 ダンジョン都市トルンの夕暮れ時
昼間は閑散とした冒険者ギルド内も、日が西に傾くと、迷宮探索や郊外の魔物狩りなどのクエストを終えて返ってきた冒険者が増え、次第ににぎやかになってくる。
狩ってきた魔物の討伐部位や迷宮で得たドロップ品の交換で、ギルドの買取受付は賑わっている。
そして、大金を得た者は酒場に行き大いに飲み食いし、わずかな金額しか稼げなかった者は、明日に備えて足早に安宿を探しに行く。
それは、世界中どこの街の冒険者ギルドでも、似たような光景が繰り広げられているだろう。
そう、俺たちが暮らしている、迷宮都市トルンでも。
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「今回も稼げたぜ、大漁、大漁」
リーダーのウィルの嬉しそうな声が聞こえた。
さっき、俺たちのパーティーは、ダンジョンで得たドロップ品をギルドに買い取ってもらい、ウィルが代金を受け取ったばかりだった。
「せっかく稼いだんだから、ギルドからちょっと遠いが、ヤンの宿近くの酒場へ行こう」
「また、"あの店"を使うのか? ちょっとやだな」
「ヤン、そういうなって、"あの店"は少し料金が高いが料理がうまいんだ。行こうぜ」
「たまには他の店でもいいんじゃないか、でも仕方ない、さっさと行こう」
俺は、ちょっと不満な顔をしたが、すぐ諦めた顔になっていた。
その顔を見ていたウィルは済まなさそうな顔をした。
「ありがとよ、ヤン」
ウィルは、楽しそうにギルドの出入口に向かって歩き出し、俺たちはその後についていった。
外に出ると、空には明るさが残っているが、街は薄暗くなり大通りには街灯が灯っている。
ギルドが面した大通りを、商人街の方向に通り二つ分歩いた後、左側に見えるやや狭い道に入った。そのまま少し歩くと、俺が泊まっている宿、【梟のねぐら】が右手に見えてくる。ウィルが行こうと言ってた酒場【魔女の一撃】はもう少し歩いた先だ。
ウィルを先頭に俺たち全員が手前にある、梟のねぐらの建物の中に入った。
ウィルを見たフロントにいた女将さんは、
「おや、また来たのかい、その顔は今回も稼げたようだね」
と言い、ウィルも
「女将のおかげってもんよ、これからちょっとの間、【ヤンの部屋】をつかわせてもらうぜ」
と返した。女将は仕方がないという表情を見せて言った。
「ホント、あんたたちの分、割増料金でもらいたいくらいだよ」
「そう言うなって、ヤンがロングステイしているから、そっちは十分儲かっているはずだろ、これくらい勘弁してくれよ」
「しょうがないねえ、騒ぐと追い出すからね。ヤン、部屋の鍵を渡すからこっちに来ておくれ」
女将に呼ばれた俺はカウンターまで行き、鍵を受け取った。
俺はその鍵をウィルに渡した。
ウィルは、受け取った鍵の番号をチラリと見て、宿の奥の続く廊下へ歩き出した。廊下に並んだ扉を何枚か過ぎた後、ある扉の前にウィルは立ち止まった。俺が扉の鍵を開けて、ウィルが扉を開いた。
「着いたぞ、入ろうぜ」
ウィルが部屋の中に入るのに続いて、俺たちも部屋に入った。部屋は真ん中にテーブルがあり、その左右と奥に椅子が置いてある。
ウィルは、一番奥の席に歩いて行って座った。 パーティーメンバーも左右の椅子に別れて椅子に座った。最後に部屋に入った俺は、ドアを閉めた後、鍵を掛けたと同時に遮音結界が部屋の周囲に展開された。それを確認してから俺も席に座った。
この部屋は、俺が泊まっている部屋ではなく、この宿の売りの一つ、【商談部屋】だ。
遮音結界により中の音が部屋の外に聞こえないようにできるので、他人には知られたくない商談などは、商人ギルドの商談スペースか、宿付属の商談部屋で行われるのが普通だ。
【梟のねぐら】は、商人ギルド会員限定の宿だ。そのため、この町に来た商人が自分の顧客や新規の客との商談をするために、建物の1階の一部を商談部屋として用意している。
俺は、商人ギルドにも加入しているので、この宿に泊まる事ができるし、商談部屋も使用可能だ。
本来なら、この宿に入る事が許されないウィルや他のパーティーメンバーも、俺と一緒ならこの宿に入る事ができる。
ウィルは、他の冒険者が入る事ができないこの場所で、冒険者ギルドから受け取った金の分配をする場所にしている。ここなら、俺たちのパーティーが稼いだ金額を他の冒険者たちが嗅ぎつける事はできない。
どこの街でもそうだが、たちの悪い冒険者の中には、他の冒険者を襲って金や装備を奪う連中もいる。そんな連中を避ける一番の方法は、パーティーが稼いだ金額が分からないようにしておくのが一番確実な方法だ。
だから、俺たちのパーティーは毎回稼いだ金の分配は、ここにしている。
俺が椅子に座ったのを見たウィルは、
「じゃあ、始めようか」
と言い、ギルドで受け取った金が入った袋を机の上に置いた。おもむろにその袋を開け、中のコインを机に並べていった。
全部並べ終わった後、ウィルが言った。
「今回の稼ぎは、全部で金貨二十七枚だ。まず、等分で分けようや」
「「「「おおーっ」」」」
パーティーメンバー全員がどよめいた。
そう言い、ウィル自身を含めたメンバー五人に、五枚づつ配られた。
机の真ん中に残された二枚の金貨を誰が受け取るのか、四人の視線がウィルに集まった。
彼は四人のパーティーメンバーを一通り見回した後、おもむろに口を開いた。
「まず、一枚はヤンだ」
ウィルは、俺の前に金貨一枚を置いた。
「ちょっと待てよ、俺やエマの方が今回も活躍したぜ。なんでヤンなんだ」
こう言ってきたのは、魔法槍術士のハインツだった。俺と二人で前衛を担当している、リーチの長い槍によって、いち早く近づく魔物を倒していることから、俺より前衛としての能力は高い。攻撃魔法が得意なエマと二人で、今回も半分以上の魔物を倒している。
ウィルは、不満を言うハインツに向かって言った。
「ハインツ、確かにお前は多くの魔物を倒してドロップ品をたくさん取ってくれた。だが、それを全部拾ってギルドまで運んでくれたのは誰だ?」
「そ、それは・・・」
そう言ったきり、ハインツは黙ってしまった。
それを見ていたウィルは言った。
「分かっているだろう、低層階にしか入らない俺たちが稼げるのは、ポーター役を兼ねているヤンがドロップ品を全部運んでくれるからだ。今回もあれだけのドロップ品をヤン無しで、運ぶ事が出来たと思うか?」
ウィルの正論を聞かされたハインツは、鼻白んだ後顔をしかめて言った。
「・・・分かっている、分かっているけど、俺とエマが倒さなければ、そのドロップ品すらないだろう」
「ああ、分かっている、だから余ったもう一枚の金貨は、ハインツに渡す」
そう言ってウィルは、テーブル中央に残った一枚の金貨を、ハインツの前に置いた。
「ありがてえ、でも、エマの分はどうなるんだよ」
「あたいはこの分け前で充分だよ、このパーティーなら、危険なダンジョンの奥に行かなくても、そこそこ稼げるからね」
ハインツの疑問に答えるように、エマが他のパーティーメンバー全員に聞こえるように言った。
エマは火魔法を主に多彩な攻撃魔法の使い手で、単独でもBランク、この地のギルド若手女性有望株だった。以前、上昇志向の強いパーティーに所属していたが、危険なダンジョン深部に進むのがイヤで、そのパーティーから外れた後、ウィルに誘われてウチのパーティー入ってきた奴だ。大物狙いより、安全に稼げることを重視するタイプだ。
「ハインツ、エマがああ言っているから、ウィルが決めた分け方で満足してくれないかのう」
そう言ったのは、アンナだった。アンナは治癒魔法と防御魔法が得意な女性だ。年をとっているので、無理せずダンジョン低層階でそこそこ稼げる、このパーティーが気に入って所属している。
ダンジョン内で、魔力が少ない俺がケガをした時の治癒をしてくれるので、頭が上がらない人だ。
ハインツは、エマとアンナをチラ見した後、大きなため息を吐いた。
「ああ、分かった。俺の言い分も通ったから、これ以上文句を言ってパーティー内の空気を悪くする理由もねえ」
ハインツが納得したようなので、ウィルが分け前の話を終わりにしようと言った。
その声を聞いて、パーティーメンバー全員が金貨をそれぞれの懐にしまった。みんなが金貨をしまったのを見たウィルは、
「じゃあ、これから魔女の一撃で飯と酒を楽しもうぜ」
と言って、椅子から立ち上がった。俺もすぐ立ち上がって、扉の解錠と遮音結界の解除をした。錠の開け閉めは誰でも出来るが、遮音結界の展開や解除は商人ギルドのカードを持った者しかできない。だから錠の開け閉めは俺がしないと、この部屋を使う意味がない。
開いた扉から、ハインツを始め他のメンバーが部屋を出た後、ウィルが俺に話しかけた。
「ヤン、いつもすまねえな」
「いや、とんでもない、ウィルが拾ってくれたから、俺は生きていける。礼を言うのはこっちだ」
「そうか、じゃあ、今夜は楽しく呑もうぜ、先に行っとくからな」
「ああ、鍵はいつものように、俺が返しておく」
そう言って俺は、ウィルから商談部屋の鍵を受け取り、宿から出て行くウィルの背中を見送った。そして、内心に鬱屈を抱えたまま苦笑いを浮かべてフロントに歩いていった。
そう、ハインツが言うとおり、俺は弱い。
魔法がすべてという世界で、身体強化以外は初歩の魔法しか使えないのだから。




