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#26 嫌われてないか?

「お勉強をしましょう」


 三輪山と桧原が仲良くなってから数日後。

 僕は待ちに待った週末――土曜日を満喫しようと思っていたのに、黒髪美少女の乱入でその計画は消え去った。

 乱入。その表現は間違いないはずだ。

 だって突然、自宅を突撃されたんだから。

 今日の三輪山は珍しく後ろで髪を結んでいた。ポニーテールってやつか。というかいつもの何もしてないロングヘアー以外をはじめて見たな。


「前に言ってた『私プレゼンツ推し愛で勉強会』の時間よ。ああ、勘違いしないで頂戴。あと1時間もすればマキ様と真珠も来るわ。二人っきりの甘い時間とか思ったりしないで」

「お、思ってないが……?」

「黙れ。思え」


 なんて理不尽な……。

 でも僕は女性との交流がまったくない人間だから、特別な気持ちはないみたいな忠告を入れてくれないと簡単に勘違いするはずだった。

 これは三輪山なりの自衛なんだろう。もしかして三輪山って僕のこと好きだったり――なんて勘違いはお互いにとって不幸しか生まないからな。


「とりあえず入れよ。玄関先で勉強なんてわけにもいかないだろ」

「……黒崎くん、掃除はしてあるの?」

「アポなしで来たのは誰だ。してるわけないだろう」

「時間をあげるからしてきなさい。あなたの汚部屋を美少女こと私に見せてもいいわけ?」

「じゃあリビングでやろうぜ。リビングならいつでも綺麗にしてるからさ」

「えっ……。えっと、その……さようなら!」


 バタン――と荒々しく扉を閉めた三輪山。なんでだよ。

 もちろん僕はすぐに扉を開けて――三輪山は誰かに電話をかけようとしているところだった。


「腹の中真っ黒崎くん。私を覗くなんていい度胸してるじゃない」

「覗くだろそりゃあ。突撃してきたと思ったらなぜか帰るんだもん」


 実際には帰ってなかったけれど。

 そんなに掃除されてない僕の家が嫌なのか。

 三輪山は発信中の電話を切り、ふぅと息を吐いてからまた玄関に入ってきた。


「心の準備ができてなかったのよ。汚部屋に入る準備が」

「だからリビングなら汚くないっての」

「いいえ。黒崎くんの部屋でやるわ。汚部屋じゃないことは前に来た時確認してるもの」

「そういえば初じゃなかったな。待て、そしたらさっきまでのやりとりなんだったんだ……」


 謎の汚部屋論争。700文字くらい使ってやる内容じゃなかったんじゃないか。

 意味なくないか、その700文字。

 そんなことを思いつつも僕は三輪山を自室に案内して……そこで電話がかかってきた。

 先程のコールバックだろう。三輪山のスマホが鳴っている。


「黒崎くん。私は今から鶴になって布を織るから絶対に覗かないで頂戴。さっきみたいに覗いたら今度こそ帰らせてもらうわ」

「自分で鶴だってネタバレしてんじゃねえか! うん……覗かないから、いいよ、ゆっくり電話して」


 三輪山は案内したての僕の部屋から出て、通話を始めた。

 僕はというと――めっちゃ覗きたかった。

 鶴の恩返しで覗くなと言われてるのに覗いちゃうの、本当にバカだなあとかそんなことを幼少の頃に思っていたのに、なんだこの気持ちは。

 覗くなと言われたからこそ超覗きたい。バレなきゃいいんじゃないか、ひょっとすると。


「シズ、助けて!」


 と――。

 なんということだろう。

 僕が覗かずとも三輪山の声が丸聞こえだった。

 鶴の姿を覗かなくても影のシルエットでわかっちゃったみたいな、そんな気持ちになる。

 罪悪感と高揚感。そしてなるほど、三輪山は沖島と話しているようだ。ロッカーに入った時にも聞いたけど、沖島のことを普段は「シズ」って呼ぶんだな。


「黒崎くんと何話したらいいか全っ然わからないんだけど!」


 おい。勉強させに来たんじゃないのか。

 勉強の話をしようよ。


「家に入るのもさ、本当は掃除なりさせて1時間は時間稼ごうと思ったのに……」


 なんでだよ!

 スッと入って来いよ!


「黒崎くんの顔、まともに見れない……。無理、同じ空気吸うのしんどい……」


 もう泣いていいよな。

 顔が見れないほど、同じ空気を吸いたくないほど僕は嫌われて――って待てよ。

 何を言っているんだ僕は。

 初心を思い出せ。三輪山の基礎知識を。

 暴言は別に()()()()()()()()()()()()はずだろう。


「私、ただでさえ男の人の家で二人っきりになったことないのに……!」


 ははーん。三輪山、乙女なところあるじゃないか。

 なるほどなるほど、僕と二人っきりで緊張しているのか。

 思えばそうだ。桧原や沖島と普通に話せても僕と話せないのは性別の問題じゃないかと考えることはできたはずだ。むしろ今までどうして気付かなかったのかと疑問になるほど明確なあるなしクイズじゃないか。

 三輪山、沖島、桧原にあって、僕にないもの。ジェンダーの多様性を認めるべき現代社会だけれど、それでも僕は男で三輪山たちは女だった。


 ふむふむ、もしかして三輪山、僕のこと意識しちゃってんの?

 やだなあ。僕なんかにそんな。よしてくれよ。


「このままだとつい殴ってしまいそうで――」


 なんですって。

 おい、殴るってなんだ。それは三輪山の暴言体質と同じものなのか? それとも僕のことが嫌いすぎるから手が出るっていうガチ嫌悪なのか?


「う、うん。あんまり待たせると黒崎くんに悪いから……。うん、頑張る! 積極的に!」


 かわいい返事するじゃん……。

 でも待て! 頑張るって僕をボコボコにするのを頑張るって意味なんじゃあ……。

 積極的にってのも好戦的にって意味なんじゃあ……?


 僕が慌てふためいていたら、三輪山はあっさりと部屋に戻ってきた。

 そしていつもの無表情、平坦な声で言う。


「待たせたわね。さて、お勉強を始めましょうか」

「は、はい……」


 三輪山に嫌われたくない。せっかく友達になったんだ。

 僕は必死で勉強しなくてはならない。

 三輪山に応え、殴られないようにしなくては……。

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