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音のないプロポーズ  作者: 神屋青灯
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音のないプロポーズ 02

――もっと押せ!


 送り主は氷影だった。斗南に悟られないよう振り返ると、車内に見える彼が、顎で合図している。春直は向き直り、傘を広げている斗南に声を掛けた。


「やっぱり送ろうか。時間も遅いし、天気悪いし…、あと、雨だし」

「え、雨と天気がわるいのは別?」

 斗南がまた面白そうに笑った。春直が決まり悪そうに瞬きする。こういう口下手な会話はいつものことだ。会社だとはっきりしない奴だなどと罵られたりもするが、斗南は春直のこういうセリフを聞くのも、それにツッコミを入れるのも好きだった。

「平気だよ。いつもこの時間だし、駅までは明るいから。この雨じゃ、会話もできないしね」

 斗南は今度こそ本当に残念そうに、雨に目をやった。確かに、車の往来もある大通りでは、叫ぶようにしなければ言葉も交わせないだろう。この時間でも、誰がしかはちょくちょく車を走らせている。その中を黙って駅までついていって意味があるのか、春直にも微妙なところではあった。

「全然方向ちがうもん。わるいよ」

 送ると提案したのは初めてでなかったが、斗南は毎回ていねいに断った。そっか、と春直が折れる。無理強いすることでもない。

「わかった。じゃあ、えっと、また月曜日?」

「余力があったらランドリー誘うかも。ていうか、呑みに誘うかも。またメールするね」

「うん。待ってる」

 じゃあね、と同時に言って、雨の中に舞い戻った。左折して少しだけ元来た道を辿って、斗南は駅を目指す。

 雨音を聞きながら彼女が何を考えるのか、春直にはわからない。


 三人は同じ会社の同期だった。

 入社当初から仲が良く、三人きりの新入社員で、何かと相談し合っては今日まで乗り越えてきた大切な友人だ。愚痴も言い合えば、意見を交えあうことも、悩みを告白したこともある。何でも話せたし、聞いてもらえた。互いにそうだったから、関係はずっと対等で、上下や優劣を考えることもなかった。


 ただ、今はひとつだけ、春直が教えを乞う身のことがある。


 またスマホが震えた。信号待ちをしながら目を通すと、少しばかり手痛い文面が表示されている。

――言えた? そんなわけないかあ。

 氷影は見通したように、がっくりの絵文字を添付していた。春直の指がなめらかに返答をなぞっていく。だが、内容は失敗報告だ。

――今日も言えなかった。また今度にする。

 指摘されるだろうなと思った刹那、やはり言われた。

――その台詞、百回目くらいじゃない?

 さすがに百は言っていないと思うが、そういう問題でもないだろう。春直はまた指を滑らせる。

――会社帰りはやっぱり難しい。タイミングがない。

 言い訳なのはわかっていた。少し返信がやみ、信号が青になった。渡り終えると、ちょうどメッセージが入った。

――家に誘えばよかったのに。ていうか、さすがに今すぐ云えなんて言ってないよ。むしろ言ってたらびっくりだよ!

 驚きの絵文字があったが、驚いたのは春直だ。氷影は何を言ってるのか。

――無理。絶対ムリ。もっとハードル高い!

――なんで。家近いからでも、疲れてるみたいだから休んで行ったらでも、雨だからでもなんでもいいじゃん。実際近いんだから自然だしさ。特権を利用しなよ。

 足を止めたまま、唖然と見入ってしまった。ムリだありえない、と思う一方で、なるほどという気も少しだけした。だが、それならもっと早く言ってほしい。こうなら言えるのだろうか、ということを吟味していたら、またメッセージが流れてきた。


――ホッシー、コンビニ前で発見。追いかけてみたら。


 ようやくバスが発車して、歩きの斗南を今、追い越したらしい。

 走れば駅に着く前に追いつけるだろうか。




 (つづく)


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