#25 二面性に矛盾はつきもの
三輪山澪は学年一の美少女。それもクールビューティーな人だった。
なぜそんなイメージがついたのかと言うと、本人の自己紹介、周りへの毒舌、無表情、読書家――と、いろいろな要因があった。実はその中のひとつに頭がいいというものがある。
考えてみてほしい。日頃から無表情でクールな美少女が、ある日授業中に指名され「わかりません」なんて言い放ったらどうなることか。即ポンコツキャラにジョブチェンジだ。それはそれで人気者になりそうだが……。
とにかく、実際の三輪山は授業中に指名されれば全問正解、小テストの結果もどこからともなく満点だったという噂が聞こえてくるほどだった。
だから頭がいいのは確かにそうだ。
でも今、桧原が要求するのは問題を解くのとは違う。
教える――話して、理解させる。
そんな高度な対話が三輪山にできるわけ……。
「いいわ、マキ様がお望みというのならばいくらだって」
「やったー! パパがさ、赤点取ったら配信禁止にするぞって。ひどくなーい?」
「お父さんに叱られるマキ様も尊いわね。あら、もしかして今日が私の命日かしら」
「み、三輪山、なんか結構話せてるな……」
僕以上にすらすら会話できている気がする。
何がショックって、会話の練習をしたはずの僕よりも桧原とのほうが楽しそうってとこだよな。三輪山からしたら大好きな人なんだししょうがないけどさ……。
「じゃあウチも混ぜてよ。みおっちに教わるのは毎度のことだし」
「もちろんよ。マキ様と二人っきりだったら尊さに浄化されて死にそうだったし、いい塩梅ね」
「沖島ってあたしの配信見たことある? あっ、というか身バレにつながるような発言したら訴えるからやめてくれよな」
「みおっちに見せられたことあるから知ってるよー。それと、ダチとの約束は守るって。はい、握手」
「沖島、なんか普通にいいやつじゃん。三輪山澪もネットで知ってる性格と同じ感じがするわ。普通に話してみたらみんないいやつなんだな」
「あの、マキ様。私のことを下の名前で呼んでくれても……」
「いいよ、澪。澪って名前、かわいくて好きだよ」
「あぁぁぁぁ! 私もう、今日という日を祝日にしたいぃぃ!」
よし。帰るか。
なんかみんな楽しそうだし。
ボケっとしてるの僕だけだし。
「待ちなさい、黒崎くん。生きて帰られると思っているの?」
「なんだよそれ。脅迫かよ」
「ええ、脅迫よ。生きたくば『私プレゼンツ推し愛で勉強会』に参加しなさい」
「それ僕がいていいのか……? それに参加したら僕って教わる側になっちゃうだろうし、三輪山の楽園を汚すわけにもいかないだろ。推しがいるのに僕なんかが乱入したら鬱陶しいだろうし――」
三輪山がハサミを抜き出すと、目にもとまらぬ早さで僕の喉ぼとけに向けた。
やっぱり僕に当たり強くね……?
「いい? マキ様は推し、真珠は友達としての推し、あなたは――なんだと思う?」
擬音をつけるならゴゴゴゴゴゴゴだった。
それまでに三輪山の顔が殺気に満ちていて――いや、無表情は変わらないんだけれど。それでも覇気があるというか、なんというか……。
ハサミも強く握られている気がするし、この質問に答えられなかったら本気で刺してきそうだ。
「ぼ、僕は……サンドバッグとしての推し?」
「なにそれ。サンドバッグにされたいのかしら?」
「そ、そうじゃないけどさ。でもなんか、三輪山のおばあさまと話した日より友達感が薄くなってる気がするし……」
「それは――ふん、もういい。とにかく参加するの。どうせ黒崎くんは趣味もないのだし暇でしょう。だったら、わ、私の近くにいなさい」
「なんだよ、その遠回しの告白みたいな――」
「し――刺突!」
ガツン――と。
ハサミが近くの机に刺さった。
あっぶねー!
僕の喉じゃなくて本当によかった。
というか、まずい。怒らせちゃったぞ。どうするんだこれ。
「ええっと、三輪山……さん?」
「何かしら? 今の技なら技名通りただの刺突よ。ハサミを突き刺し、相手を絶命させる技。別に死ねとか言おうとしたわけじゃないから」
「ハサミの技を聞きたいわけじゃないって。しかも死ねって、一時期の恋愛モード三輪山じゃん」
「あら、覚えていたの。どうして覚えているのかしら。キモ。私の特徴を覚えようとかやめて頂戴」
「会話相手の口癖みたいなのは覚えるだろ。特に三輪山は多分今後も末永く交流を持つだろうし――」
「なんか同じ空気吸いたくなくなっちゃったわ。黒毛和牛くん、牛舎に帰ったらどうかしら。ゴー、ホーム」
なんか牛にされちゃったよ!?
しかもめっちゃ帰れって言ってくるじゃん。
さっき帰ろうとした僕を引き留めたくせに。
「じゃ、じゃあまた明日」
「ええ。明日もあなたの顔を見れるだなんて最悪の気分」
僕は一人で教室を出た。
釈然としない気持ちだけど、あれでも三輪山は頑張ってるんだよな。
嫌われてないはず。多分……。
≪Side M≫
「――というわけで、マキ様。私は人と話すことに緊張しちゃってつい暴言が出ちゃうわけです」
黒崎くんを追い出した教室で私は大好きな推しに自分のことを赤裸々に話していた。
心臓がバクバク鳴っているけど、もうマキ様とは普通に話せる。なぜなら――。
「最初はマキ様に受け入れてもらえるかどうか不安で、ついつい話すことに緊張しちゃったけれど、私に会いたかったってことを知ってから気持ちが楽になりました。ほんとに夢みたいです。リアルマキ様かわいい……」
嫌われないか、うまく話せているか、そういった不安が私を緊張させる。
だから「もう大丈夫だろうな」「私のことを受け入れてくれたな」と確信した瞬間に私はスッと話せるようになるのだった。
「外に厳しく内に優しい逆内弁慶ってことね。で、あたしは澪の内に入れたと」
「そうですね。あとはシズも友達なので、この子にも暴言は言わないかな」
「じゃあ黒崎は――」
「ちょっと静かにしてくれないかしら――って、あぁ、ごめんなさい!」
マキ様はニヤニヤ笑っているけど、私は危機感を覚えるほどこの事態を重く見ていた。
シズもマキ様も仲良くできるのに、黒崎くんと話すときだけ明らかに言葉が強くなる。近くに凶器があればそれを取り出すようになったし、表情筋は固まっちゃうし……。
「あたしの予想惜しかったなー! 付き合ってはないし黒崎の片想いでもないけど、澪の片想いだったと……」
「みおっちは黒崎くんのことが大好きだけど、マキマキはこのことみんなに秘密ね。ウチらお互いに秘密を握りあってるってことで」
「把握把握。でもさあ、黒崎のどこがいいわけ? あたしにはあいつの魅力わからないんだけど」
「私にもわからないの! それがより心をぐちゃぐちゃにしてるっていうか……。早く楽になりたい……」
おもろ、とマキ様が笑う。
まったく面白くないけど推しの笑顔になるならいいか。
そんなことより、私はどうにかして黒崎くんとお話しないと。ちゃんと話せるようになって、それで気持ちを伝えないと。
黒崎くんに好きの二文字を言うだけ。それだけなのにあと何年かはかかりそうだ。
頭が痛くなるけど、気が遠くなるけど、私は本気で黒崎くんが好きだから――。




