#5 類は友を呼ぶ(?)
三輪山澪には近寄りがたい。
それは本人の無口さもあるが、顔のよさのせいでもある。
あまりにも美しいから自分なんかが近づいてもいいのだろうか、恐れ多いから近寄らないでおこう、そう考える人が多い。
そしてまた、話しかけても鋭い言葉が返ってきたりとか無視されたという話も少なくないからだ。
それでも『学年一の美少女』として彼女の人気は不動であるし、彼女の言動はクールの一言でなんとなく受け入れられていた。
「黒崎くん。私と話せることを一生の誇りにしていいわよ」
「それ、遠回しな告白みたいだな……」
「そんなことは意識してないのだけれど。超絶美少女な私が近くにいるからってちょっと舞い上がりすぎね」
しかし僕の知る三輪山の実態は、その毒舌があがり症と口下手のせいであり、本人はそれを克服したいというものである。
僕がそこに付き合う義理はないのだけれど――また同時に断る理由もなく、どちらかと言えば三輪山の苦悩も知らずに、表面上の言葉だけで三輪山を嫌なやつだと決めつけていた僕への戒めとして今ここに至っている。
そういうわけで。
空き教室に僕と三輪山だけ。
昼休みを利用して、会話練習会が開かれたのだった。
面接練習みたいな重苦しい空気が、会話に慣れていない僕らの口の重さを物語る。
別に僕は人と話せないわけじゃない。
ただ、何を話すにしても「それ別に言う必要なくね」と感じてしまうのだ。
ひねくれているんだ、僕は。口は災いのもと、だし。
「えっと、なんか三輪山が話したい話題とかあるか? なんでもいいから」
「それがすぐに出ていれば苦労しないのよ。いつも黙らせるかオウム返しか逃げ出すかだったから。考えてわからないかしら」
「そうだよな……」
とはいえどうすればいいのか。
三輪山が人に対して緊張を覚えなければ会話もできるはずなんだけれど、そもそもなぜそんな緊張しているんだろう。
三輪山って人が嫌いなのか。
「人が嫌いってことはないのだけれど、私、顔がいいでしょう? だから小さい頃からたくさんの人が話しかけてきて、それがトラウマになってね」
「小さい頃からたくさん話しかけてくれたなら、むしろコミュニケーションがうまくなるんじゃあ――」
「逆よ。私、ずっと人見知りだったの。それなのに次々と話しかけてくるから、いつの間にか追い払う力ばかり身につくし、急に話しかけられるとびっくりして頭が真っ白になるし……。私のコミュニケーション能力を外部に漏らさない理由もこれ。私が会話の練習相手募集なんて言えば、顔がいいからみんな私のことを気にかけて話しかけてくるじゃない。そしたら私はもっとあがって、余計に話せなくなるわ。これもそれも全部顔がよすぎるせいね」
横髪を耳にかけながら美少女が言う。
顔がいいことについては否定しないが、いくらなんでもそこに焦点を当てすぎだ。
それほど自信を持っているのか、それとも会話スキルのなさが同じ言葉をリピートさせているのか。
とんでもなくナルシスト――というわけではないことだけは知っている。
「そしたら、なんで今更話す練習なんてしようと思ったんだ? あ、別に遅すぎるとか責めてるわけじゃなくてだな……」
「おばあちゃんの前で話す必要があるの。友達と」
「友達……? 電話で話してた人のことか?」
三輪山は首を横に振った。
艶のある黒髪ロングが揺れるのはそれだけで芸術作品みたいだ。
「あの子は昔馴染みだから、おばあちゃんも知ってるわ。そうじゃなくて新しい友達――つまりあなたよ、黒崎くん」
聞いてないぞ。
だって確か、三輪山の要求は人と話せるようにすることで、僕ひとりと話せても意味がないのでは?
それに、三輪山のおばあさまというのも初耳だ。初登場だ。新キャラじゃないか。
「ええ、言ってないもの。だから今、言おうとしてるの。わかったら黙って聞きなさい」
うるさくしている自覚はないのだが。ともかく反論すればまた話が遠のくので、僕は素直に聞き手に徹した。
「さっき言った通り、私は小さいころから人見知りなの。昔馴染みの一人を除けば、友達と遊んだ姿なんて家族に見せたことはないわ。だけど、ちょっと前――ゴールデンウイーク中にね、おばあちゃんが倒れたのよ。
ああ、いえ、大事にはなっていないわ。危篤状態とか、そういうわけじゃないの。でもまだ入院しているにはしているし、実際、寿命なんていつ来るかわからないものでしょう。
おじいちゃんをね、亡くしているの。小学生の時だけれど。その時に思っちゃったのよ、友達を見せてあげたかった――って。ひ孫の顔ならぬ、友達の顔を。
だけど、相手は家族。私のコミュニケーション能力を誰よりも知っているのだから、変なことを言えばバレちゃうわけよ。黒崎くんは本当の友達じゃなくて、お願いされたからついてきただけのエキストラだってね。
そんなことがないためにも練習が必要なの。黒崎くんとしっかり話せるようになって、その成長をおばあちゃんに見せたいの」
後悔がないように。
そう言って三輪山は息をついた。
つまりは、三輪山のおばあさまが安心して余生を過ごすためにということらしい。
唯一の友達は昔からの付き合いで顔を知られているし、成長を見せるには新しい誰かを連れてこなければならないということだ。
三輪山のおばあさまにとっての初耳、初登場、新キャラが必要でそれに抜擢されたのが僕だという――。
「なんで僕……?」
そう。コミュニケーションのしやすさという点でいえば僕はクラス一、それどころか学年一の話しにくさを誇ると思うのだが。
学年一の美少女と学年一の根暗ということになりそうだが。
「それは違うわ」
三輪山は真顔のままばっさりと斬ってくれた。
とても嬉しい否定だ。
「いえ、黒崎くんが学年一の根暗というのは否定しないけれど、むしろ宇宙一、銀河一の根暗と言ってもいいわね」
「そこは嘘でも否定してくれよ!」
「あと根暗なんて熟語でかっこつけているけれど、陰キャというワードを使いたくない魂胆が丸見えよ」
「魂胆が見えているのなら言うなよ……!」
だって陰キャって、なんか嫌なんだもん。
根暗よりも冷やかされているというか卑罵語ちっくというか。
「私としては根暗のほうがじめじめしたイメージがあって嫌だけどね。ま、それは置いといて――黒崎くんを選んだのは、あなたに夢を見せてあげようと思い立ったからよ」
「夢を……?」
「美少女と一緒にいられてさぞ嬉しいでしょうね。選者である私に感謝するがいいわ。咽び泣き、全裸になって額を床に打ち付けるがいいわ」
いまいち伝わらない理由だった。
これが夢だとしたら、三輪山の顔の良さは否定しないとして、もう半分は悪夢みたいなものだが。
「つまりはあれよ。同族嫌悪ならぬ同族好感というか、類は友を呼ぶってやつよ。同じレベルならともに成長できるでしょうし、会話のペースも合わせやすい。合理的でしょう」
「なるほどなあ……」
確かに、もしも僕が三輪山相手ではなくキラキラなギャルを相手に話せとか言われたら、その時は今以上に悲惨なテンポで会話することになっていただろう。
そう、例えば今廊下から空き教室を覗いているいかにもギャルっぽい女子。
そして、何かを見つけたようになぜか空き教室に入ってきたギャルっぽい――っておい。
「おつー。みおっち、お待たせ」
「本当に待ったわ。これ以上黒崎くんと二人っきりの空気を吸っていたら私の命がどうなっていたか」
「人を毒物みたいに言うんじゃねえ」
「あっはは、思ったよりお話できてんじゃん。キミが黒崎くんだよね、よろー」
手を差し伸べるギャル。
それは紛れもない握手の申し出だった。
握手。
女子の手。
めっちゃキレイな爪。
血色がよすぎる。
なんだこの細長い指。
こんなのに触れろってか。
こんな、お美しい手に……?
僕なんかが……?
というかどちら様……?
「よ、しくお願いします……」
一応挨拶をする。
今日ほど自分が気持ち悪くなった日はないだろうと思う。
ぼそぼそとした声でよろしくお願いしますを言うことになったし、手だってゆっくり、ほんの少しずつしか前に出せていなかった。
挙句、見かねたギャルがそんな僕の手を強引に取って、握手を成立させたのだった。
そしてにっこり笑う天使、否、ギャル。
「いぇーい、これでウチらダチだね」
この世のものとは思えぬ柔さだった。
手の柔らかさも、笑顔の柔らかさも。
「黒崎くん、悪いけれど私の友達の前で気色悪い笑みを浮かべないで頂戴。あまりの気持ち悪さに背筋が凍るわ」
「僕、そんな顔してたか!?」
してないとも言い切れなかった。友達が洋平しかいないということはつまり、僕は女子との交流が皆無なのである。多少の気持ち悪さはしょうがない……はず。
そもそも今回は眼前のギャルが悪いのだ。プリン髪のロング、触っていないのに髪の質感がすごくふわふわしていそうだ。毛先が巻かれている部分もあってなんともかわいらしい――って、髪の間からピアスが見えるぞ! 校則どうなってんだ。というかそう、爪もネイルじゃないかこれ。メイクすら禁止じゃなかったか、わが校は。
ギャルは僕の前で小首をかしげていた。僕と三輪山は着席していて、ギャルは立っている。
つまりは必然と、僕はギャルの顔よりそれを阻む胸が目に入ってしまうわけで、しかしこれもギャルが制服を着崩しているせいである。
断じて僕が変態というわけではない。風紀を乱すギャルのせいだ。
あくまでも悪いのはこのギャルであって、三輪山の友達なのであって――。
ん? 三輪山の友達……?
「三輪山が唯一普通に話せる相手がこのギャルぅ!?」
対極だろ。同族好感、もとい類は友を呼ぶ話はどこに行ったんだ。
これじゃあ真反対じゃないか。
僕の飲み込み切れない衝撃をよそに、ギャルは「いぇーい」とVサインをつくった。
右手でVサイン、そしてそんなVの間から覗くよう右目の前に手を持っていって、笑う。
「5組の沖島真珠だよ。改めてよろー」
その決めポーズはしっかりと様になっていた。