#44 集団の大部分はリーダーに振り回されるだけの立場
三輪山と八百日先輩が決闘ムードになってしまったわけだが――そんな現場を目撃してしまったわけだが――それでも僕個人にそこまで体育祭への熱意があるわけじゃなかった。ぶっちゃけ、自分のチームが何位だろうと、5組よりも劣っていようと優れていようと、絶望的な最下位だとしても気持ちに変わりはない。
ふーん、って感じ。頑張ったしいいんじゃない、って。
だからこそ三輪山と八百日先輩の熱意についていけない部分があるのも事実だし、体育祭というものの勝敗にこだわる人の気持ちは理解できない。
そういうわけで。
僕は今や敵となった5組のチームリーダー、沖島真珠にあっさりと有益な情報を流すのだった。
八百日先輩は白人格の時に話すといいぞ――なんて。
「サンキュ! さっすが黒崎くん、期待以上なんだけど!」
有益情報を聞いた沖島は想像以上に喜んでくれた。冗談抜きで小躍りしている。左右に揺れるだけでかわいいのはズルではないでしょうか。
「これでみおっちにウチの極秘写真を強要したことがバレずに済むね」
「おい、僕の人物像を捏造するな。三輪山ならまだしも沖島までそんなことするなんて」
「実は黒崎くんにも白崎くんの人格があるんだよね」
「あったとしたらその僕は最低だな!」
表人格であるこの僕に無許可でギャルの自撮りを強要するな。
――って、だからあれは沖島が勝手に送りつけてきただけなんだけど。
まあ、ともかく三輪山の中の僕にマイナスイメージがつかなくてよかった。もしついたら隣の席なんて一生やっていけない。
「お、黒崎ぃ~」
沖島の後ろからちびっ子が話しかけてきた。
僕はわざわざ1年5組の教室に来ていたので――スマホで連絡すればいいのに僕はなんとなく話がしたくてここに来ていたから――そこに桧原がいるのは当然だ。ただ、まさか絡まれるとは思っていなかったけど。
「黒崎、体育祭の種目って何出るか決めてる?」
「え、決めてないけど……。いきなりどうしたんだ」
もしかして世間一般として体育祭って殺伐としたイベントなのか?
もう戦いは本当に始まっていて、みんな情報戦に勤しんでいるのか?
桧原の質問もその一環なんじゃあ……。
「いやさ、あたし運動苦手じゃないんだけどその日はすこぶる体調が悪くなる予感がするから、雑魚そうなお前と同じ種目を選んで最下位だけは免れようかなって――」
「ツッコミどころ多すぎだろ! しかもとんでもなく失礼だな!」
まずなんだ、すこぶる体調が悪くなる予感って。絶対に運動が苦手なだけだろ。だから最下位を危惧しているんだろ。
というか、僕を最下位候補にするな。僕だって運動能力に自信はないけど、桧原ほどの幼女に負ける気は毛頭ない。だって桧原、50m走とか15秒はかかるんじゃないか?
「そんな遅くねーわ! 11秒だわ!」
「おっっっそ! 僕なら9秒あれば走れちゃうぜ!」
「あたしの靴、5トンの重りついてるから! 両足で10トン!」
「なぜ重りを外さないんだ……!」
裸足のほうが絶対に早いだろ。
それに10トンの重りって……。ドラゴンボールの修行か。サイヤ人か君は。
「ま、当日は重り外してやるから一瞬よ。ほら、何に出るか言えよ」
「そうは言うが、僕はまだどの種目に出るかなんて決めてすらいないぞ」
というか、自由に決められるものなのか。
最初から誰が何をやるって決められるものじゃないんだ。中学の時は人数が少なくて、だいたい出場する種目は学年ごとに決められていたからなあ……。立候補して選手を決める種目なんてリレーくらいだった。
いや、そもそも。
僕はどんな種目があるかさえわかっていない。恐ろしや、無関心。
「そういう種目決めっていつするんだ? というか、どの種目があるってどこで確認できるんだ?」
「それくらいチームリーダーに聞けや。なんでもあたしに頼ろうとするなよ」
「沖島、どんな種目があるんだ」
「敵チームのリーダーに聞くんだ……。答えたげるけど、なんか黒崎くんカッコ悪いよ……」
どこがカッコ悪いと言うのか。僕は潔く聞いたんだぞ。胸を張って、堂々と。
むしろカッコイイだろ。漢気だろ。
「えーっと。1年生が出る予定の種目は――」
と、なんだかんだでカッコ悪い僕にも教えてくれる沖島。
だが、正しくは教えてくれる直前でその行動は終わってしまった。
スマホのメモ帳にでも種目が書いてあるのか、沖島はスマホの画面を見ていて、ふとそこから顔を上げる。僕の目を見て、僕に説明をしてくれることの意思表示。
「あれっ、八百日センパイ?」
ではなく。
沖島は僕の背後から迫る黒い人影を見ていた――いいや、それは白い人影だった。
「やあやあ、沖島。クロが世話んなったな。あいつ引っ込み思案なんだよ、許してやってくれ」
「うわー、マジで性格変わってる! 白髪似合ってますね」
どうして八百日先輩がここに……?
さきほどぶりですね、と言いたいところだが、僕は下手にこの人と接触すれば三輪山の反感を買いそうで怖かった。体育祭が終わるまで、この人のことは敵だと思わなくては。
「今、時間あるか? 沖島個人じゃなくてクラスの全体的に」
「ぽつぽつ帰っちゃってますけど……。なんかお話ですか?」
「まあな。ちょうど黒崎真人もいるわけだし、報告っつーか、布告しておかねえと」
おもむろに先輩が1年5組の教室に入ると、黒板の前で咳ばらいをした。
そして教卓を叩き、僕としてはすでに知っていた情報を正式に告げる先輩。
「突然で悪いが、この体育祭、2組である青チームと個人的な戦いになった! もちろん目指すのは頂点だ。それでも、青にだけは何がなんでも負けるわけにはいかない。完膚なきまでに叩き潰すぞ――ッ!」
うおおおおおお、という歓声は聞こえなかった。それどころか教室中が静まりかえっている。
そりゃあ、みんながみんな、体育祭に熱意を感じていないわけではない。それでも、果たして2組に因縁のある人が多いかと聞かれればそれもまた否定できてしまうのだった。
どうしてこうなった――?
大半の人はそう思っているはずである。
なんで2組――? いきなりどうした――?
そもそもこの白い髪の人、誰――?
「うおおおお、やるぞ諸君! 打倒青! 打倒2組! 打倒三輪山ァ!」
白い八百日先輩はハキハキとした話しやすい人であるけれど、黒い八百日先輩も絶対に必要だと痛感した。
この人、極端に熱くなりやすいのかもしれない。




