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#34 親愛なる隣人兼友人

「やっと終わったぁー!」


 とうとうチャイムが僕たちを解放する。

 僕はあれからほぼ毎日、洋平や三輪山の教えを受け、サボった分を取り返し、軽く平均点以上は取れるだろうという手ごたえでテストを終えることができたのだった。

 過去一いいテストができたと思う。過程も含めて。


 こんなにも気持ちよく体を伸ばせる瞬間があるだろうか。いや、ない。

 これ反語って言うんだぜ。


「お疲れ、真人。どうだった?」

「ありえんほど余裕だわ。洋平大先生のおかげっすよ」

「いやいや、澪ちゃんだって。俺はなんにも」


 またまたー。とかなんとか言いつつ。

 僕は自分のことよりも気にしているものがあった。

 それは桧原の成績。なんてったって三輪山の生きる糧が失われちゃうことになるんだから。桧原にはなにがなんでも赤点を回避してほしいところだった。

 なんで三輪山よりも気になっているんだと呆れられそうなところではあるが、気になるものは気になるんだ。


 そういうわけで僕は桧原に電話してしまうのである。


「お、黒崎ぃー。どうしたんだよ」

「どうしたもこうしたも――」

「待って! あたしの声聞きたかったんでしょ! おっけーいいよ、サービスね。真人きゅん、赤点でも、生きてるだけでえらいよぅ」

「だからその媚びた声は文章だと伝わらないんだって! しかも僕は一教科も赤点じゃない。絶対にだ」


 かくいうお前はどうなんだと言ってやりたいところ。

 しかし僕が言う前に答えは返ってきた。


「あたしも! もう全っっっ部わかったもん! 半端ないくらいわかったもん!」

「本当か! それはよかった……」

「いやぁ、勉強場所のご提供ありがとうございました。感謝感謝」

「お、素直にお礼が言えてえらいじゃないか」

「お礼なんて人間の基本だろうがよ。でもあれだぞ! 配信用のスマホスタンド貸してるから借りはなしだぞ!」


 あんまり大きな声で配信用とか言わないほうがいいんじゃ……。


「まあ、よかったよ。これで三輪山が落ち込まないで済むな」

「澪のこと大好きすぎるだろ。かぁー、甘すぎて吐いちゃうわ」

「そんな、好きとかじゃなくて友達として――」

「もういいよ、そういうの。あたしと話してる暇あったら澪と話せや。風紀委員命令ね。ばいばーい!」


 切れた。

 そうは言うけど僕と三輪山がこのクラスで話すことはほとんどない。

 だってわざわざ話すこともないし……。朝たまに挨拶するくらいか。

 三輪山は有名人だから、誰かと話すだけでいちいちみんなの注目を集めちゃうんだよな。きっとそれは本人の精神衛生上よくない。そのために自分のコミュニケーション能力を隠してるわけだし。


「はい、みんなテストお疲れ様ー。お待ちかねの席替えするから座ってねー」


 担任の先生――そういえば言ってなかったけど、名前は照月(てるづき)先生。おっとりした女性の方だ。

 その人が宣告したように、というか洋平からも聞かされていたことだけれど席替えがあるのだった。別に明確な席替えの時期があるわけでもないけれど。担任と生徒の独断と偏見でやるか否かは決められる。


「それにしても、洋平が前言ってくれてたのにすっかり忘れてたな……。もうこの席とはお別れか」

「まあまあ、俺たちが同じクラスなのは変わらないんだし。それに二連チャンで近くの席かもしれないぜ」

「だったらびっくりだな」


 席替えはくじ引きで決められる。だから僕たちがまた隣人になるかどうかなんてのは完全に運だった。


「はーい、順番に引いていってねー」


 幼稚園教諭かと思うくらい柔らかな声が合図する。

 次々と折りたたまれた紙を引いていくクラスメイトたち。僕と洋平もそれに続く。

 全員が引けたら照月先生が「どーん」と言いながら黒板に座席表を貼りつけた。その座席表には番号のみが書かれてあって、引いたくじの番号に該当する席へ移動する仕組みだ。


「洋平、どうだ? 僕は21だった」

「俺、3なんだけど」


 座席に設定された番号はランダムだった。

 つまり1番の席の後ろに2番の席が来るわけではないということだ――座席表によれば1番の後ろは5番だし、右隣なんて31である。


「3あったわ。後ろ側じゃん、ラッキー!」

「21は……。うわ、同じ列だけど僕は一番前なのか……」


 残念ながら洋平と前後左右の位置になることはできなかった。なぜか一番右側の列とかいう微妙な部分だけ同じなのに。

 洋平は一番右の列で後ろから2番目。僕は一番右の列の一番前。

 嫌でも授業を聞かないといけないし、洋平と気軽に話すこともできない。残念無念。


「まあまあまあまあ……。僕もそろそろ洋平から自立しないといけなかったわけだし、これくらい余裕……」

「そう落ち込むなって。寂しくなったらいつでも電話してくれよ」

「彼女か。というか授業中にできるわけないだろ。最前列だぞ」


 そんなことを言いつつも、僕らは動かねばならない。

 この瞬間をもって僕たちがいる席は僕たちのものじゃなくなったのだから。


 たかが席替えで何を大袈裟な……。

 別に洋平がいなくたって僕はやっていけるし……。

 隣の人とかから話しかけられても「そうですね」くらい言えれば会話は成り立つってもんよ。

 ああでも、まずいな。声量大きくしたほうがいいかな。今からでも発声練習をしたほうが……。

 い、いや、そんな時間はない……。ならばこの数秒で何を話すか考えておこうか。自然な話題といえばテストについてだよな。

 あ、いや待て! もし隣の人がテストで絶望的だったらどうする! そんなの死体蹴りじゃないか!

 となればこの話題は危ない……? でも、迂闊に趣味とか踏み込んだことを聞いたら引かれるかもしれないし……。


 なんて考えているうちに、もう僕は一番右の一番前まで移動してしまった。

 着席――。思考――。苦悩――!


 どうする。どうすればいい?

 やっぱりさりげなくテストの話題か?

 そうだ、そこで僕が先手を打てばいいんだ。「僕、今回コケてそうだけど君はどう?」って感じでさ。ぶっちゃけコケたなんて嘘だけど、これなら隣の人が絶望的でも共通点ができて盛り上がるし、隣の人が秀才でも相手を持ち上げる材料になる。

 これだ、これでいこう。これしかない。


 僕は机をじっと見て精神を研ぎ澄ましていた。

 やがて左耳が動く机の接近を検知。それが僕の隣で止まった瞬間。

 今しかないと確信――。


「ねえ、テストどうだった? 僕は大コケしちゃってさあ、ワンチャン赤点かも、なん、て……」


 今じゃなかったわ、と確信。

 もうちょっと隣の人を見てから話すべきでしたね。

 隣の人は何も言わずに着席して、はぁーっと深く息を吐いてから僕を睨んだ。


「それで? 私の全面サポートを享受したくせに不甲斐ない結果を残した黒崎くんはどんな謝罪をしてくれるのかしら?」

「三輪山ぁぁ!?」


 洋平は近くないけど、隣が三輪山なら全然いい!

 というか、むしろ最高なんだが! 話せるぞ! 僕が話せる人間が来てくれたぞ!


「三輪山が隣なんて嬉しいよ! よかった、危うく右上の端で泣きながらぼっち飯するところだったんだ。三輪山がいるなら大丈夫だな!」

「ちょっと。さっきの話を詳しく言いなさい。それで謝りなさい。罰を受けなさい」

「い、いや、あれは嘘なんだよ。隣の人が初対面だったら話す内容に困るだろ? だから最初から言うことを決めてたんだ。本当の結果とは関係ないよ」

「まあいいわ、返却日になれば嫌でも真実がわかるから。それに――」


 三輪山は視界から僕を外した。

 そこからぽつりと続きらしき言葉を漏らす。

 ただ、それは僕に聞かせたかった言葉じゃなくて、三輪山が自分に言い聞かせたかった独り言なんだろうと思う。


「もしそうなってもまた教えればいいだけだものね」


 なんて。

 ぶっちゃけ僕も三輪山の補習なら受けてみたいものだった。

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