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#29 ボディータッチ≪Side M≫

≪Side M≫


 私!!! 今!!! 本当に!!! 生きてる!?!?!?

 こ、呼吸は忘れてない!? 心臓は動いてる!?


 待て待て待て、落ち着くのよ三輪山澪。

 今どうなっているのか冷静に振り返ってみるの。


 黒崎くんの家に押しかけて二人っきりの勉強会を開いて――。

 私が変なご褒美を設定して、黒崎くんが英語の問題を8問正解して、40秒私に触れる権利を獲得して――。

 それで、黒崎くんに後ろを向けと言われて――。

 今……と。


 な、なんでこんな変な約束しちゃったんだろう!

 40秒とか長すぎるし、黒崎くんに触られちゃうとか意味わかんなすぎるし!

 しかも黒崎くんの顔見えないよ!? いつ来るかわからないよ!?


「じゃあ、失礼します……!」


 失礼されちゃう!

 ど、どうすればいいの、こういう時って!

 バンザイとかしてあげたほうがいいのかな。そのほうがおっぱい触りやすいとか……。

 殺して――! 誰か私のことを楽にして! こんなことするために黒崎くんのところに来たわけじゃないのに!


 ポン、と。

 私が脳内で絶叫しているうちにその手は置かれた。


「いやー、お客さん、ずいぶんと凝って――ないな。柔らかいな、お前の肩」


 く、黒崎くんが私の肩を触って――!

 なんか言わないと!

 ええっと、なんの話してたっけ。肩凝り? 柔らかいおっぱい?

 あれ? なんて返せば言いわけ!?


「エロ崎くん。私が巨乳だからって安易に肩凝りと結びつけないで頂戴」


 ああああああああ!

 結びつけてるのは私じゃい!

 しかも名前……。こんなの失礼すぎるよ!


「結びつけてないが!?」


 だよねだよね。うん、黒崎くんは何も悪くないの、私がダメなの。

 ――ってヤバい! 会話のキャッチボール的に次は私のターンじゃん!

 ど、どうすれば……。

 もうなんでもいいから言って、私の口!


「小賢しいことを思いついたものね。胸を触らずに巨乳感だけを味わいたいからって肩凝りを確認するとは。三国志演義の諸葛亮もびっくりよ」


 あわわわわ……。

 もうダメ。終わった。私のコミュ力終わってるわ。

 最初からだったわね。はははは……。


「違うって。肩ならさっき触ったからあんまり抵抗ないし、それに揉んであげれば奉仕してる感じがして罪悪感ないし――」

「あと15秒」

「何秒だろうとやることは変わんないよ……」


 本当は何秒か数えてないけど、適当に15秒って言っちゃった……。

 ていうか黒崎くん、こんなに色気たっぷりなイベントで肩もみとか誠実すぎなんだけど! 優しすぎ! 真面目すぎ! もう好き! 

 でもでも、もうちょっと甘い感じのコトを期待してたのになぁなんて……。

 わかんないけどね! 私、恋愛経験ないし、こういう時にどういうことするのが甘い展開なのか知らないし。

 恋愛小説だったら、強引にキスしちゃったりとか……? おっぱいを触るじゃないにしても、それくらい大人なことは高校生になりゃするよね? し、しないのかな……?


 せめて手だけでも触れたい気持ちが……。

 お、おお、落ち着け三輪山澪。彼に悟られないように深呼吸して――。

 そーっと。そーっとよ。手くらい簡単に握ってやれっつーの。

 ほら、私って顔がいいんだし、こっちが強気になれば黒崎くんもイチコロだって。 

 頑張れ私! 触れ、触れーっ!


 右手を少しずつ左肩に近づけようとしていたけれど、気づけば上から被せるようにポンと乗せていた。

 いつもなら肩に手を乗せただけで終わっていただろう行動は、今日だけ彼の手の上に自分の手を重ねる行為になっていた。


「へ……?」


 と、小さく声を漏らす黒崎くん。肩もみの動きも止まってしまった。


 いやそんな声も出るよね! 揉むのも止めるよね!

 突然触られて意味わかんないよね、ごめんね!


 で、でもどうしよう! 言い訳何にも考えてなかった!

 なんで私は黒崎くんに触れたの……! 私、黒崎くんに手を握ってほしくて40秒もあげたのだけれど――とか言えるわけないよねえ!


 何か言うのよ三輪山澪! 黒崎くんが固まっている以上、私が責任を持って展開を進めないといけないの!

 このままずっと沈黙なんて耐えられるわけないでしょう!? だからほら、何か言わないと……!


「40秒よ。さっさと手をどけて」


 私はきゅっと彼の手を掴んで、肩から離した。


 よっしゃ、ナイス言い訳――!

 彼を肩からどけるって建前でがっつり手握っちゃったし!

 でへへへ、もうこの手洗いたくない……。


 ふぅー、満足満足っと。

 さて黒崎くん、夢の時間は過ごせたかしら。私はねー、すっごく夢みたいだったよ。

 ……なんちゃって。


 私はそんな夢見心地で改めて黒崎くんと対面しようとした。


「さて黒崎くん、夢の時間は過ごせたかし……ら?」


 その時だ、彼の異変に気づいたのは。


 なんか顔、真っ赤じゃない?

 湯気出てるんじゃないかってくらい赤いけど……え、何?

 か、風邪!? もしかして体調悪い!?


「黒崎くん、昨日は温かくして寝たかしら」

「な、なんでそんなこと……」

「熱がありそうな顔をしているわ。えっと、具体的には耳の先まで赤いってことで――」

「いいよ、具体的に言わなくて!」


 具体的に言うのはダメなんだ。

 あっ、そっか……。恥ずかしがってるみたいな勘違いをされたくないんだろうな。

 私に手を握られたから赤面してる、みたいに勘違いされたら確かに恥ずかしいよね。


 最近、私もただちょっと部屋が暑いとか温かいもの飲んだとか、そういう理由で顔が赤くなっただけなのに、すぐシズが「黒崎くんのこと考えてたっしょ。わかりやすー」とか煽ってくるから恥ずかしくて堪んないわ。


 てかヤバ! そう考えたら赤面黒崎くんめちゃかわいいじゃん!

 まずい、血を吐く……! 吐血でも喀血でも、とにかく口から血が出る!

 疑似的にでも私に対して照れてる黒崎くんの姿を拝めるなんて最高すぎる……。最the高よこんなの。

 写真を撮るのよ三輪山澪。その瞳というレンズで脳というフレームにこの光景を焼きつけるの!

 脳内の秘蔵フォルダに入れて、黒崎くんが赤面しながら告白してくる妄想のためにいつでも思い出せるようにしてやるんだから!


 ――って違う! かわいいとか言ってる場合じゃない!

 まずは黒崎くんの体調を解析しないと。そんでもって変な勘違いしてないことを行動で示さないと。


「黒崎くん――」


 私は彼の額に右手を伸ばしてぴたりと触れた。

 触ってみると彼の体温がよく伝わる。でもこれが高熱かどうかは比較してみないとわからないから、私は左手を自分の額につける。


「熱はない、かしら?  私の手が冷たすぎてよくわからないわね」


 結局私の額を触っても額のほうが熱くて微妙な熱の差がわからない。

 こうなったらいっそ、額同士をくっつけてしまうか――。


「な、何でしれっと触ってんだ!」


 あっ……。

 怒られちゃった……?

 そうよね。私のほうから40秒とか意味わかんない設定しておいて、こっちは気安く触れるなんておかしいわよね……。


「あっ、違う、別に触れてもらってもいいんだけど、ちょっとびっくりしたっていうかさ……。ごめん、とりあえず熱はないはず、大丈夫」


 いいのよ、黒崎くん。あなたはとても優しい人だからそうやって言ってくれるけど、私がいけないの……。

 そんな優しいところが好きなのに、私はあなたの優しさにつけこんでずっと悪口ばっかり言うんだから……。

 本当にいつも迷惑ばっかりかけて……。今もそう……。余計なことして――。


「ごめんなさい……」

「み、三輪山!? さっきのは別に怒ったとかそういうわけじゃなくて……! とにかく大丈夫だからさ、元気になってくれよ!」

「えっ――」


 うそ!? 今、声出てた!?


「な、何を言っているの黒崎くん、私はいつでも元気よ。根暗でろくに人と話せないあなたとは違って、私はいつでもイケイケでキラキラなんだから」

「そ、そうだよな! 三輪山はイケイケでキラキラだよな……!」


 うわぁぁぁ!

 不覚にも素を出してしまったぁぁ!

 最終目標は普通に話すことなんだから素を出すのはいいんだけど、よりにもよって不甲斐ない謝罪で素を出しちゃったぁぁ!

 しかもその後の誤魔化しがひどすぎるし! 私なんかがイケイケでキラキラなわけないでしょ!


「み、三輪山、勉強に戻ろう! 僕たちが今やるべきは学生の使命を果たすことで、学びによって今日という日をより鮮明に見つめ直すことだと思うんだ。そうやって僕らは大人になっていくんだ。そうだよな!」

「わかっているならさっさとやること。なんでいつまで手を動かさないのかしら。心臓ばっかり動かしてるくせに」


 違ぁぁぁぁう!

 心臓は動かさないと死ぬから! 心臓動かせてえらいよ黒崎くん!


 そうじゃなくてさ、言うことがあるでしょう。

 体調悪いなら休んでもいいよ、とかさ。黒崎くんいつもかわいすぎ――ってやかましいわ! 言えるか、そんなん!

 もううるさい! 本当に我ながらうるさい!

 #29だけで何回エクスクラメーションマーク使ってんのよ!

 いちいち黒崎くんへの好意を溢れさせてるからこんなうるさくなるのよ!

 一瞬でパパッと終わらせればいいの! 私は黒崎くんに声をかけた――だけで終わることなの!


 ほら、行け、三輪山澪。

 もういっそのこと「すき」でもいいから黒崎くんと話せ。

 体調を気づかえ。看病してやれ。いい女を見せてみろ。

 できる。私なら――!


「くろさ――」


 ピンポーン。

 と。


 何の音かはすぐにわかった。

 黒崎家の呼び鈴が鳴ったのである。

 それはつまり、二人っきりの時間が終わったことを知らせる音でもあった。

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