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#23 一刀両断

 電話の着信音は持ち主に呼び出しを知らせるために存在する。

 だから当然ながら音の通りがよく、とても聞こえやすい。

 ロッカーの中から音が鳴っても、外にいる三輪山に聞こえるくらいには。


 まずい――!

 なんて思ったのもつかの間、ロッカーが開けられ、僕は再び引力によってロッカーの外へ出された。

 今回の引力は桧原でなく三輪山によるもの。首の後ろを掴まれ、強引に引き出される。


「うおっ!」


 僕が叫ぶのには理由があった。

 力任せに引っ張られた僕はなんと、体が宙に舞ったのである。

 いやなに、そんな高く吹き飛んでいない。ただ横の移動距離はあったかも。

 三輪山の力が特別強いわけでもない。それほど僕の体幹が弱すぎるだけだった。


 三輪山の強さはもっと狂気的なところにある。

 バランスを崩して地面に伏した僕に馬乗りになり――。

 両目に開いたハサミ、首元にカッターを突き立てるくらいには。


 危なすぎるだろ……!

 とは思うものの、迂闊に口を開けない。体のどこかを動かしたら刺さりそうだ。


「言い残すことはあるかしら?」


 ある。いっぱいある。


「いいえ、質問を変えましょう。いつから聞いていたの?」

「ぜ、全部……? で、でも待ってくれ、桧原の耳はふさいでたから!」

「だからなんだと言うの。死刑執行よ。今までありがとう黒崎くん」

「やめろ! だ、だって、桧原のこと話してたんだろ!? 僕は素の三輪山を知ってるんだし、僕に聞かれてもいいんじゃあ……」


 黙る三輪山。

 真顔で首をかしげている。頭の上に「?」を浮かべていそうだが、いつも真顔なせいで確信できない。今どういう感情をしているんだ。


「確認させて頂戴。黒崎くんが聞いた話は全部、私から桧原ちゃんへの内容だった?」

「は、はい……」

「主語は聞いてない?」

「主語……? え、桧原に向けてじゃなかったってこと――」

「質問にだけ答えて。死にたいの?」


 耳元でカッターの刃をカチカチと伸ばしてくる三輪山。

 いや怖い怖い怖い! あくまでも三輪山がこういことをするのはキャラだからであって、本当に僕を傷つけたりはしないだろうと思っていたのに、今日はガチのマジで傷つけられるかもしれない。


「主語は聞いてないと思います……」

「噓偽りなく? 神に誓って?」

「はい……」


 ふぅ、と三輪山が立ち上がった。

 ようやく馬乗りから解放された僕は立ち上がろうとして。


「ところで」


 ズシンと、胸に圧力がかかった。立ち上がろうとしても圧力のせいでできない。

 確かに刃物ではないし、決定的な傷はつかないだろうが、それでも良識ある人なら絶対にやらないであろう行為を三輪山にされている。

 制服を着ているのにも関わらず上履きで踏まれるという行為を――。


「黒崎くんは桧原ちゃんをロッカーに押し込んで何をしていたのかしら?」

「いや、それは誤解だ。僕が桧原に押し込まれたんだ」

「顔を踏んでほしいならそう言って」

「本当だから! おい桧原、なんか言ってやってくれ!」


 桧原はロッカーから出た後、ずっと僕たちに口を出さずに静観していた。事の発端は桧原なんだから、何か言ってくれないと収拾がつかない。

 どうか助手の命を救ってくれ。


「このヘンタイ! ロリコン! あたしのほっぺたもみもみして、なんのつもりなんだよ!」


 えっ。

 涙目でそんなこと言われたら僕の立場が……。


「違うんだ三輪山。確かに僕は桧原の頬に触れたかもしれないけど、それは耳をふさいだ副産物として発生した現象であって一切やましいことは――」

「やましいかはともかくやかましいわよ、黒崎くん。桧原様、この男今すぐ処刑しますね」

「両手もぎ取って! あたしの無垢なほっぺたを許可なしにもみしだいた不届きな手!」

「仰せの通りに」


 カチカチカチ。

 あれ、おかしいな。なんでカッターの刃を伸ばしてるんですか三輪山さん。

 というか桧原さん? 僕のこと助手認定しましたよね? なんで告発して……。

 というかお二人、仲がよろしくないですか? なんで……?


「なんでって、最初から私たちはそういう仲だったわ。マキちゃんと私は一心同体――ですよね?」


 あったりめーよ、あたしたちはマブダチだもん――みたいな。

 そういう返事が来るだろうなと僕は予想していた。

 売り言葉に買い言葉じゃないけれど、ボケにはボケが共鳴して、そして誰かひとりが決まってツッコミを入れる。そういうものだと思っていたから。


「オメー敬語使えたのか……!」


 そんな予想に反して、桧原はボケの共鳴でもツッコミでもなく、困惑と驚愕を合わせたような言葉を言うのだった。


「しかも何……? あたしのこと下の名前で呼んだ?」

「手首を引きちぎるべきは私みたいね。それではみなさんさようなら」


 カッターの刃を自分に向けた三輪山は――。

 って。


「何してんだ三輪山ぁ! そんなメンヘラキャラだったっけ!?」

「黙れ、ロリコン確定のクロ崎くん。やらかしちゃった私はもう死をもって終わらせるしかないのよ。あなたも一緒に死んで永遠になるのよ」

「メンヘラを定着させなくていいよ! 何! なんでいきなり自決を試みようとしてるんだ!」


 本当にメンヘラになったのか。

 もしそうだとしても道連れにするのは僕じゃない気が……。


「確かにそうね。いつだったか、私は黒崎くんを地獄ろ崎くんと呼んでしまったけれど、あなたと一緒にいたら本当に地獄へ行きそうだわ。ほら、言霊ってあるじゃない」

「三輪山が言い始めたんだけどな……!」

「そういうわけで、私がともに去るのならば――桧原纏ちゃん、あなたしかいないわ」


 三輪山はカッターの刃先を桧原へ向けた。

 三輪山がずっと僕を踏んでるせいで桧原とは距離を保てている。危ない行為ではあるが、別に三輪山は桧原に切りかかるつもりはないらしい。指差しのカッター版というか、指し箸の進化系というか、とにかくそういう意図でカッターを向けていた。

 比較的高身長な無表情美少女が幼女に刃物を向けるなんて物騒すぎる光景ではあるが、それは三輪山なりの勇気の出し方だったらしい。


「敬語を使ったり下の名前で呼べるくらいにはあなたのことが好きよ。変な話、ずっと前から好き。こ、この意味わかってくれるかしら……? まあわからないならスルーでいいけれど、ええっと……。つまりね、お友達になりましょう、桧原ちゃん。一緒に死ねるくらいの親友に。私はそう言いたいの」


 なんて成長だろう。

 素直に友達になろうと言えるなんて。

 僕はずっと三輪山と桧原がどう話せるかを考えていたけれど――どうやら僕は三輪山のことを見くびっていたみたいだ。

 なんてことはない、ただ普通に話せるきっかけをつくるだけで三輪山と桧原は友達に――。


「え。やだ」


 なれなかった。

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