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#33 僕さ、配信者で食っていこうと思ってるんだ

 顔を見せない。

 それは相手に素性を知らせないことであって、自分を守る行為であり、相手に顔以外のイメージで自分を認識させる行為でもあった。顔を見せた時の僕と顔を見せない僕は、変わらず同じ僕であるけれど、ほんの少しだけ印象が変わるものだろう。

 桧原を知った後にMaK+ちゃんを見ても、どちらも彼女であることには変わらないが、それぞれのよさというかかわいさというか、スポットライトの位置が変わって別の印象を受けた気がするし。

 だから。

 僕もそうなってみようと思う。


「こんにちは、MaNa+o(マナト)です。聞こえてますか」

「聞こえるに決まっているでしょう。ただのビデオ通話よ。なんのつもり?」

「いや……。勉強配信ってことにすれば三輪山から勉強を教わることもできるかなって」


 日曜日。

 もう友達が集合しまくった僕の部屋ではあるけども、僕だけ賑やかな部屋にいなかった。僕の部屋に友達4人がいて、僕だけリビングで勉強中。

 洋平が沖島と桧原の面倒を見て、僕が三輪山とビデオ通話――もとい勉強配信でのマンツーマンだ。


「おもしろそうだからあたしもやりたいんだけど! 『画面の前のお前らもMaK+ちゃんといっしょにいっぱいお勉強 (⋈◍>◡<◍)✧♡配信』したいんだけど!」

「マキ様、それは私の心臓が破壊されるからやめて。もしやるんだったらテスト前とか関係ない時に……」

「え、つまんね。黒崎のバーカ」


 なぜ僕に悪口……!

 理不尽極まりない。


「それで黒崎くん、どうするというの」

「ああ……。とりあえずカメラを外カメラに変えてスタンドで固定して……僕の手元見えてる?」

「ええ、あなたの頭みたいにすっからかんなノートが見えてるわ」

「これから埋めるためにあるんだろうが……!」


 ここでびっちり書き込まれたノート取り出してどうするんだ。勉強できないだろ。

 そういえば、なんで都合よくスマホスタンドが――とお思いの方もいるかもしれないが、これは僕のじゃなくて桧原のだ。ダメもとで頼んだら「助手の言うことだししょうがねえよなー」とか言いながら貸してくれた。まだ助手設定が続いていたことに驚き。

 ちなみに連絡先はずっと持ってなかったんだけど、この件のために沖島経由でゲットした。僕にしては結構頑張ったので褒めてほしいものだ。


「じゃあこれで僕が勉強をする。それでわからないところがあったら三輪山に聞く。三輪山のカメラはオフにして、お互いに顔の見えない状況でやっていこう」

「合点承知の助」


 なんだその返事。

 顔見てたら絶対に言わないだろそれ。

 でも三輪山がいつも言わないようなことを口走るのは幸先がいいのかもしれなかった。このままMaK+ちゃんを見てるようなテンションで受け答えしてくれればいいんだけどな。


「三輪山……早速ここ教えてくれないか?」

「そんなのもわからないの? いいわ、任せなさい」


 おおっ!

 さすがにMaK+ちゃんテンションとはいかなかったけれど、三輪山が僕に解説してくれるぞ!


「まずここはさっきの問題と同じやり方でできるわ。テキストの35ページを見てもらえばわかるように――」


 しかも三輪山、流暢に話しているじゃないか。平坦な声のせいか、ナレーターみたいで聞き取りやすいし、すぐに僕の頭の中をすり抜けていって――ん?

 すり抜けて……?


「――になるから、答えがこうなるわけ。どうかしら?」

「ごめんなさい、僕には一切わかりませんでした」

「ゴミムシが。生きてて楽しい?」


 うぐぁ――!

 過去一冷たいトーンで言われた!

 待て、三輪山は真面目に解説してくれたんだ。それだけでも昨日とは大きく違うんだ。だからここは明らかに僕が悪い。ボロクソに言われてもしょうがない。


「お先真っ黒崎くん」

「お先真っ暗な」

「黒崎くん、グラフは書ける?」

「ちょっと待ってくれよ、やってみるから」


 なんか上に凸とかなんとかはわかるんだけどな。名称じゃなくて計算となるとてんでダメだな。

 グラフは、えーっと……。まずはx軸とy軸を書いて、点を打って……。


「こんな感じか?」

「汚い。最悪。まるっきりセンスないわね」


 これだから数学は……!

 いやもう何もかもできない僕だけど、多分数学が一番ダメなんだろうな。ぼーっとして生きてるから。全然頭回らないから。


「三輪山先生、僕はどうしたら……」

「しょうがないわね。ちょっと待ってなさい」


 カチカチ、とスマホの奥から音がした。

 シャーペンの芯を出す音のように聞こえたけど、なんとそれは間違っていなかった。

 三輪山が突然カメラをつけたかと思えば、そこにはプロの製図職人が書いたのかと思えるほど綺麗な二次関数のグラフが――。


「えぇ!? ちょっと待てよ、本当に今の一瞬でそれを書いたのか!?」

「当然よ。これくらいできるでしょ」

「できないよ! なんでそんな平坦にすごいことやってのけてんだ……!」


 話し方が平坦なのはいつもだった。

 それでも十分すごいのは変わらないけどさ。

 もしや三輪山、ロボットだったりしないか。高性能AI搭載のアンドロイドだったりしないか。


「このグラフを見れば簡単。反復するようだけどここは35ページにあるように――」


 三輪山がグラフに新たな書き込みをしながら解説しているが、そうか、あっちにはスマホスタンドがないんだ。だから三輪山は今、片手でスマホを持ちながら外カメラでノートを撮影しつつ書き込みをしているんだ。

 だから、だからちょっと三輪山の体が前のめりになっているんだ。じゃないとスマホが邪魔でノートが見えないもんな。

 どうりで僕の画面に三輪山の胸が映し出されているわけだ――!


 机に乗り上げたそれはノートまでも蝕んでいる。グラフがほとんど三輪山の胸で隠れてしまって嬉しいような悲しいような。とはいえ指摘できないし。だって「三輪山さん、あなたの巨乳でグラフが隠れてます」なんて言おうものなら、三輪山は今後一生この配信風授業をやってくれないだろう。恥をかかせるわけにはいかない。


「――ということよ。どう? わかったかしら」

「はい。とてもいいものを見させてもらいました」


 後で洋平に聞こう!

 こればかりはしょうがない。


「そう……。じゃあ私、黒崎くんにちゃんと教えられたのね。ふふふふふ……ありがたく思うがいいわ。黒崎くんは今、私の頭脳をいつでも借りることができる権利を手にしたのだから」

「あ、ああ、そうだな!」

「そっか、私、こうすればちゃんと言えるのね……」


 三輪山はなんかすごいやりきった感を出しているけども!

 僕が目にしたのはでっかいふたつの膨らみだけッ――!

 罪悪感と自分の浅ましさに涙が止まらない……!


 でも、それと同時に嬉しい気持ちはあった。

 三輪山はまた一歩成長したのだ。僕を交えておばあさまと話した時からずっと成長しっぱなしではないか。

 それの手助けができたと思えば、僕としても嬉しいことだし、何より友達として誇らしかった。

 ああ、きっと、友達ってこういうものなんだな。


「ありがとう、黒崎くん。ふふ、なんだか今日は調子がいいわ」

「どういたしまして、か……?」


 喜ばれて感謝されるのはいいけど、これは三輪山の恩返しだったはずじゃあ……。これだとまた恩を重ねてないか?

 細かいことはいいか。嬉しいとありがとうも言いたくなるものだろうし。


「そうと決まれば黒崎くん、次の問題を――」

「いぇーい、ウチのほうがよく飛ぶー!」

「はぁ!? あたしの見た目重視だから! 一番(いっちゃん)かっこいい機体はあたしのだから!」

「おい、紙飛行機で遊ぶなって! 真人、助けてくれー! 俺じゃ制御できないよこの人たち!」


 何かがスマホの奥で――僕の部屋で起きているみたいだった。

 紙飛行機て。小学生か。僕もやりたくなるだろ。


「へい、みおっちパス!」

「真珠……。私たちは真面目にやってて――」


 三輪山のカメラの前に紙飛行機が着陸した。沖島が折ったものなんだろう。

 そのすぐ後。着陸した飛行機に何か文字のようなものが書かれてあったのを僕が認識した瞬間に画面がブラックアウト。三輪山がカメラをオフにしたのだ。


 もうちょっとわいわいやってるところを見たかった気持ちはあるが仕方ない。

 三輪山の調子がいいんだし、今は勉強優先だ。


「三輪山、勉強再開するぞ?」

「え、ええ、どうぞ。許可なんて求めないで勝手にやってなさい」

「ういっす……」


 僕はシャーペンを手に取り、嫌いな数学に再び向き合おうとして――。


「黒崎くん」


 と。

 スマホ越しに呼ばれた。


「どうした?」

「いえ……。なんでもないわ」


 それはいつもの平坦な声ではなく、とてもしおらしいものだった。

 いつもの三輪山らしくない感じがしたけれど、僕はシャーペンを握り直してすぐ勉強モードに入ってしまった。





≪Side M≫


『HAYAKU KOKURE!』

 シズが飛ばした紙飛行機にはそう書かれてあった。

 わざわざローマ字にしたのは小東くんに一目でバレないようにするためなのだろうか。


 シャーペンを握る彼の手が映っている画面から目を離し、シズを横目で見てみる。

 私の視線に気づいたあの子はヘラヘラしながら親指を立てた。


「黒崎くん」

「どうした?」


 私の声に彼が反応して、彼の手も私の声のせいで動きを止めた。

 いや、止めてなかった。くるくるとシャーペンを回して――それは黒崎くんがイライラしているとかそういう気持ちの表れではないのだろうけれど、それでも回転するペンは私をせかしてきた。

 私をせかして、私の鼓動を早くした。もうこうなったらダメなんだというのは、ここ最近ですっかり思い知らされている。


「いえ……。なんでもないわ」


 でも不思議と暴言は出なかったし、いつもより心に余裕があるのかもしれない。

 けど、もし……。

 もしここで()()()()を言えたとして。


 私はやっぱり、彼の目を見て言いたいなと思ってしまうのだった。

 今現在見惚れてるのは彼の手なのに。

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