#45 力と力のぶつかり合い
体育祭の勝ち負けにこだわりがない。
それは僕の中で運動というステータスが誇りに思えるほど大きくなく、別段誰に劣ろうと削られるプライドも、またそれを競って楽しいと思える相手もいないからだ。ただ、そんなことを言ってしまえばありとあらゆる勝負事に同じようなことが当てはめられてしまうし、なんともつまらない人間というか、僕らしいといえば僕らしい考えかもしれない。ひねくれものにはよく似合っている。
でもそんな自虐半分な屁理屈を抜きにしても、僕は体育祭というものに熱くなれない。
その理由は、クラス単位での団体戦だからだ。
いや、僕以外の誰かが脚を引っ張るから勝とうが負けようが僕のせいじゃないとか言いたいわけじゃない。むしろ僕が一番脚を引っ張ってる。今回の体育祭も僕が一番脚を引っ張るはず。
じゃあなんなのとなるけれど――単刀直入に言うと、クラス単位で行う体育祭はアンフェアだ。
どういう基準でクラスというものが決められて、こうして僕と三輪山が隣の席になるなんて事態に発展したのかを僕は知らない。
入学前に体力測定なんてしたわけじゃあないから、全クラスの運動能力が均等なんてことがあるわけない。運動部が多いクラスもあれば、苦手な人ばかりのクラスもあるだろう。戦う前から勝負は決まっている――と考えたら興ざめもいいところだが、だいたいそんな感じだと思うからこそ、僕は勝ち負けにこだわれない。
あー、負けちゃったか。まあ、あっちのクラス、すごい人がたくさんいたしな。
って。
そういうわけで僕は今回も不公平な試合を――と言いたかったが。
八百日先輩(白)は公平なゲームを望んでいるみたいで、体力差を除外するために出場競技をランダムで決めることになった。つまり、くじ引きで。
「納得いかないわ。これではただでさえある運要素を増幅させているだけよ。戦略も何もあったもんじゃない」
そう言うは学年一の美少女さん。
確かに、くじ引きで誰が何に出るかを決めるのは完全な運ゲーになってしまうわけだが。
それでも八百日先輩曰く。
「脚が速いやつ、力が強いやつ、持久力があるやつ……以外に万能なやつっていなくて、実はどいつもこいつも一分野にしか精通してねえんだ。人間って結構不器用なんだよな」
と。
「だからよ、全員が得意分野で勝負しないっていうのがオレの考えたくじ引き体育祭の狙いだ。誰も得意分野で勝負できない――どうだ、公平だろ?」
そんなことを僕に言ってきた。だからクラスのやつらに伝達よろしくとかなんとか……。
いや、僕、チームリーダーでもなんでもないんですけれど……。
これを言われたのが昨日の出来事――八百日先輩から正式な宣戦布告があった翌日だ。
そして今日、早くもそのくじ引きが行われることになった。
ちなみに僕はクラスのみんなにくじ引き体育祭をするなんてことを言っていない。言えるわけない。
僕は洋平にそのことを伝えて――つまりそういうことだ。
「ちなみに三輪山。大反対の三輪山。もしこのくじ引きが納得いかないならどうすればいいと思うんだ?」
「そうね。くじ引きではなくてあみだくじにすればいいと思うわ」
「そこかよ!?」
「冗談に決まっているでしょう。普通に体力に自信がある人とない人の人数を極力近くなるよう調整すればいいのよ。リレーで6人必要なら得意と苦手を3人ずつとか」
「虚偽申告するやつがいるかもしれないだろ」
「そしたら、くじの結果だってチームぐるみで捏造するかもしれないじゃない」
「そ、それは……」
「随分と八百日さんの肩を持つのね」
むぅ、と三輪山が頬を膨らませた。
って、おい。お前そんな顔するやつだったか? やめろよ、かわいいじゃねえか。
「肩を持つっていうか……。他にやりようもないだろ」
「私たちは同じチームなのよ。黒崎くんは黙って私を全肯定しなさい」
「そんなこと言われてもさ……」
「ふん……」
あからさまに三輪山が拗ねてしまったが、やることはもう決まっているのでくじを引かねばならない。
僕は結局今の今までどんな競技があるかを把握していないので不安でいっぱいだが。
「この前席替えでくじ引きしたばっかりなのにまたくじ引きだねー。くじってわくわくしちゃうよねー」
なんてゆるふわ発言をするのは照月先生。
誰に向けて言ったのかは定かじゃないけれど――多分クラス全員に言った――その緊張感のなさが僕の不安を少しだけで和らげてくれる。
「じゃあ女子からねー。ほいさ、どんどん引きに来て」
どんどん引きに行く女子。どんどん引かれるくじ。
もちろん三輪山もくじ山から紙切れを一枚拾って、しかし広げないまま自分の席へと戻った。
「三輪山はどの競技狙いなんだ?」
「は? 何が来ようと私は無敵よ。何を言っているの」
「いや、そうだとしても何が得意なんだって……。つーか、運動そんなに得意だったっけ」
「容姿端麗、才色兼備、文武両道が私よ。なんでもござる」
「ござる……?」
「なんでもござれ」
なんだその言い間違い。
三輪山はそれでも真顔で、何事もなかったかのようにくじを開いていた。
あんな謎な言い間違いをしても真顔な彼女が体育祭の種目ひとつで表情を動かすわけないが――だからこそ、僕は三輪山が引いたそのくじの結果に対してどんな反応をすればいいのかわからなかった。
「リレーだったわ」
「お、おう……」
僕は絶対にやりたくない競技だな。
そもそもやりたい競技があるわけでもないけど。
「ま、まあ、頑張れよ」
「他人事ね。絶対にあなたもリレーを引くわ。黒崎くんの手汗がついたバトンが回ってくるなんて最悪」
「僕は絶対に嫌だぞ、リレーとか……。脚が遅いのって一目でわかっちゃうし」
しかも疲れる。体育祭全部そうか。
「はい、じゃあ男の子ー。早く引いてなー」
「リレーよ。リレーリレーリレーリレー。リレーがリレーでリレーはリレーのリレーとリレー」
「なんの呪いだよそれ……」
どんだけ僕を走らせたいんだ。バトン受け取るの嫌がってただろうが。
そもそも僕が三輪山にバトンを渡すのってあり得る話なのか? 男女混合リレーってことなのかな。
「こういうのは一番奥に埋もれてるやつを……っと」
一番奥のやつはいいものなんて確証もないが、なんか運命変えたみたいで気に入っている。リレーじゃない何かが引けるはずだ。
くじをつまんだら三輪山に倣って席へ戻った。なんの競技でも地獄だからか、今になって変な緊張感が増幅してしまう。
本当にリレーだったらもちろんおしまいなんだけれど、とにかく個人が目立つ競技は嫌だ。
せめて運動音痴がわかりにくい、綱引きとかにしてくれよ……!
――と願ったおかげか。
なんと僕はリレーを回避することに成功した。
それでも僕の感想は「ふざけんな」と憤りを覚えるほどのもので……。
てっきり僕はこの競技、安全面とかを考慮して、もうこの世から消え去ったものだと思っていた。なのにまだ生き残っていたなんて。
僕からは一番遠いであろう競技。
力と力のぶつかり合い。
僕が握りしめる紙切れには『騎馬戦』とだけ書かれていた。




