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#4 約束

「おはよう、黒崎くん。朝から私の顔が拝めるなんていい身分ね」


 今日は大事件が起きた日だ――と言ってしまうと仰々しすぎるかもしれない。

 ただ、それが仰々しいと感じるのは僕だけなんだろう。

 現に今、三輪山と僕には多くの視線から凝視されていて、あるいはぎょっとされていた。


「おはよう、黒崎くん。ぎょうもいい天気ね」

「まさか三輪山がここで乗ってくるとは思わなかったが……」

「この業界では行間を読むことが行儀だと思うのよ」

「おぉ……。ボケる時も真顔――その形相なんだな」

「あら? ぎょうはどうしたの、ぎょうは。それは()()()()でしょう?」

()()()()()って言ったぞ」

()()()()に聞こえたわ」


 文章でそのノリは無理だろ……。

 音声作品ならまだしも、ルビもない文章で暴れすぎている。

 いや、こんなしりとりでも需要のなさそうなぎょ攻めはもういいとして。


 そう、これだ。

 この状況がおかしい。

 三輪山澪が誰かと会話を続けるなぞ、これまでになかったことなのである。 

 だから僕も、実は朝から普通に挨拶されるなんて思っていなかったし、実は内心びっくりしているのだった。

 大事件と言わずとも、事変と言うくらいには差し支えのないほどに。

 いや、事変のほうがスケールが大きいのかな。よくわからないや。


 ただ、事実として僕は昨日、三輪山澪に告白をされた。

 それは一回目の恋の告白とは違う、また別の告白だった。本人としては同じことを言っているつもりだったらしいが、僕としては全く解像度の異なる告白だった。

 三輪山澪の秘密。

 三輪山はクールなキャラでも、冷酷な性格でもなく、ただ会話が苦手というだけだと。

 そしてそれを打開すべく、会話の練習に付き合えと。

 そう言ってきた。


 そして僕は断る理由もなく、むしろ三輪山について何も知らなかったことの反省として練習に付き合うことにした。口は災いのもとと思っておきながら自分も一度は雑な言葉で三輪山の告白を断っているのだし、そもそも三輪山が暴言しか吐かない最悪な人間と思い込んでいたから、それらの贖罪も含めて。

 以前の僕なら沈黙こそが正解だと信じていただろうけれど。


 まあ、要するに三輪山は僕の知らない顔を持っていて、そして僕はもっと三輪山のことを知るべきで、今日からそれが始まるのだ。

 僕達の関係が。


「真人、何の関係だって?」

「ああ、三輪山と僕でぎょのつく言葉をマスターしようと考えているんだ。ノーベルぎょ学賞を取ろうかと思って」

「えっと……お幸せに、でいいのかな?」


 ノーベルぎょ学賞はもちろん違うが、僕たちは付き合っているわけでもない。

 しかし、洋平の勘違いも当然だ。

 三輪山が昨日指摘するまで、僕だって三輪山の呼び出しは愛の告白のためだと思い込んでいたのだから。

 ただ、現実はそうではなく、会話の練習相手になってほしいというだけのことだった。


「僕と三輪山はどんな関係でもないよ。決して付き合っているわけではない」


 そういうわけで否定。


「付き合ってない……? じゃあもしかして……。澪ちゃん、おはよう」

「うるさいわね。目覚まし時計が鳴るには遅すぎるんだけど」

「マジでどういうこと……? もしかして俺だけが嫌われてるパターン?」


 がっくりうなだれる洋平だった。

 ここはどうにか説明をしてあげないといけないのだが、ただ()()()のせいでそれは叶わなかった。




「付き合うよ。三輪山の練習に」


 と昨日、僕が返事をした後にその約束事は決められたのだった。


「まあ、まずはありがとうと言っておこうかしら。私を幻滅させないでくれてありがとう。黒崎くんもこの機会を逃すほど愚かではなかったということね」

「礼を言ってるのか(けな)してるのかどっちなんだ」

「ただし、約束があるわ。私がいいと判断した人間以外に私のスーパーコミュニケーション能力を暴露しないこと。ほら、能ある鷹は爪を隠すって言うじゃない」


 能なしの口叩きだった。

 もっとも、三輪山はそんなに軽口を叩くようなやつじゃないし、口数が多いわけでもないが。


「ちなみに現時点で三輪山のコミュ障を知ってる――」

「ハイパーウルトラスーパーコミュニケーション能力グレート」


 盛るな。

 盛りすぎてむしろダサいし。

 

「……現時点で三輪山のコミュニケーション能力を知ってる人、誰かいるのか?」

「ええ。私のたった一人の友達がそうよ。しかもこの学校にいるわ」

「と、友達!?」


 素で驚いちゃったけど、よくよく思い返してみれば失礼なリアクションだった気がする。

 僕自身、洋平以外に友達なんて呼べる友達がいない上に、それ以上に三輪山が人と話す姿を見たことがない。だからこそ僕は驚いたんだけれど、考えてみれば友達がいる可能性も十分にありえる話だった。


「電話していたでしょう。その電話相手が私の唯一の友達よ」


 そう、もう僕は普通に話している三輪山を見たことがあるのだから。

 なるほど、そしてその電話相手こそが友達だったらしい。

 僕が洋平という唯一の友を持つように、三輪山もまた唯一の友がいるようだ。なんだか親近感が湧いてきた。


「とりあえず今はその子以外に私の正体を言わないこと」

「もし言ったら?」

「その時は、命があると思わないことね」


 罰が重いよ!

 三輪山は緊張がゆえに毒舌のひとつとしてキツすぎる罰を発表したのか、それともウケ狙いのボケだったのか、はたまたただの天然なのか、その時の僕には知りえない領域だったが、そして今もわからないけれど、とにかく――。

 とにもかくにも、だ。




 僕は今のところ三輪山の本性を発表できる立場にないということである。

 絶賛うなだれ中の洋平にすら。


「ええと、洋平、これはだな……」


 特に言い訳も思い浮かばないから、僕は三輪山に目で合図を送る。

 それを受け取ってか否か、三輪山は(きびす)を返してしまった。


「お。おい、三輪山……! どこに行くんだ」

「私は瞑想してくるわ。精神統一って大事だから」


 三輪山は自分の席に座って読書を始めた。

 逃げやがったな。

 確かにここで洋平と話せなんてことは無謀かもしれないが、どうにか言い訳のヒントくらい提示してもいいじゃないか。

 今言ってた精神統一なんて言葉も、恐らく話しかけてくるなと訴えるためのセリフだったのかもしれないし、こうなれば協力はしてもらえないだろう。


 洋平になんと説明したものか、僕が考えあぐねていると――。


「真人、いいんだ。言いたくないならそれで」


 なんていい友達だろうか。


「真人と澪ちゃんは付き合ってない、そういうことだよな」

「お、おう……」

「でも話すようにはなったと」

「そうだな……」


 洋平はそこでふっと笑った。

 それがどういう笑みなのか、僕ははっきりと感じ取れなかったけれど、その次の一言でぼんやりとわかった。

 口は災いのもと、とあれだけ言っていた僕がいつの間にか人と話すようになったのだ。


「成長したな、1年前よりずっと」


 なるほど、洋平は嬉しいのかもしれない。

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