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音のないプロポーズ  作者: 神屋青灯
50/60

音のないプロポーズ 50

 

 斗南は憂鬱な気持ちで席に着いていた。

 氷影の言った通り、話はさらに熱を帯びているようだった。


 あろうことか扇雅は今日も休んだ。その理由が、朝方になって高熱がぶり返したというものだ。聞いた同僚らは登校拒否のようなものだ、と騒ぎ立て、斗南のせいだという結論になった。

 昨日の一件もすっかり広まっていた。当然けしかけた方のタヌキ親父――正しくは営業二課長――が火元で、事実を指摘したら逆切れされたという話になっていた。今更怒る気にもなれない。関係ないが、氷影は同じ営業でも一課だ。

 斗南は浮いていた。

 子供のようないじめはないが、誰もが斗南を遠巻きに指差した。仕事も回してもらえなくなった。代わりに、ホチキスの芯を外すだとか、付箋を一枚ずつ剥がしていくだとか、恐らく必要のない雑用を命じられた。それをフロアの最も人目に付く席で見物にされた。


 土日を挟んで、いよいよ扇雅が出社すると、状況は更に悪化する。

 桃ノ木は扇雅が意図的に情報を流したとは思っていないようだったが、現実は噂通りの、いやそれ以上の話を作り上げては、それはもうペラペラと捲し立てた。と言っても、実際はそんな軽々しい口調では言わない。僕が悪いんだ、比野さんを責めないでくれ。そんな言葉を織り交ぜながら、見事に被害者を演じきっていた。


 ところで、斗南は有給の申請をした。一日だけ、水曜日。桃ノ木はそれが春直の退院の日だと知っていたのもあり、すぐに許可してくれた。

 時々声も掛けてくれたが、氷影の時と同様、余計におかしな噂になり兼ねず、ろくな会話はできなかった。


   ◇


 斗南まで休みを取ってくれたと桃ノ木つてに聞いて、春直は驚いたが嬉しかった。

 実は、ひとついい報告がある。氷影には言ってあるのだが、斗南には秘密だ。退院の日に来てくれるのなら、そこで伝えよう。春直はわくわくして斗南を待っていた。

 だが。

「ごめんね、明日は来られないや」

 前日、斗南はいつものように見舞いに来たが、明日のことはそう言った。

「今日が最後のお見舞いなんだね…。春ちゃん、退院おめでとう」

 ここ一週間ほど、斗南はめっきり元気を無くしていた。言うまでもない。会社でのことが響いているのだろう。だが、そのわりに不自然な斗南の変化に春直は気付いた。

――ホッシーの髪型、前と少し違う。

「よくわかるね。ちょっと変えただけなのに」

 自然なストレートだったのが、ほんのりだけれど、パーマがかけられている。特別な意味はない、と斗南は言った。

「ちょうど美容院に行ったから、気分転換だよ」

 髪先を指で弄ぶ。それを春直はまじまじと見つめた。斗南が苦笑いする。

「あ…似合ってない?」

 春直はそれを否定しなかった。髪型の感想ではないが、似合わない。状況に、だ。

――何がちょうどなの?

 斗南の視線が揺らいだ。明らかに言葉に詰まり、それから無理に取り繕おうとする。

「何って…髪を切るタイミングがっていうか…。あれ、そんな変なこと言ってる?」

――明日、どこに行くの?

 言葉を遮るように春直は書いた。斗南がまた動揺を見せる。

「…言いたくない、かも」

 斗南は顔を背けた。だが、付き合いの功というのだろうか。春直には斗南の考えていることがわかってしまった。

――お母さんの所へ行くの?

 斗南は目を背けていても、春直が何かを書くと必ず見てくれる。どんな時でも、見ないことで春直を無視はしない。母の文字に顔色を悪くしたのに、春直が言葉を続けると、またちゃんと視線をくれた。

――お見合いの話をするつもり?

 沈黙が返事になる。斗南は春直の視界から逃げるように背を丸めていたが、やがて、どうしてわかるの、と呟いた。

「お母さんの所じゃない。お母さんが見つけてくれた相手の人と会うの。忙しい人で、土日とか休みってわけじゃないみたいだけど、明日なら都合がつくって」

 ほら、私も休む口実になるから、と斗南は言い訳のように言った。言い訳しなければいけないということは、後ろめたいということだ。春直は斗南を見つめた。

――結婚するつもり?

「春ちゃん…ダイレクトに訊くね」

 斗南は冷静な視線に射竦められ、観念したように笑ってみせた。

「――そうだよ」

 それでもやっぱり、目を合わせては答えられなかった。

「そのつもりで会うの。扇雅さんとは何でもないってちゃんと言いたい。影ちゃんも、それが一番いい方法だって言ってたでしょ」

 氷影はあれから本当に一度も顔を出さない。春直とは時々スマホでやり取りしているようだが、斗南は送っていないし、送られても来なかった。

「お母さんだって、本当は大学に上がる前から結婚した方がいいって言ってたの。それから八年だよ。もうそろそろ、親孝行してあげるべきかなって。…まあ、これが親孝行になるのか、よくわからないけどさ」

 斗南が饒舌になる。

「たまたまなんだけど、友達にもその人の写真見られちゃって、でもみんないいって言ってたし。あと、それから…」

 言葉を捜して視線を彷徨わせた。

 何か言わなきゃ。黙ったらだめだ。必死に求めているのは紛れもなく「言い訳」で、斗南は春直の顔を見られない。


 春直はページを捲り、斗南を呼んだ。

――応援、できないよ。


 斗南は言葉を失い、動けなくなった。



 (つづく)

 

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