#37 甘い展開にはなりません(期待させてごめん)
2年5組の教室から移動して1年2組。
やっぱり黒髪美少女といえば三輪山だよなあなんて思いつつ、そんな三輪山の隣に座る。
本を読む三輪山の隣はやっぱり安心感が違うよなあ。
席替えをする前、僕たちはクラス内で気軽に話すような仲じゃなかった――いや、仲ならいいのかもしれないけれど、お互いに話すきっかけがなくてそうしなかった。たまに挨拶するくらい。
それが今や隣の席になっちゃって、むしろ話さないほうが不自然なんじゃないかと思うような環境である。
――と思う環境だけども。
本を読んでいる時に話しかけていいものかといつも考えてしまう。
けど、話してえよなあ……!
暇な時はいっつも洋平と話してたもん!
「な、なあ、三輪山……」
「なにかしら、害悪ろ崎くん」
「ひどすぎるだろ! そんなに話したくなかったのか!?」
害悪って!
せめて地獄のほうがユーモアあるよ!
ああ、そっか。もしかしたら僕がここで話しかけるのは本当に害悪と言われる行為なのかもしれない。やっぱり三輪山は読書に集中したいのかも。
「もし三輪山が本を読むのに集中したいならそう言ってもらえばいいんだけど……。えっと、ていうか何読んでんの?」
「『恋する式神の霊媒術』よ。今6巻を読んでいるわ」
「な、何、ストロードールって……?」
「藁人形のことよ。マクたそは擬人式神なの。藁人形が霊力を与えられて人間の姿になっているということね」
「マクたそ……?」
「ああ、マクって名前なのよ。式神が。で、その子がヒロイン。あなたも表紙は見たことがあるでしょう」
ぼんやりとしか覚えてないけれど、確かにあったような……。
そして僕の記憶が正しければその表紙は女の子の隣に男性もいたような……。
「あなたに見せたのは1巻の表紙だったかしら。そしたらマクたそとハルくんを知っているということね」
「ハルくん……? ああ、マクたその隣にいた男の名前か」
「そう。彼は稀代の陰陽師・安倍晴明の子孫なの。マクたそとハルくんは力を合わせて悪霊を退治しつつ高校生としての日常を送っていくの――あ、マクたそが式神であることはハルくんとそのおじいさんしか知らなくてね。だからマクたそは普通の女子高生として日常に溶け込んでいて、当然ながら人間ではないのだけれど、自分を従事させているハルくんを段々と好きになってしまって、それゆえにこのお話が霊能力学園ラブコメというジャンルを謳っているのだけれど――」
「ちょっと待ってくれ! 最後まで聞いてあげたいんだけどもうちょっとゆっくりで頼む!」
しかも三輪山、ずっと本から目を離さないし。本を見つめながら無表情で早口に話すって割と怖いぞ。たとえロッカーの中でもちゃんと人の目を見て話す桧原がどれだけ健気なことか。爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
「そうだ、黒崎くん、今日は私の家に来なさい。そんなに『恋スト』の全てを知りたいって言うなら教えてあげるわ。仕方なくね」
「え、えぇっ!? そんな急に……。しかも僕、別に知りたいだなんて――」
「黙れ、知れ。『恋スト』履修は国民の義務よ。それともあれかしら、本当に知りたいのは私のスリーサイズなのかしら」
「どっからそんな話が出てきたんだよ……! いいよ、行くよ、お邪魔させていただきますよ」
「本当に邪魔ね。消えてくれないかしら」
「僕はどうすればいいんだよ!?」
誘いたいの!? 遠ざけたいの!?
僕は本当に三輪山の家に行っていいの!?
「このままだと黒崎くんが私の家知りたさにストーカー行為に及ぶかもしれないもの。私のおかげで犯罪者にならずに済むわね」
「絶対に及ばないと思うがとりあえず礼は言っておこう」
「は? 礼には及ばないって私が決めることでしょう。何を勝手に決めているの、ストーカーの分際で」
「僕がストーカー行為をすることはないって意味だ! というかそっちが来いって言ってるんだから礼にも及ばないだろ!」
しかも三輪山、結局ずっと僕のほう見ないし。いやこれは読書中に話しかけた僕が悪いか。
それにしても三輪山の家か……。僕は洋平の家に行ったことならあるけれど、異性の友達の家というのはなかった。そもそも異性の友達という存在がどれほど稀有なものか……。
ま、まあ、三輪山は僕の家に平然と来ていたわけだし、今更その立場が変わったって僕が緊張するわけ――。
「何をしているの。早く入りなさい」
「あっ……。えっとぉ……」
緊張してた――!
やばい。僕、なんでこんなところに……?
ていうか三輪山家デカっ! 日本庭園なんだけど。瓦屋根だし、思いっきり木造建築だし。
何? もしかして旅館? 貸し切り旅館を自宅だと紹介してみたドッキリ?
門から玄関まで距離あったし。神社かよ。鳥居から賽銭箱の距離じゃんこんなの。
ていうかなんで家の敷地内に岩があんの? なんで石が敷き詰められてあんの? 本当に庭園じゃん。
「て、手土産もなしにこんな豪勢な場所にお邪魔するのは気が引けるなあ……。や、やっぱり後日改めてお伺いしようかなあ……」
よし、帰ろう。
適当に理由をつけて今日はトンズラしよう。
「じゃあそういうわけで、三輪山、僕は帰るよ」
「何を言っているの。手土産なんて私も持ってきていなかったでしょう。誰もそんなもの求めてないわ」
「で、でも親御さんに失礼かなあなんて――」
「今は誰もいないわ。だからさっさと入れ」
そっか、誰もいないのか。
じゃあ手ぶらでも安心――ってなるかーい!
待て待て待て待て! 三輪山と二人はともかく、それを三輪山の家でっていうのは本格的にまずいぞ!
何がまずいのか具体的には言い表せないんだけど、こう……なんか心がまずいんだよ!
と。思春期の男の子が思ったところで、それを察してくれるわけではなかった。
ちゃんと声に出して言わないと僕という人間のドキドキなんて誰にも伝わらないのである。
だから三輪山も、簡単に僕の腕を引いて家に連れ込んでしまった。
「入ってってば」
とは言いながらも、三輪山の声はやはり平坦で、それでも僕の腕を引く力はちょっと強引だった。
僕はその力に抵抗することもできずとうとう敷居をまたいでしまった。
ぴしゃりと引き戸が閉められる。ガチャリと鍵も閉められる――おい。
「よし、これでもう黒崎くんは逃げられないわ。一生飼ってあげる」
「な、なんだ? いつかのメンヘラ三輪山が再発したのか……?」
「早く来なさい。ここでは何もできないでしょう。時間は有限なの」
「おいおい、一生飼ってくれるんじゃなかったのかよ。そんな急がなくても――」
「あなたの一生は今夜終わるわ」
「怖すぎるだろその宣告!」
絶対に三輪山が僕のことを殺す展開じゃん。
そんなにすぐ殺しちゃうなら飼わないでくれ。
はてさて、緊張と冗談の狭間でどうにか靴を脱ぎ、三輪山の後ろをついていく僕だが――そもそもどうして緊張していたか。それはもちろん、三輪山澪という美少女が僕を家に連れ込んで、なんだか甘い感じの雰囲気になったりしたらどうしようとか考えちゃってるから無駄な緊張をするわけで。
そう、無駄だった。僕はここに来た目的を忘れていた。
結論から言うと、甘い展開なんて今日の僕たちには起こらなかった。
「じゃあ黒崎くん、『恋スト』のアニメ版を見てもらうわ。全部見るまで絶対に逃がさないんだから」
隣にいるのは美少女というより、ただのオタクだった。




