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#32 これからも

 夢中になってしまうと時間はあっという間で、だからといってみんなを我が家に泊めるほど準備があるわけでもなく、別れの時間はあっさりとやってきた。

 それでも嬉しいことに、別れ際、明日の約束を果たしてから一人になったのだった。

 つくづく土曜日が授業じゃなくてよかったと思う。だって次の日も休みって最高じゃん?


 さて、明日のバカ騒ぎ――じゃなくて勉強会が楽しみである僕だけれど、明日に備えて休まねばならない。

 英気を養って、騒ぎまくり――じゃなくて集中しないと。

 時刻は22時11分。いつもなら起きてる時間ではあるけれど、することもないし眠り一択。


 今日はとてもいい日だった。

 おやすみなさい……。


 ブーッブーッ。


 おや。

 僕は眠る時、枕の横にスマホを置いていた。僕はいつもスマホのアラームを目覚まし時計にしているから。

 今聞こえたのはそんなスマホが振動した音――僕は例の桧原とロッカーですし詰め事件以来スマホをマナーモードに設定していたからバイブレーションである。

 しかもずっと震え続けているということはただの着信じゃない。

 桧原に顔が見えなかったらどうするかと聞かれた今日であるけれど、まさかこんなにも早くその状況を再現するとは思わなかった。


「もしもし。どうした、三輪山?」

「眠そうな声ね。夜分遅くに私の声が聞けることをありがたく思いなさい」

「あざます……」


 そこは謝るところなのでは……?

 夜分遅くに失礼いたしますみたいな。まあまあ、僕らは友達だから深夜だろうと早朝だろうといいんだけどさ。


「今日の星は綺麗ね。雲もないみたいだし」

「そ、そうなのか……? ごめん、僕あんまり外を見てなくて」


 そう言いながらカーテンをめくり、窓の外を見る。空は確かに星があったけれど、それがいつもに比べて綺麗なのかはよくわからなかった。でもこうやって星が見えるのは僕らの住む場所がそれなりに田舎であるからこそなのだろう。そう考えるとこの星も限定的で、とても貴重なものに思えてくる。


「本当だ、いい空だな。月も綺麗だ」

「何を言っているの。私のほうが綺麗に決まっているでしょう。これだから黒崎くんは――」

「そっちが始めた話題だろうが……!」

「今日の勉強、わからないところはない?」


 急に話題を変えてきた三輪山。

 ただ、それは僕に怒られそうだから話題を変えて誤魔化したとかそういうわけでもなく、むしろこれが本題のようだった。


「本来なら私が教えたかったところがたくさんあるのよ。別に誰が教えても点数が取れれば黒崎くんにとっては変わらないでしょうけど……でも私は私で、あなたに恩を感じているの。恩返しをしたいと思っているの」

「いやそんな恩返しなんて――」

「いいからさっさとわからないところを吐け」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ……」


 僕は今日、ずっと過保護な家庭教師に面倒を見られていたのだ。逐一「大丈夫?」だの「わかる?」だの確認してくるから、おかげでわからないところがことごとく潰されている。無論、まだやっていない範囲はボロボロだろうけれど、少なくとも今日のうちに洋平から教授された部分は平均以上の理解がなされているはず。

 それに、僕は寝るモードに入っていたからあまり脳が働いていない。これから勉強と言われてもそこまで身が入らない。

 というか、そもそも――。


「三輪山、ここで僕のわからないところを知ったとして、どうやって解説するんだ?」

「口で、してあげる」

「僕の理解力のなさを見くびらないでほしいな。口頭で理解できるほど僕は頭がよくないぞ」

「雑魚が」


 シンプル悪口!

 正しいんだけどもうちょっといい言い方ありませんかね!


「いい言い方ってほとんどが『い』に占拠されてて適当に名前をつけたRPG主人公みたいよね。勇者いいいいかた爆誕ね」

「『ああああ』じゃないんだよ。というかどんな話題だよ。意味わかんないよ」

「往々という言葉も頑張れば『おおおお』になるわよね。ア行連打の勇者をコンプリートしたいものだわ」

「そんな物好きは三輪山しかいない。日本語なのに異国語を聞いてる気分になってきたぞ……」


 電話だと本当にイキイキしてるよな。もういっそのこと全部電話で話せばいいんじゃないか。

 それほど三輪山が顔の見えない状況に安心感を覚えるってことなのか。

 桧原がネット弁慶とか言われてたけど、三輪山も顔が見えなくなった途端にお調子者成分が増す気がする。逆に根がお調子者だったり?


「えっと、三輪山、悪いけれど今日はもう頭が動いてなくてだな。明日新しいところを教えてもらうってことでも――」

「それが今日できなかったんでしょう。これでもうまくできなかったことに落ち込んでるの。察しやがれバカ」

「す、すまん……。でも明日ならできる――なんてのは無責任か」


 うーん。

 三輪山に何か言ってあげたい気持ちはあるけれど、落ち込んでいる人にどんな言葉をかければいいのかわからないぞ。無駄な言葉を重ねれば傷をえぐりそうで怖いし。かといってスルーするのは……。

 本当ならきっぱり話題を変えちゃって触れないのが一番低リスクなんだろう。でもそれだと逃げてるみたいで申し訳ないし……。


「まあその……僕もまだ未熟で、人と話すのは苦手だし、頭だって悪いし、でも三輪山と一緒にいたい気持ちがあるから何を言われても嫌いになんてならないし、ともに頑張りましょうと言いますか……」


 さらっと簡潔に相手の心に響く言葉を言えればいいものの、僕にはそれができなかった。

 ごちゃごちゃそれっぽい単語を並べているだけで、話も文法も頭の中もまったくすっきりしない。

 結局何を言いたかったんだっけと自分で思うほどよくわからない文章が完成してしまうばかりだった。


「つまり、そういうこと……。大丈夫だよ、いろいろさ」


 つまりどういうことだよ、とひとりツッコミしたくなっちゃうほど雑なまとめ方。

 しかも僕は三輪山に安心してほしいがために、何の根拠もなく大丈夫とか断言しちゃって。本当に無責任なやつである。

 その無責任が今回はよかったみたいだけれど。


「黒崎くんが言うのなら仕方ないわね、どうにかなると思い込んであげましょう。盲目的になってあげましょう。それにしても私と一緒にいたい気持ちがあるとか、そういうことストレートに言っちゃうのね。下心見えすぎ。私の顔がいいせいかしら」

「下心とかじゃなくて……。僕は本当に三輪山と一緒にいたいんだよ。これからもずっと」


 なんだかんだいいやつで、話すのが楽しいやつ。

 僕の中で三輪山はそんな友達だった。これからもずっと友達でいたいという気持ちは噓じゃない。

 下心とかじゃなくて、純粋に、純真に願っている。


「あら、もうこんな時間。お子様は寝る時間よ。早く寝なさい、黒崎くん」

「いや寝ようとしてたんだけどな! しかもそれ、言うなら桧原にだろ」

「黙れ。失せろ。やっぱり私が失せるわ。さよなら」


 ブツッ――。

 突然電話をかけては突然切るのが三輪山。うん、もう慣れたよ。


 それにしても恩返しねぇ……。

 別に恩ってほど仕事してないと思うけどな。かといって僕が恩返しを拒めば三輪山としても心苦しいだろうし。


 つい今、さらっと桧原の名前を出しちゃったけれど、僕が桧原になれればなあ。

 いっそのこと僕も配信者になっちゃうか。そうすれば三輪山とも普通に話せて、勉強も教わることができるのに。


 僕は通話が切れてしまったスマホを見て、ぼんやりそんなことを考えていた。

 だけどここで気づく。というか、三輪山と通話をしている途中で気づくべきだったかもしれない。


 なれるじゃないか。配信者に。

 僕が話しているのは固定電話じゃないんだから。

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