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#40 帰れ

「帰れ。いつまでいる気?」

「ええ……」


 妹を連れてどこかに消えた三輪山が戻ってきたと思ったら開口一番これ。

 客だからもてなせとは言いたくないけど、客を待たせておいて帰れっていうのは暴論すぎでは……。

 それに『恋スト』全部見るっていうプランはどうしちゃったんだよ。


「ブルーレイボックスを貸してあげるわ。だから適当に全部見ておきなさい」

「お、おう……」

「この際だから原作も読んでおきなさい。あなたが私の高尚なブックカバーに触れるなんて最悪」

「じゃあカバー外せばいいじゃん……。いいよ、僕は別に誰に何を読まれてるか見られても気にしないし」

「つけなさい。そのカバーは私が保管するから。あなたが使った物が欲しいのよ」

「やっぱりメンヘラキャラの味占めてないか……?」

「この程度でメンヘラとか言わないで頂戴。それに私があなたの使ったカバーを保管するのは指紋のためよ。あなたの指紋を押さえて悪用するためよ。あなたの使ったカバーを私も使いたいとかそんなこと考えてるわけじゃないのよ」


 最近じゃあ指紋とかでスマホのロックを解除する生体認証なるものがあるから、写真かなんかで指紋を撮られただけで危ないとか聞くよな。でもそしたら桧原じゃないけど日頃から手を映してる配信者とかテレビに出てるタレントたちはどうなんだってなるよな。だから一般人である僕には指紋の個人情報とか縁のない話だろうし、そもそもスマホの生体認証だってスマホ本体を盗まれなきゃいい話。

 ――そう思ってたのにな。

 ブックカバーから僕の個人情報を盗むって怖すぎるだろ。もう何も借りたくないよ。


「ああ、黒崎くんはマクたその目がお気に入りだったかしら。表紙を見るためにカバーを外すくらいは許可してあげましょう」

「そりゃどうも……」

「ところで、そんなに赤目が好きなの? それとも赤色が好きなのかしら。それとも目?」

「な、なんだよ……。別にどれが好きってわけでもないんだけど……」

「頭の悪い黒崎くんのためにもっと簡単な言い方をしてあげる」


 明日から私が赤色のカラコンを入れたら喜んでくれるのかしら――と。

 三輪山は真顔で真面目に真っ直ぐな質問をしてきた。


「ええっと、そうじゃなくてだな……。実は僕、天然の赤い目を見る機会があって……」


 カラコンを入れたら僕は喜ぶか。そんな聞き方をした以上、三輪山は僕のために自身を赤目にしようとしているはずだ。その理由は『恋スト』をもっと好きになってほしいからなんじゃないかと僕は思っているけど実際のところは不明。いや、もうそんなことはどうでもよくて、今の問題は――。

 僕のためにやろうしてくれたことをどうにかやんわり断る技術が僕にないことだった。


「だから三輪山の目が赤くなっても僕は何も変わらないっていうか――いや、そりゃあ綺麗な目になった三輪山は見てみたいよ。それは見たいんだけども……」

「ストップ。綺麗な目になった私ってどういうことかしら。今の私の目はそんなにお嫌い?」

「そんなこと言ってないって! もちろん学年一の美少女たる澪さんの目も素敵ですよ――」

「当然。私、顔のどのパーツをとってもいいんだから」


 めんどくせえ……。

 でも僕が多感な思春期男子であるように、三輪山も多感なお年頃なんだ。思春期の女子高生なんだ。ぴちぴちのJKなんだ。

 発言には一層気を配らねばならぬ。


「――で、黒崎くんはどうして赤目に興味津々なんだったのかしら」

「ああ……。沖島に相談されてさ、ちょっと5組にいる女性の先輩と話すことになって。その人の目が赤かったんだよ。しかもカラコンじゃないって言ってたから」

「ふぅん……。それは面白いわね。それにしても私に秘密で真珠と連絡するだなんて生意気」

「別に秘密にしてたわけじゃないんだけどな……」


 だって逐一報告してたら迷惑だろう。

 どうするんだ、僕が深夜3時とかに突然連絡してきたら。しかもその内容が今から沖島と話すなんてものだったら。勝手にやってろって思うだろ。


「今度から私が1時間おきに連絡しようかしら。今日は何人の女と話したの、って」

「重い重い! それは僕の精神がもたないからやめてくれ!」


 深夜3時どころじゃなかった。

 僕の睡眠時間も三輪山の睡眠時間も削られる。誰も得をしない定時連絡。


「いいえ、私には得よ。私、ショートスリーパーだから30分寝れば十分なの。睡眠時間に喘ぐのは目の下のクマ崎くんだけというわけね」

「勝手に寝不足にするな。しかもショートスリーパーすぎるだろ。絶対に嘘だろ」

「実は私、ずっと眠っているの。動いているのは夢遊病よ。黒崎くんの前で起きていたことなど一度もないわ」

「もっと嘘だろ……。だとしたら羨ましすぎるぞ」


 昼間全部寝てるじゃん。

 それで勉強もできるとか最強じゃん。


「――で? その人の目が赤くて綺麗だったから恋人になろうって? 無理ね、黒崎くんには無理。やめときなさい。ドンマイ」

「勝手に惚れさせて勝手に振られたことにして勝手に慰めるな。そういうことじゃなくて、純粋に気になっただけだよ。赤い目ってはじめて見るから――」

「興味があるのは目のほうじゃなくてその女性ってことね」

「違うっての!」

「明日から赤崎くんにでもなるつもりかしら。この単細胞生物が」

「ならない。あと単細胞生物に謝れ」


 罵倒の例えによく使われててかわいそうだよな、単細胞生物って。多細胞生物だって割と単純な考えで生きてるんじゃないの……?

 逆に褒める時に多細胞生物って言わないのも不思議だよな。あ、それはただの事実になっちゃうから褒め言葉として効果が薄いのか。


「ふん。どこの誰か知らないけど私の顔面パワーでねじ伏せてやるわ。見てなさい、どっちが上かなんて一目瞭然よ」

「おいおい、なんでそんな敵対視してるんだよ……」

「私のほうが黒崎くんのことを知ってるんだから。キモさとか」

「もっといい面を知ってくれよな!?」

「とにかく今日は帰りやがれ」


 そんなこんなで追い出される僕。

 ブルーレイボックスとラノベの入った紙袋を片手に冴えない顔で夜道を歩くことになってしまった。顔が冴えないのはいつもか。

 それにしても八百日先輩に対して三輪山の風当たりが強かったな。実は八百日先輩も配信者のひとりで――なんてことあるわけないか。

 なんにせよ、僕は体育祭のためにも八百日先輩と話せるようにならなきゃな。正確には沖島のためなんだけど。

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