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#9 言葉と棘

 5月12日金曜日。

 私立泊谷高校はなんと土曜授業がないのだった。つまり、締め切り以前に三輪山と学校で会うのはこれが最後ということになる。

 だから今日という日が勝負だ。

 昨日、僕たちは会話の練習相手じゃなく、本当にごく普通の友達としてコミュニケーションを重ねた。三輪山の暴言も格段に少なくなった。僕以外には相変わらずだけど……。


 とにかく、そう、うかうかしていられないのだ。

 早く会話を重ね、完璧な状態に仕上げなければ。


 僕は早速、読書をしている三輪山のところに行く。

 ベージュのカバーに隠された本。今日は何を読んでいるのか僕にはわからなかったが、彼女がいろいろなものを読んでいることは知っている。

 昨日、知った。

 そしてそれがコミュニケーション能力を磨くためという理由も。


「おはよう、三輪山」


 なんてったって僕たちはもう友達なのだ。

 昨日見た三輪山の笑顔が忘れられない。

 彼女も笑う、ちゃんとした人間だという証明――クールビューティーでも毒舌が好きなわけでもなく、ただ口下手で人と話すのに緊張し、緊張を感じれば感じるほど暴言が出てしまうだけの、ただの美少女。それが三輪山澪だということを知っている。

 この場で、僕だけが。



「死ね」



 かくして、僕が三輪山から受け取った挨拶は朝のそれでもなく、ただ純粋に、ひたすらに、空き教室にあるハサミのように鋭利な、友達間では交わされないであろう――。

 暴言だった。






「おつー、みおっち連れてきたよ」

「あら、この教室、掃除がずさんなのね。随分大きなゴミが転がってるじゃない」

「みおっち!?」


 放課後。

 もしかしたら三輪山の暴言は僕の聞き間違いかもしれない、なんて小さな希望を抱いていたけれど、その可能性は三輪山が空き教室に入った一瞬でかき消された。

 僕を見るなりゴミって……泣いちゃうぞ。


「三輪山、僕に失言があれば撤回させてほしい。だから僕の何がいけなかったのか教えてくれ」

「黙れ」

「うわあああ! 三輪山あああ!」


 もう涙目だった。

 昨日まであんなに僕たちは友達だったのに。

 ベストフレンドだったのに。一体全体何が起こってしまったんだ。


「私にとってのベストは真珠だから。つけあがらないでくれる、このゴミムシ」


 待て待て、落ち着け……。

 昨日、通話はしていないし、チャットでのやり取りもしていない。

 だから僕に失言があるとしたら今朝だろう。

 でも僕はおはようしか言ってないし、みんなの前で挨拶するのだって三輪山からやってきた日があるくらいだし……。

 本当に何もわからない……。


「沖島、これ、定期的に発生したりする?」

「んーん。正直ウチも初見すぎてわけわかんないんだけど……」

「三輪山、ごめん! ごめんなさい!」

「ちっ……」


 まさかの舌打ち。

 こっちは頭を下げるという誠意を見せているのに、まさかまさかの舌打ち――いや、ダメだ、これ以上の誠意を見せるんだ!


「本当に申し訳ございませんでした!」


 土下座――。

 これ以上の誠意はない、最高位の謝罪。

 これで三輪山もちょっとくらいは機嫌を直してくれるだろう。


「うるさ」


 ダメだった。それどころか、さらにいらだっているご様子だった。


「黒崎くん、ごめんけど、今日はパスでもいい? みおっちはウチがなんとかするから」

「おう……。悪い……」


 退場。

 大げさにおもえるだろうが僕は本当にがっくりと肩を落として空き教室を出たのだった。

 なんと不甲斐ない結果だろう。

 というかどうするんだ、日曜日は。


 僕は大きくため息をついた。

 まだ放課後からそんなに時間は経っていない。

 空き教室から1年2組に戻ると、嬉しいことにその人はいた。


「洋平、今日一緒に帰っていいか……?」

「了解。そっか、ダメだったんだ」


 洋平に事の顛末を詳しく話しているわけではないのだが、どうやら今朝僕が三輪山から「死ね」と言われた現場を見てだいたいのことを察してくれているらしい。何をするわけでもなくここに残っているのも、もしかして僕が惨敗する結果を予想して待ってくれた……?

 いいやつを通り越して恐ろしさまである。


「やっぱ僕は人と話すべきじゃなかったかもしれないなあ……」

「そうか? 俺は真人が感情豊かになってよかったと思うよ。ここ数日だけでいい意味の人間味が増した」

「感情豊かってなあ……。前向きな感情だけなら歓迎なんだけど――」


 三輪山からの暴言で撃沈した僕だけれど、それは同時に、僕の言葉のせいで傷つく人がいることの証明にもなるはずだった。加えて、三輪山が突然ああなっちゃったのは自分の言葉のせいなんじゃないかと不安にもなる。

 たとえ善意からきた言葉で、全くもって暴言なんてものじゃなくても、人の心をえぐるのが言葉だった。そんな経験を過去にしたことがあるのだった。

 あの日から僕は、人とうまく話せないと死んでも死にきれない気持ちになる。

 口は災いのもと。だからこそ口を閉ざして、話すことをやめてしまって。きっとそうすることで、僕は苦しみから解放されるんじゃないかと、ずっと――。


「戻ってるぞ。1年前に」


 僕は洋平に小突かれてハッとした。

 あまりシリアスな展開は、そういう気持ちはやめようと以前に約束したのだった。

 つい忘れてしまうのも、僕の悪いところかもしれない。


「あれはもうあそこで終わった話だし、今は今の真人の物語だ。ニュー真人のステージだ。だから、そんな悲観するな。なんかあったら俺も協力するからさ」

「ああ……」


 約束したけれど。

 それでも抜けない棘は、消えない呪いはあるのだった。



 黒崎くんのおかげでもうちょっと頑張れそう――。

 ありがとう――。



 まだ僕は、そのお礼を受け取ったことを後悔しているから。

 なるほど、自分の悪いところを自覚しても、それ以上に悪いところを直すのは難しいらしい。

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