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#30 あたしたちは兄弟だ(※姉妹ではありません)

 家のインターホンが鳴った。鳴らした主は沖島と桧原で、僕は九死に一生を得るというか、どうにか三輪山との危険な緊張を終わらせることができたのだった。

 その代わり、僕の居場所がなくなった気がするけれど。


「みおっち先生、これわかんなーい」

「それは……文法の問題ね。古典文法は活用が命よ。諦めて覚えなさい」

「澪、あたしもここ意味不なんだけど」

「ヒントは代入。例題を思い出せばできるはず」


 なんだこのちゃんとした勉強会は……。

 三輪山、本当に人に教えるのはじめてじゃなかったんだな……。


「み、三輪山――」

「誰あなた。帰って頂戴」

「ここ僕の家だぞ!?」


 それでも僕にだけこれだ。

 これだと勉強にならないじゃないか!

 講師が授業を放棄するって!


「へいへーい! 黒崎遅れてるー!」

「おい桧原。君は僕と同じくらいの学力だろ。三輪山パワーがなかったら赤点ギリギリだったろ」

「あたしは赤点取ったら配信ができなくなるんだ。背負ってるものがちげえんだよ」

「そんなかっこよく言われても……」


 ちなみにこのちびっ子、テスト期間中は配信をお休みするらしい。

 ちゃっかり真面目な子である。


「でもやっぱ黒崎くんにもみおっちの神授業受けさせたいよねー。みんなでいい成績取ったほうが仲間っぽくていいし」

「やめて真珠。私のキャパシティオーバーよ。二人に教えるか黒崎くん一人に集中するかしか今の私にはできないわ」

「二人っきりでも僕一人に集中できてなかったと思うけどな……!」


 もう僕に教えること自体がキャパシティオーバーだ。

 日常会話レベルならともかく、僕が理解しないといけないのだから教えるという行為は難しい。

 一方的なコミュニケーションではなく、相互的に一つの正解を理解しないといけない。

 三輪山が解いても僕が解いても同じ正解にたどり着ける。それが教えるということだ。


「……僕にうまく教えられないのはともかく、やっぱり桧原と話せてるのが不思議なんだよな。いくらなんでも早すぎるっていうかさ。桧原がうまくいくなら他の女子ともすぐ話せるはずだろ」

「わかってねーな、黒崎。あたしと澪は兄弟なんだよ」

「いや他人だろ」

「兄弟なの! つながってんの!」


 意味がわからなさすぎる。

 実は腹違いの――みたいな関係でもあるまいし。


「だからさあ、ずっとわかりあおうとしてたんだよあたしたちって。聞くけど、黒崎はあたしたちの顔が見えなかったらどうする?」

「ど、どうするって……?」

「表情とかなんも読めねーの。文字だけのやりとりとか声だけのやりとりとか、そういうやつ」


 僕は三輪山とたびたび電話をすることがあったり、実は沖島ともチャットでのやりとりをほんの少しだけしていたのだった。沖島、なぜか突然ラーメンの写真を送ってきたりするんだよな……。

 そんな中、僕はそれらに対してどう思うかというと、それはもう緊張する。顔が見えないのだから相手の感情が見えず、どんな言葉が正しいのか考え込んでしまう。

 特に文字だけだと声よりも難しい。イントネーションがわからないし。

 だからこっちの言葉が誤解されないよう丁寧に伝える必要があるし、逆に相手の言葉は寛容な気持ちで理解する姿勢を身につけねばならない。

 というか、三輪山に至っては顔が見えてもずっと真顔だしな……。


「えっと……もしみんなの顔が見えなくても、みんながどんな気持ちなのか考えて慎重に発言するかな」


 なんだか小学生の作文みたいな言葉になっちゃったな。

 それでも桧原はうんうんと頷いてくれたけど。


「あたしと三輪山はずっとそれをやってきたんだ。配信者と視聴者って関係でな。お互いに顔もわからないからこそぶつけられる気持ちもあるし、繊細な言葉の違いにも気づける。もちろん気軽に発言できちゃうからこそ、言葉の重みにも気をつけないとだし――」

「ちょっと待ってくれ……! そんなにスケールが大きい話なのか……!?」


 三輪山はわかる。コミュニケーションの練習だなんだって言ってたし、コメントやら何やら、積極的に遠隔的な会話に関わろうとするだろう。だから気持ちの深読みとかもわからなくもないんだけれど――。


「なんだよ。あたしが適当に話したりゲームやったりしてるだけって言いたいの?」

「い、いや、そうじゃなくて……」

「ああそっか、あたしがなんで配信を始めたのか言ってなかったな。あの時は黒崎がいなかったんだわ」

「僕がいないうちにそんな会話を……」

「あたしも友達つくるとか苦手でよ。でも三輪山ほど喋れないってわけじゃないの。なんか()()が必要なだけでさ」


 僕は三輪山と桧原がどうしたら話せるか考えた際に「どうやって友達って関係になるんだっけ」とか思いつめたが、桧原もそれに近いものに悩んでいた時期があるようだった。

 立場。関係。最初はほぼ全員がそういったものを持っていない赤の他人ではじまる。最初から関係があるのは家族くらいだろう。

 家族……は、ここでは置いといて。

 桧原はそういう立場がない相手に話しかけにくさを感じているみたいだった。


「でもさ、配信しちゃえばあたしは簡単にそんな立場を誰とでもつくれるんだ。配信者と視聴者って立場をさ。ネットはすごいよ。みんなと兄弟になれちゃうんだもん」

「わかりあえた仲を兄弟って言ってるのか……」


 つまるところ、桧原もまた会話にちょっとしたコンプレックスがあって、それを配信によって昇華していたらしい。


「マキマキのそれ、平たく言っちゃえばネット弁慶だよね」

「はぁ!? ちげーし!」

「で、桧原は配信者の経験から誰とでも話せるようになったってわけか」

「いんや。あたし、まだ立場にこだわってるよ」

「えっ……。でも桧原、普通に僕と話せてたよな?」


 しかも割と上から目線で。風紀委員命令だ、とか言ってさ。


「うん。だから風紀委員って立場があるじゃん」

「マキマキは風紀委員弁慶でもあると」

「うっさいな! オメーにはもうこの話しただろ!」

「桧原、もしかしてそのためだけに風紀委員に――」

「あったり前じゃん。風紀委員の腕章があればあたし誰とでも話せちゃうんだよねー。だって風紀委員様だから」


 かわいらしい職権濫用だこと。


「マキマキ、いっつもウチに風紀を乱してるとか言いながらつきまとってくるけど、なんだかんだ友達になりたかったんだなって。かわいー」

「沖島は紛れもなく風紀を乱してると思うぞ……」

「ま、あたしと澪が仲良くなってんのはそういうこと。黒崎よりも長い時間話してることになるしな」


 桧原がいつから配信を趣味にしているのか、三輪山がいつからそれを見始めたかを僕が正確に知っているわけじゃなかった。それでもつい1,2週間前に会話を始めた僕より二人の関係のほうが長いことは明らかだろう。少なくとも三輪山は4月に桧原へプレゼントを贈っているわけだし。

 そう考えたら僕だけがハブられているように感じるのもしょうがないか。この中で一番三輪山との友人歴が短いんだから。


「なるほど、と納得したことにしておいて……。問題はじゃあどうやって僕が三輪山から勉強を受けられるようにするかだよな」

「え。もう黒崎は赤点でいいんじゃね」

「おい風紀委員!」

「だってあたしは楽しみにしてくれるファンがいるもん。黒崎は何も背負ってないべ」


 反論できず。

 その通りではあるけども。僕はペナルティとか誰からも課されないけども。

 それでもみんながわいわい勉強してるのに孤立するのは寂しいじゃん――!

 あと補習とか絶対にだるいし!


「でもさ、ガチ黒崎くんだけこのままってのはちょっとかわいそうだよね。ウチら場所を借りてるわけだし」

「澪以外に教えられるやつがいるんけ? あたし無理、沖島やって」

「ええー? ウチだって教わるので手一杯だよ? 黒崎くんさ、こういう時に駆けつけてくれる人、誰かいないの?」

「そんな都合よく――」


 いや、いる。

 いるけど――呼んでいいのか?

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