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#28 ボディータッチ

 僕がやったのは英語のテキストにある基礎問題だった。10問しかない初歩中の初歩みたいなやつ。

 恐らく授業を真面目に聞いている方々ならば余裕で満点を取ってしまうような、朝飯前程度の難易度。

 だから週の平均自習時間が0秒と言っても過言ではない僕もそれなりに正解することができた。


「8問×5秒で40秒ね。おめでとう、黒崎くん。あなたは40秒もの間、私を好きにできるのよ。感謝の言葉ぐらい言ったらどうなのかしら」

「それ本当にやるのかよ……。というか、僕が頑張った成果なのにお礼言わせるのかよ」

「当たり前でしょう。こんな問題が解けたところで、私の寛大な心がなければ何も発生しないんだから。私に感謝するのは当然よ」

「あ、ありがとうございます……」

「よろしい。じゃあ40秒ということで40万円払いなさい」

「有料なのかよ!」


 半ば強制的に受け取らされてる報酬みたいなところがあったのに加えて有料って!

 セールスとかお通しよりも強引すぎるだろ。しかも値段おかしいし。


「値段がおかしい? ああ、40万円じゃなくて40万ドルのほうがよかったかしら」

「さらに高くするんじゃねえ!」


 英語の勉強してたけども!

 だって1ドル100円換算だとしても4000万だぞ。4000万円支払える高校生がいたら会ってみたいよ。


「ま、今日は大サービスでタダにしてあげましょう。いつでもかかってきなさい」

「そんな戦う前みたいな……」


 かかってこいなんて言われたら手を出した瞬間に関節外されそうで怖いんだけど。

 だからといって三輪山の言葉がなければ簡単に触れていたかと聞かれてもNOなんだけどさ。

 いろいろタガが外れそうで怖い。僕は理性と戦える自信がないんだ。


「どうしたの。何を怖気づいているの。何を純真ぶっているの」

「純真なんじゃなくて汚れまくってるからこそ手が出せないというか……」

「後で訴えるとか、そんなことしないから安心なさい。あってもゆすりに使うくらいね」

「ほとんど同じだよな!? むしろゆすりのほうが法外なことしてるよ!」

「今から私の胸をゆするのだからそれくらいされて当然」

「なんでそこ確定してんだ! しないっての!」


 三輪山に睨まれながらそんなことができるほど僕の心は強くない。

 むしろなんで三輪山は真顔でいられるわけ?

 僕が本当にどうしようもない不貞を働く男だったらどうしていたつもりなんだ。


「えっと、三輪山……。本当の本当にいいんだよな……?」

「40秒だけよ。そこは厳守」


 それなりに長いと思うが。


「じゃあちょっと後ろ向いててくれない……?」

「変態ちっくに触るのが好みなのかしら。背後から胸を鷲掴みにされるとか、まるで痴漢されてるみたいだわ」


 もう何も言うまい……。

 よほど僕のことを信用していないみたいだな。あるいは過信しているようだな、僕のメンタルを。

 たとえ訴えられなかったとしても、ゆすられなかったとしても、その40秒の後にどんな顔して話せばいいんだよ。無理だよ。それくらい僕は臆病ですよ。


「じゃあ、失礼します……!」


 まあ、そういうわけで――。

 僕に背中を向けて座り直した三輪山だったが、その胸に最後まで触ることはなかった。

 その代わりに、ポンと両手を乗せる。肩に。


「いやー、お客さん、ずいぶんと凝って――ないな。柔らかいな、お前の肩」

「エロ崎くん。私が巨乳だからって安易に肩凝りと結びつけないで頂戴」

「結びつけてないが!?」

「小賢しいことを思いついたものね。胸を触らずに巨乳感だけを味わいたいからって肩凝りを確認するとは。三国志演義の諸葛亮もびっくりよ」

「違うって。肩ならさっき触ったからあんまり抵抗ないし、それに揉んであげれば奉仕してる感じがして罪悪感ないし――」

「あと15秒」

「何秒だろうとやることは変わんないよ……」


 そう、僕がやることは変わらない。誰かの肩をマッサージするなんて経験を豊富に積んでいるわけじゃないから、これが三輪山にとって気持ちのいいものかどうかはわからない。それでも僕が三輪山に40秒間触れ、しかも僕の心が爆発しない選択はこれしかなかった。

 だからこれが間違っているとは思わないし、残りの15秒もそうするつもりでいた。


 多分、三輪山の言葉から5秒くらいは経過していたと思う。

 だからそれは残り10秒になった時に起きたことだった。


 肩を揉んでいた僕の左手に別の手が重なった。


 もちろん怪奇現象の類いじゃない。

 その手は三輪山の右手で――彼女は振り返ることもせずに右手で自身の左肩を触ったのである。その結果、手が重なった。僕の片手は三輪山の肩と手に挟まれてしまった。


「へ……?」


 そりゃあ驚いて動きを止めますよ。マッサージも中断されますよ。

 何も言わず、振り返ることもなくこんなことをされちゃったんだから。三輪山がどういうつもりで手を乗せてきたのかわからないんだから。

 だから、僕は10秒間このままだった。重なっている手を呆然と見つめて漫然な時間を過ごした。


「40秒よ。さっさと手をどけて」


 だけど、そんな一言で我に返る。

 三輪山が何のために手を重ねてきたって――それは僕の手を肩から払いのけるためだった。10秒前からそのスタンバイをするとは思わなかったよ。


「さて黒崎くん、夢の時間は過ごせたかし……ら?」


 僕に背を向けていた三輪山が再び対面するように姿勢を戻すと、何かに気づいたような顔をする。ごめん、重ね重ね言っているけれど、顔はいつも無表情だった。今回は三輪山が声をフェードアウトさせていったから、何かに気づいたんだろうと察しただけで、その顔はいつもと変わっていない。

 それに、お恥ずかしながら僕は三輪山の顔を見れていなかったし。


「黒崎くん、昨日は温かくして寝たかしら」

「な、なんでそんなこと……」

「熱がありそうな顔をしているわ。えっと、具体的には耳の先まで赤いってことで――」

「いいよ、具体的に言わなくて!」


 待てよ。落ち着けよ。

 僕たちは友達なんだぞ。それに僕からしたら三輪山ははじめてできた友達で、もっとピュアな友人関係を築くべき間柄であって……。

 ただ手を重ねられただけでなんだってんだ、情けない。沖島とだって握手したことがあるんだし、なんてことないだろ。


「黒崎くん――」


 と。

 ああ、そうだ、なんてことないはずだった。

 手と手ならなんてことない。まだギリギリ、どうにかなった。

 それがどうだろう、今や三輪山の手は僕の前髪をかきあげておでこに触れているのだった。

 40秒厳守とか言ってたくせに。


「熱はない、かしら?  私の手が冷たすぎてよくわからないわね」

「な、何でしれっと触ってんだ!」


 椅子から立ち上がって後ずさり。

 して、僕は自分の言葉が強くなっていることに気づく。


「あっ、違う、別に触れてもらってもいいんだけど、ちょっとびっくりしたっていうかさ……。ごめん、とりあえず熱はないはず、大丈夫」


 おかしいぞ。

 これじゃあ三輪山みたいじゃないか。とか言って、その三輪山は全然平然としているんだけどさ。

 あれ? なんか急に、このシチュエーションが恐ろしくなってきたぞ。この部屋、本当に三輪山に見せて大丈夫だったかな。服装は? ファッションに無頓着なのがバレまくる黒コーデで大丈夫か? 髪型は? 寝ぐせとかついてないよな?

 ていうか僕、ちゃんと話せてる? 大丈夫?

 三輪山は今、どんな顔を――。


「余計なことしてごめんなさい……」


 なんかすっごくしゅんとしてる――!


「み、三輪山!? さっきのは別に怒ったとかそういうわけじゃなくて……! とにかく大丈夫だからさ、元気になってくれよ!」

「えっ――な、何を言っているの黒崎くん、私はいつでも元気よ。根暗でろくに人と話せないあなたとは違って、私はいつでもイケイケでキラキラなんだから」

「そ、そうだよな! 三輪山はイケイケでキラキラだよな……!」


 絶対違うと思うけど。


 でもよかった、三輪山に深い傷を負わせてしまったかと思った。

 イケイケでキラキラかはともかく、僕に暴言を言ってくれるのなら全然元気な三輪山だ。

 三輪山とずっと一緒にいるから僕にまで三輪山がインストールされかけちゃったよ。やれやれ。


 一体全体、さっきのぞわぞわした感じはなんだったんだろう……。

 三輪山と暴言合戦になることだけは避けたいよなあ……。頼むからもう出てこないでくれよ。

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