#38 赤目の正体
『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前! マク、気合い入れて行くぞ!』
『うん! 平和を乱すやつは許さないんだから!』
「はいストップ」
テレビの映像が止まる。
止めたのはオタク、もとい三輪山。まだ1話目だというのにすっごい一時停止するから全然進まない。
「いい、黒崎くん? マクたそは制服のまま。つまり『霊力怪放』がまだされていないの」
「霊力怪放って変身のことだっけ?」
「そう。マクたそは大きな斧を召喚して戦うのだけれど、そのためにはハルくんの霊力が必要なのよ。それに『霊力怪放』をすればマクたその運動能力が格段に飛躍するから、戦闘になれば怪放は必至ね」
リモコンの再生ボタンを押す三輪山。合わせて映像も動き出した。
どうやらマクたそもハルくんも戦い方なんて知らないみたいで、結構ギリギリの戦いをしている。霊力怪放のこともまだ知らないみたいだ。
『ハル! お前の力はそんなものか!』
なんか忍者みたいな人が乱入してきた。新キャラなんだが……。
あれっ、三輪山、止めないの? 解説は? 誰この人?
「あの、三輪山――」
「しっ。今いいとこ」
怒られた。
普通に見入ってる。
『あ、あんたは……!?』
『黒影とでも名乗っておこうか。ともかく敵ではない――いいか、ハル、式神とひとつになるんだ。式神は霊力が高まるほど強くなる』
『で、でも、霊力が高まりすぎた式神は暴走するってじいちゃんが……!』
『ああ、式神ひとりなら暴走する。しかし、ハル、お前が制御してやるんだ! お前がその式神の精神をコントロールするんだ!』
その言葉を聞くとハルくんはマクたそのもとへ走り出した。
マクたそはカニみたいな悪霊と戦ってるけど太刀打ちできずに服がボロボロだ。
『ハル、来ないで! 危ないよっ!』
『危ないのはどっちだっつーの! よくわからねえが、今はなんでもやるしかない!』
『やれ、ハル! 霊力を式神に流し込むんだ!』
『うおぉぉぉ! 急・急・如・律・令! 霊力怪放ッ――!』
青白い光がマクたそとハルくんを包んだ。物凄い突風が吹いているみたいで、攻撃しようとしていたカニの悪霊が寸前で吹き飛ばされている。黒影さんも踏ん張ってる。
青白い光が晴れたと思ったら、今度は赤い稲妻みたいなのが見えて、ついにマクたそが霊力怪放状態になった。
ボロボロだった制服はどこへやら、露出度が高い赤と黒の鎧に大きな斧、あとなぜか腰の部分だけミニスカ。
そして僕が一番目を引かれたのは――赤い瞳だった。
『うおっ、マクの感情がわかるぞ! なんだこれ……!』
『ハ、ハルのえっち! 勝手に私の頭の中覗かないでよ!』
『いや違っ――不可抗力だろこれは!』
『あー、もう! やることやったらお説教なんだから!』
マクたそが地面を蹴ると、次の瞬間、吹き飛ばされたカニの前まで移動していた。
そして斧を横から薙ぎ払うように振る――ところで1話はエンディングに入ってしまった。
恋スト1話、終了――。
たった1話に50分くらいかかったぞ……。
中身は面白かったけど、今日中にアニメ全部を見終えられる気がしない。
もう外暗いし……。軽く空腹も感じてきた……。
「さて、黒影くん」
「僕は黒崎ですが――」
「黒崎くん。感想を述べてもらいましょうか」
「普通に楽しめたよ。三輪山の解説もわかりやすかったし」
「ふふ……。これは布教成功ということでいいのかしら」
「まあ、続きが見たいとは思ったし、成功なんじゃないか……?」
この場合、成功も失敗も今後の僕がする行動によると思うが。
かといって絶対に『恋スト』を追いかけるぞとは宣言できないから、なあなあで誤魔化してしまったけど。
「今のところ黒崎くんの推しキャラはあのカニかしら。まだ登場人物が少ないし仕方ないわ。大丈夫、そこに愛があれば何も恥じることはないの」
「おい、勝手に推しにするな。なんでカニの化け物を推さなきゃいけないんだよ。こいつ次回にはマクたそに倒されてるだろ」
「じゃあやっぱりマクたそがお気に入り? かわいいし、好きになるのもしょうがないわね」
「まだ1話だからそんな簡単に好きとか嫌いとか言えないんだけど……」
しかも多分マクたそを好きなのは三輪山だろ。
でも、僕もメインヒロインという立場のマクたそを好きになりそうな兆候はあった。それは霊力怪放状態の彼女が持つ赤い目が綺麗だったから。
――と。
赤い目で別の赤い目を思い出す。
アニメじゃなくて現実の赤い目を。
「三輪山、赤い目って現実でもあり得るの?」
「カラーコンタクトでもすれば誰でも――もしや黒崎くん、私にコスプレしろって言うんじゃないでしょうね。ふん、さてはキャラなんかじゃなくて露出が狙いでしょう。汚らわしい」
「なんでそうなる……! もしだよ、カラコンもなしに赤い目の人がいたとして、なんでその人の目は赤いのかなって。純粋に疑問なだけだって」
そもそも目の色がなんで多様性を持つのかとか、そういう基本的なところから僕は知らなかった。
ただしそんな僕でも赤色の目をした日本人は相当に希少なんだろうというのはわかる。だって見たことないし、聞いたこともなかったから。せいぜい花粉症で目をかいてしまった人くらいだ。綺麗な赤い瞳とは違う。
だから目が赤いのは――八百日先輩の目には何か理由があるんだろうなと思ったのだ。
「アルビノ」
と三輪山は言った。
「生まれつきメラニン色素が少ない症状のことね。もしこれが完全にメラニンを持たなかった場合は目が赤くなるはずよ。血管が透けて見えるからだったかしら」
「じゃあ現実にいてもおかしくないってことか」
「いるわね。そういう人は髪の毛も黒ではないし肌も白いものよ」
肌は白かった気がするが――髪は三輪山と同じ黒髪だ。
でも、そのアルビノってやつかカラコンじゃないと赤い目は説明できなさそうだし。
八百日先輩、一体何者なんだ……?
「さて、では2話を見ましょう。庭には二羽ニワトリ、ではでは二話を三輪山と見るわよ」
「なんだその創作早口言葉……」
三輪山はテレビのリモコンをポチポチ押して――もしかしたら気になっている人もいるかもしれないので語っておくと、僕たちは録画されたアニメを見ているのではなく、三輪山がブルーレイボックスを購入していてそれを再生している。購入特典がどうたらとか言ってたっけ。
そういうわけで第2話。
――のはずだったんだけれど。
ガタガタガタガタ――!
突然僕が痙攣し始めたとかそういうことではない。
その音は引き戸の音だった。三輪山が鍵を閉めた引き戸を開けようと、何者かが乱暴に戸を動かしている音。
まさか強盗……! もう外も暗いし、白昼堂々なんて時間でもない。やっぱり豪邸は狙われやすいのか!?
僕は表にこそ出さないものの内心焦りまくりだった。
「ごめんなさい、黒崎くん。ちょっと待ってて」
三輪山はそう言い残してソファーから立ち上がる。
待て、三輪山! 行くな! 一人じゃあ危険だ!
でも僕より三輪山のほうが強いかもしれない! 悲しいな!
べったりついていくことはなかったけど、僕は三輪山のことが心配でその後ろ姿をこっそり見ていた。
三輪山の落ち着きようを見ていたらそんな可能性はないだろうけれど、万が一本当に強盗なんかの襲撃だったら大変だ。加勢できなくても警察に通報するくらいなら僕にもできる。
さあ、その姿を見せてみろ――!
カチャンと三輪山が鍵を開けると、引き戸はその人によって勢いよく開かれた。
そこにいたのは――桧原みたいに小さい少女。
「もー! なんで鍵閉めてんの!」
「ごめん、逃がしたくない人が来てて……」
「逃がしたくない人ぉ……? えっ、真珠さん以外の人呼んでるの!?」
あのお姉ちゃんが――!?
僕にとっては初耳だったし初見だったし、全くもってあずかり知らぬ情報だったのだけれど。
三輪山澪さん、どうやら妹がいるようです。




