#43 私のことを見ろ!
振り返ってみれば僕は三輪山から数多の暴言を受け取っているわけで、だから今さら三輪山が何を言おうと僕は驚かないし責め立てるつもりもなかった。だってそこに悪意がないから。三輪山も言いたくて言っているわけじゃないんだから。
でもさらに深く振り返ってみれば、僕は「口は災いのもと」という信条を胸に刻んで生きていたわけで、あろうことか今の僕はその言葉を忘れたような生き方をしていた。いや、本当に忘れたわけじゃない。今だって人と話すのは怖いし、余計なことを言えば誰か傷つけてしまうんじゃないかと怯えている。
それでも。
三輪山の暴言を止めないくらい、僕は間接的に暴言を容認していた。
三輪山の暴言が緊張体質だからなんてことをみんなが知っているわけもないのは、ちょっと考えればわかるはずだ。それなのに僕は三輪山が毒舌のままでいる状態をそこまで焦らなくなってしまったし、それどころか僕的にはツッコミに興じることができるから話しやすいとさえ思うほどだった。
悪意のない暴言――なんて、こちらの都合だということだ。悪意があろうとなかろうと相手を傷つけてしまえば元も子もない話である。
けれど僕が言いたいのはそれをいつの間にか容認していたことへの後悔とかそういうわけじゃない。もちろん、容認していることが罪であることに変わりはないけれど、そこも含めて僕は三輪山の暴言体質を治す責任がある。僕にはもうその覚悟で友達をやっている。
言いたかったことから少し脱線してしまったから戻すけど――というかまだスタートラインの手前で足踏みしている状態なので「戻る」というより「始める」のほうが正しい――簡単に説明すると僕は違和感を覚えていた。三輪山澪がちょっとおかしいと、そう思っていた。
彼女が吐くのはあくまで『悪意のない暴言』だ。あくまで悪のない言葉だ。アクは強いけど。
今も三輪山の言葉には悪意なんてものはない。でも、敵意くらいは棘があるように感じられた。
八百日先輩に対して、三輪山は敵意を抱いていた。
「勝手に断言しないで頂戴。敵意なんてないわ。敵意を向けていいのは黒崎くんにだけよ」
「僕は今までずっと敵意を向けられていたのか!?」
「まあ、正直なところ、八百日さんに敵意があるかないかで言えば『ある』と断言できるかもしれないけれど――別に私はあの人が嫌いなわけじゃないわ。ただ偶然、敵だっただけよ」
体育祭の敵チームだっただけよ――と三輪山は言い直した。
それにしてはギスギスしすぎてると思うけどなあ……。
僕もそこまで年功序列の精神を持っている人間じゃないけれど、相手が年上であれば少しくらい礼儀というものを気をつけるべきだと思う。それなのに三輪山は物怖じせず、いつも以上に冷たい口調で喧嘩を売った。しかも僕の命を賭けに出された。
ただの体育祭にわざわざ特定のチームへ宣戦布告するなんて礼儀があるはずもないし、明らかに三輪山が個人的な喧嘩を吹っ掛けている。
「もしかして三輪山って八百日先輩のことを前から知っていたとか……? 実は壮絶な過去編が用意されていて、そこを紐解くと二人の因縁が――」
「そんなわけないでしょう。あの人とは今日がはじめましてよ。私ははじめましてする前から打倒八百日さんだったけれどね」
なんだよそれ。
と思ったところで、そうだったわと気づく。
思えば昨日の夕方からそうだった。夕方というより、もう夜だったけど。
三輪山は僕が赤目に興味を持ったのは誰のせいか問いただして、それが八百日先輩だったのだ。もうその時からどっちが上だのと言っていたし、敵対心はあった。
なるほどなるほど。赤目か。
三輪山、そんなに赤目が羨ましかったんだな……。恐らくマクたそと同じだから……。
それで八百日先輩に嫉妬してしまったんだな……。
だからこうして体育祭を利用し、どうにか打ち負かして心に折り合いをつけようとしているわけだ。そうに違いない。
いつだったか、三輪山って同担拒否とか言っていたよな。推し被りが許せないという意味だと最近知った。
マクたそが好きすぎてマクたそと赤目被りの八百日先輩が許せないとか、なんかありそうじゃね?
「三輪山、どんだけ好きなんだよ……」
僕はほぼ無意識のうちに口を動かしていた。
僕からすれば思わずこぼれてしまった言葉だったけれど、三輪山はその言葉に肩をビクッと動かす。
「今の、どういう意味かしら」
「き、聞こえてたのか。いや、マクたそのこと大好きだよなと思って……」
「マクたそ……? ええ、そうね、好きよ。推してるわ。でもどうして彼女の名前を――」
「ええっと……。正直に言うと、三輪山が八百日先輩に敵対心を燃やすのって何か理由があるとしか思えなくてさ。邪推かもしれないけど、マクたそとの赤目被りを恨んでいるんじゃないかなんて……」
「ご名答。私は八百日さんの赤目に嫉妬してるわ。あなたが綺麗だと感じたその赤目がね。そういうことですとも、ええ」
あっさり認める三輪山だった。
あまりにもあっさり認めるものだから、思わず声を失う僕――。
何も僕だって自分の予想を「まさかとは思うけどマクたそとの赤目被りを恨んで……?」程度の自信で言ったわけじゃない。だから三輪山が僕の予想をあっさり認めたところでそこに意外性はないし、沈黙するほど、何を言えばいいのかわからなくなるほど驚くことではないはずだ。
でも僕は沈黙していた。会話のキャッチボール的には僕が投げる番だったから三輪山も黙っていた。
とすると、訂正しよう、意外性なら確かにあった。それは僕の予想が的中したことに対してではなく、もっと根本的なこと。
三輪山があっさり自分の嫉妬を認めた点だ。
こういう時の彼女なら恥じらいや負の感情を認めたくない気持ちから口汚く罵るはずなんじゃあ……。
そこまで人の気持ちを察したり、勘が鋭いわけじゃない僕でも三輪山のことならわかる。今や学年一の美少女様はそれほど距離の近い友達なんだから。
三輪山があっさり嫉妬を認めたことで考えられる可能性は三つ。
一つ目は三輪山がただ成長して、もしくは僕の信頼度が高くなって、あっさり嫉妬を認めた。
二つ目はあっさりと認めたその態度が実は嘘で、つまり僕の予想を隠れ蓑にして真意をカムフラージュした。
三つ目はその他。僕には知りえぬ領域の何かで、それこそ予想が的中すれば驚いてしまうような範囲。
まあ……最初の一つ目だと思うけど。
どうであれ、今回の件は八百日先輩も嫌悪感を示しているわけじゃないし――むしろ白状態の先輩は闘志が燃えて楽しそうだった――無理に三輪山の腹の内を暴く必要はないかもしれない。二人とも楽しそうだからOKです。
僕がそう思ったと同時に、三輪山がガンっと机を殴打。唐突なグーパン。なんでだよ、怖いわ。
気まずい空気とおさらばしたかったし、僕はもう適当に別の話題を話すことにした。
≪Side M≫
三輪山、どんだけ好きなんだよ――と。
そんな言葉が聞こえて心臓が跳ねないほど私のメンタルは強くない。表に出さないだけで、私はそれなりに軟弱だ。
いやそんなことはよくて、何? どんだけ好きなんだとかご本人から聞かれちゃって――ええと、もう告白の流れ? これが最終話? 私、最終回が作品タイトルと同じ系の作品が好きだからこれもそうなると思っていたのに。全然タイトル違うし、番号もキリ悪いし。
って、おい。まずいって。なんで冷静になってんの。黒崎くんが私の気持ちに気づいてしまったかもしれないっていうのに。なんか一周回って妙に落ち着いてるのなんなのよ。
「今の、どういう意味かしら」
とりあえず発言の意図を理解しなきゃ。
この勢いでいろんな本心をぶちまけるのもいいかもしれないけど、心の準備ってものが人間にはあるわけで――簡単に言っちゃえばできることなら私はこの問題を先送りにしたかった。突然ここで告白なんてやりたくてもできない。私は変なことを言ってしまうはず。
幸いなことに黒崎くんの発言の意図は私の思っていたものは違った。
「き、聞こえてたのか。いや、マクたそのこと大好きだよなと思って……」
「マクたそ……? ええ、そうね、好きよ。推してるわ。でもどうして彼女の名前を――」
「ええっと……。正直に言うと、三輪山が八百日先輩に敵対心を燃やすのって何か理由があるとしか思えなくてさ。邪推かもしれないけど、マクたそとの赤目被りを恨んでいるんじゃないかなんて……」
ああ、なるほど。
はいはい、そういう。
そうね、マクたそと八百日さんって同じ目の色だものね嫉妬するかもね。
「ご名答。私は八百日さんの赤目に嫉妬してるわ。あなたが綺麗だと感じたその赤目がね。そういうことですとも、ええ」
うんうん、黒崎くん、大正解よ。私は確かにあの赤目が羨ましいわ。八百日さんが妬ましいわ。
でもそれってマクたそと共通しているからじゃないの。あなたが綺麗って認めたからなの。
そりゃ嫉妬するわよ! こちとら学年一の美少女なんだから顔の良さが取り柄なのに! なのに好きな人は先輩の目が綺麗だって褒めるんだもん! しかも実際、会ってみたら本当に綺麗でぐうの音も出ないわ……!
何よりこの鈍感男め……! さっさと気づきなさいよバカ!
ガンっと。思わず机を殴ってしまった。
とかなんとか言っちゃって、結局悪いのは素直にいろいろ言えない私なんだけど。
だからいいもん。体育祭で認めてもらうもん。ほら、私ってクール系でしょう。だからカッコイイで攻めようと思うのよ。カッコイイところを見せれば黒崎くんも落ちるんじゃないかと……。
足が速いほうがモテるというのは小学生時代の知識だけど、こうなったら小学生並みの恋愛観でもやるしかないわ。
とにかくもっと私のことを見ろや! このバカ!
書きためのストックなくなっちゃったよ~~~(血涙)
そういうわけでしばし待たれよ




