#24 個人情報は大切に
「では地獄ろ崎くん。私と一緒に地獄で眠りましょう」
「うわぁぁあ! 刃先をこっちに向けるな!」
三輪山が勇気を振り絞って言った桧原への友達の打診。しかし三輪山の言ったそれは、あっさり断られてしまった。
そういうわけで、行き場をなくしてしまったカッターが僕のところに帰ってきたのである。なんて迷惑な……。
「おい桧原、これを見てもまだ三輪山と友達になりたくないってか!」
「これを見てたらむしろマイナスイメージだろ」
「質問を変えるぞ。僕を救う気はないか」
「そうしてやりたいけどさあ……。ねえ、三輪山澪」
「はい、桧原様」
カッターを僕に向けたまま、僕の目を見たまま、三輪山は平坦に返事した。
メンタルお化け。どうしてそんな淡白に返事ができるんだ。
「オメー、さっきあたしのことマキちゃんって呼んだよね」
「呼んでないわ。きっと幻聴よ」
「SNSとか下の名前でやってるよね? ミオって名前だよね?」
「それは私かもしれないわね。それが何か――」
「昨日、MaK+の配信にコメントしてたよね?」
「今私が聞いてる桧原ちゃんの声こそが幻聴みたいね」
ふふふ、と三輪山。いや、なにわろてんねん。
「やっぱミオって三輪山澪のことだよな! ずっと話したかったんだよ! あたしのことがMaK+だって薄々気づいてんだろ?」
「薄々どころかがっつりMaK+ちゃんだと思っていたわ。ええっと、あの……ならお友達には――」
「それはまだダメ。あたしだって視聴者とリアルで絡むなんてリスキーなことすんの初だし。わかってると思うけど他の人に自慢とかしちゃだめだぞ。1週間くらいはそういうモラルがちゃんとしてるか様子見だ」
「マキ様とお呼びしてもよろしいかしらですか。身バレは必ずや防いでみせるわますゆえ」
「呼び方くらい好きに呼べ」
ちょっと待ってくれ。急展開すぎて僕には何もわからない。
なんで二人はこんなに仲良くなっているんだ。まるで僕だけが異世界の住民なんじゃないかと思うほど疎外されてるぞ。
いや、疎外されてるのはもう一人いた。沖島だ、沖島がいるんだ。
「沖島、助けてくれ。いろいろ助けてくれ。具体的にはこの脚をどかして状況を整理させてくれ」
「みおっち、黒崎くんがパンツ見えてるって」
「死ね!」
「うっ――!」
股の間を蹴られた。
確か僕は煽りすぎて桧原にかわいらしいキックで蹴られる思い出をつくったばかりな気がするけど、三輪山のキックは全然かわいくなかった。
まず言葉が物騒、かわいくないね。まあこれはいつも通りか。
次、キックの威力。痛い。超痛い。その場にうずくまって呻くくらい痛い。というか現在進行形で呻いてます。
そんなかわいくない威力に拍車をかけているのが蹴る場所。
股の間って……。急所中の急所でしょ。なんてったって僕たち男性には痛みに弱すぎる器官が股の間にあるんだから。
ただし三輪山はしっかりどいてくれた。
キックをした後にもう一度踏まれるなんてことはなかった。だから沖島は僕の要求をちゃんと満たしてくれたわけで――この悲しみはどこにぶつければいいんだよ!
「でも黒崎くん、本当にみおっちのパンツ見てたでしょ。踏まれてラッキーとか思ってたでしょ」
うずくまる僕に不敵な笑顔で手を差し伸べてくれる天使。否、ギャル。
僕は泣き出しそうな痛みをこらえてその手を取った。立ち上がり、近くにあった椅子に座る。痛みが引くまでゆっくり座り続けたい。
「いやそんな、僕は三輪山の太ももしか目にしてないよ」
「ほんと? じゃあみおっちにキックさせちゃったの謝罪案件すぎるじゃん。マジごめんね」
「い、いや、沖島が直接蹴れって命令したわけじゃないんだし……」
純粋すぎるぞ沖島。僕の言葉を信じすぎだ。逆に罪悪感さえ覚える。
本当のことを白状してしまうと三輪山のパンツは見えていた。しかもなんとも妙な縁で、そのカラーは黒崎の黒だった。
もしかしたらスカートの中が暗すぎてそう見えただけかもしれないけど。
「じゃあお詫びってことで、いつかウチが本当に下着見せてあげるね。めんごめんご」
「許す。なんか痛みも引いてきたし。あと5回蹴られても許せる」
少しの罪悪感と喜びと――喜びと喜びと喜びしかない。ナイスキックだ三輪山。
僕の顔面が気持ち悪く崩壊しないようになんとか別のことを考えて――そうだ、この状況を整理したかったのだと思い出す。
「えっと、まず桧原、三輪山のこと知ってたの?」
「うん。三輪山澪って名前聞いた時にどっかで聞いたことあんなーって思ってさ。あたし、趣味で配信してるんだけど、その配信のコメントによくいるんだよ。ミオって人がさ。」
「でもそれだけで三輪山とはわからないだろ」
「黒崎が言ったんだぞ。『MaK+ちゃんについて話そうぜ。君の推しについて語って』なんちゃらかんちゃらって。そしたらめっちゃ怪しいだろ。あたしのファンやってる三輪山澪なんてミオだと思うだろ」
文字にしないとややこしい説明だった。
まあ思うかもしれないけどさ。
だとしてもミオって名前がこの世にたった一人とは限らないし……。
「つーか今年の誕生日に欲しいものリスト公開してたらなんかプレゼントされてさ。その時に同封されてた明細書の名前が三輪山澪だったんだよね。ここであたしは完全に三輪山澪とミオが同一人物だって確信したわけ」
「ふっ……。突然だけれど黒崎くんってとんでもないマヌケよね」
「突然すぎるだろ。明細書での身バレが恥ずかしいからって僕で発散するな」
確か桧原の誕生日は4月。
何日かは知らないけど、つい先月の出来事だ。
そんな最近にプレゼントを贈ってくれた人と同姓同名の人間がいたら、確かに結びつけたくなるかもしれない。
「たださあ、偶然『三輪山澪』って名前の別人がこの学校にいただけってこともあり得るわけじゃん。あたしの勘違いで、実は三輪山澪とミオは別人だったなんてこともあるかもじゃん」
だから張り込んで証拠掴もうかななんて――と。
ばつが悪そうな桧原。
じゃあ、つまり……?
「今までの行動、風紀委員とかじゃなくて個人的な詮索か!?」
口が悪いのを指導云々とかじゃなくて、三輪山澪とミオが同一人物だって確証を得るために……!
自分のファンを現実世界で見つけるために……!
「待って、違うの! あたしとしても三輪山澪が悪口言ってるのはよくないの! この前、黒崎に顔を貸してるって話したじゃん」
「ああ、よくわからないまま終わったやつ……」
「ネットでミオがあたしの――MaK+のファンだって公言してるからさ。変なこと言われたらあたしのイメージが崩れるんだよ。まだネットで変なこと言ってるところは見たことないけど、リアルはこんな毒舌でびっくり」
なるほど、桧原が三輪山の暴言体質をどうにかしたいという気持ちは本当だったらしい。
確かにファンが迷惑なことをしていたら、その周りのイメージも悪く見えそうなものだ。桧原はそれを危惧していたんだ。
「それとね、もうひとつ三輪山澪に近づきたかった理由があって……」
むしろこっちのほうが大事っつーか――。
桧原はまたばつが悪そうだった。
それでもどうにか桧原は声を張り上げる。三輪山のほうに指を指して。
「三輪山澪、あたしにお勉強を教えろ! これは風紀委員命令だぞ!」
と。
言いたいことをなかなか言い出せず、最終的に強い言葉が出ちゃうのは三輪山も桧原も同じような気がしてきた。




