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#22 風紀委員が一番風紀を乱してる

 いつもの空き教室。所有者不明の文房具があちこちに転がっている場所――しかしそんな文房具たちは学校の備品なんじゃないかとみんながうっすら考えている。

 机も椅子もあるし、なぜかチョークも黒板消しもある。

 実は1年生の授業で使用されていないだけであって、ここは何かしらの形で使用されているのかもしれない。

 どうあれ放課後は無人だけど。


 ただ、やはりずっと完全な無人というわけでもないようで――それは僕たちが放課後に利用しているからという意味でもなく、教室は掃除が行き届いている気がしたからだ。

 掃除用具を入れるロッカーだってちゃんとある。掃除用具も入っていた。

 そう。

 ()()


 怪しさ満点の過去形だが、ここはもうもったいぶる必要もないだろう。

 今は何が入っているのかというと、人が入っている。

 僕と桧原が。


「いやちょっと待て。僕は確か放課後になったら空き教室で話すなんて約束にありついたばっかりだったはずなんだけど。もしやエピソードをひとつ飛ばしちゃったのか……?」


 そんなメタ発言をしてみるが、ところがこれはちゃんとした順序である。ちゃんと#22である。

 では前回からどうして桧原と――風紀委員とロッカーの中に隠れている流れになったのかをちゃんと説明せねばならない。


 うん、説明しよう。

 それは数分前――待ちに待った放課後になってすぐ、テストが近いなんて現実から逃れたい気持ちと一緒に僕は空き教室に行った。本当は三輪山と一緒にとか思ってたんだけど、彼女は先にどこかへ行っていた。

 じゃあ三輪山はすでに空き教室にいるのかなとも思ったけれど、はてさてそこにいたのは桧原だけ。


「よく来た黒崎。ここから本格的な張り込みをするぞ」

「はあ?」


 もういちごオレもアンパンも持っていなかった桧原は、開口一番そう言った。

 もちろん僕は何も聞かされてないから桧原が何をするのかわからないし、なんで僕が巻き込まれているのかもわからない。

 ただ嫌な予感だけが首筋をつたう。


「いいか、黒崎。オメーが彼女にデレデレなのはいいけどよ、恋は盲目って言うだろ。だから黒崎は三輪山澪の監督役にふさわしくないと思うんだよ」

「あ、あの……僕は三輪山の監督役じゃないし、そもそも恋人ですらないんだけれど」

「え、そうなの? まあいっか、そこはいんだよ、うん」


 どうにかして解きたかった誤解は、思ったよりもあっさり解けてしまった。あっさりすぎてむしろ怖いくらいだ。実は桧原、僕と三輪山がカップルか否かなんてどうでもよかったんじゃないか。


「とりあえずな、あたしは三輪山澪が誰かと話すところを見る必要があるんだ。だから黒崎、これから張り込むぞ」

「張り込むってどういう……」

「ロッカーに入れ」


 ええ……。

 そんな小学生のかくれんぼみたいな……。

 桧原、本当に発育のいい小学生が高校に紛れ込んじゃったんじゃないかって見た目してるしなあ。


「誰が小学生だ! ほら、早くこっち来いよ。三輪山澪が来ちゃうだろ」

「なんで僕が……? その仕事は桧原だけやればいいじゃんか」

「うぎぎ……。言いたかなかったけどしょうがねえな……」


 桧原はロッカーの上部を指さした。

 その先には三輪山の頭よりも高いところに存在する穴――通気口があった。


「あたしだと背が足りないの! だ、抱っこして、あたしに協力しろ!」


 ロッカーのために出した指が僕にさされた。

 どうやらロッカーに隠れ、通気口から外を見たいけれど身長が足りない――だから僕が桧原を抱き上げて協力しろと。そういう要求らしい。

 指さしする桧原は顔面真っ赤だった。顔面蒼白ならぬ。

 かわいいなぁ……。


「うげ、やっぱやめ! 黒崎の顔キモすぎ!」

「僕そんなにひどい表情してたかな!?」


 かわいい女の子をかわいいと思っただけなのに。

 目は口ほどに物を言うってことか……。


「わかってると思うけど変なことしたら許さないからな! 警察に通報して、一生女子の顔も見られなくしてやるんだから!」

「大丈夫、僕はそんなこと――」


 ガラララ――と。

 誰かが教室の扉を開ける音がした。

 ロッカーが教室の後方にあって、その近くに扉もある。しかしその扉は微動だにしていなかったから、今開けられたのは黒板側の扉なんだろう。

 そのことを察知した僕は誰が来たのか見るため――というより、音のしたほうを反射的に見ようとしただけかもしれない。

 そうして首を動かす途中、ものすごい引力が僕を動かした。

 誰でもない、桧原が力任せに僕を引っ張ったのである。

 そしてそのまま、ロッカーイン。

 僕が桧原をロッカーの中で壁ドンしているような姿勢で。


 以上、説明終わり。


「黒崎が邪魔であたし何も見えないんだけど」

「僕の背中が通気口を隠してるからな……。とはいえ立ち位置を変えられるほどロッカーは広くないし……」


 ロッカーの通気口を背にした僕がいて、僕と向かい合う位置に桧原がいる。どちらも外を見れないという最悪の局面だ。

 もしも桧原の計画通りの体勢に変えたいのならもう一度入り直すしかない。そうすれば当然、教室に入ってきた誰かにバレるからできないんだけど。

 それほどロッカーが狭いんだ。

 でも、あれ? ホウキとかチリトリとか掃除用具がどこにもないぞ。普通なら入ってるはずだけど。


「あたしが前もって出しておいたの。二人入るってなったら邪魔でしょ」

「行動力……!」


 風紀委員が一番風紀を無視して動いてる気がする。

 手段を択ばないお巡りさんだ。


「みおっち、黒崎くんいないよー? 纏ちゃんも」

「そう……。グズなんだから……」


 通気口の奥から声――沖島と三輪山みたいだ。

 三輪山は沖島のところに行ってたのか。

 でも沖島? 僕は別にいいんだけれど、今日話すのは三権分立――3人でだったはずじゃなかったっけ。


「沖島はあたしが手配したんだよ。あいつと三輪山ってお友達なんだろ? だから三輪山と一緒に沖島もだべろうって誘って――そしたらあいつ、掃除当番だから遅れて来るだろ? 張り込みがしやすくなるじゃん」

「沖島も僕たちがいることは知ってるのか?」

「ううん、沖島は利用されてること知らないよ。張り込みを知るのはあたしと黒崎だけ。オメー今日からあたしの助手な、風紀委員命令」


 勝手に決められても……。

 とはいえ、そういうことにしておかないと僕的にも今の状況はまずいかもしれない。

 なんせ自分よりもひと回り体格の小さい女の子をロッカーの中で壁ドンしているのだから。普通に考えてこれはいけない。

 ホコリくさいはずのロッカーが女の子の甘い香りに浄化されて聖域になっているし、狭いせいで自分は首さえ動かせないし。つまりは下を見て――桧原の頭部ないしはお顔をほぼ不可抗力的に拝み続けないといけないわけだ。育ちがいいのか、このチビッ子、わざわざ話すときにきちんと人の目を見るからよくない。そんなに僕のことを見上げるな。かわいいじゃないか。僕の胴体だけ見ていなさい。上目づかいやめなさい。


 と、まあ。

 ある意味おいしいかもしれない状況だけれど、事態はそうもいかなかった。

 僕は桧原の助手である以前に三輪山の練習相手であったからだ。


「ねえ、シズ。ほんとにどうしよう。最近ずっとしんどい……」


 素の三輪山――。

 三輪山の許可がないうちはこれを桧原に知られるわけにはいかない。そういう約束だ。

 だから僕は桧原の耳を両手でふさいだ。


「うにゃっ! お、おめっ、なにすんだ!」


 僕としては耳をふさいでやりたかっただけなんだけれど、そんな意図を知らない桧原からすれば男子が突然顔に触れてきただけに思えるもしれない。

 許せ、桧原。僕には守らねばならないものがある。


「最近横顔見るだけでキラキラした何かが出てる気がして……。うまく話せないし、私ちょっと好きすぎるかも」

「あー、例のね。いいじゃんいいじゃん。どうするー? もうちょっとで来るんじゃない?」

「ちょっとやめてよ! うう……。毎日嫌われないかだけ心配……」


 しかも三輪山、会話の内容的に桧原について話しているな。

 これはなおさら桧原に聞かれないほうがよさそうだ。


「黒崎! ハレンチ! 訴えるぞオメー!」

「うわっ、暴れるな! 大きい声も出すな! じっとしててくれ――」

「あぁ、なに? なんつってんのかこっちは聞こえねーんだよ、誰かのせいで」


 うわそうじゃん。でもこの手を放すわけには……!

 桧原、顔すっごく温かいしな。ホッカイロかこの子は。体温高いの本当に小動物みたいだな。


「もうさ、いっそのこと電話してみちゃう? 早く来てよ――みたいな」

「ムリムリムリムリ! 私、声聞くだけで死ねるから! あ、ちょっと……!」

「大丈夫大丈夫。ウチが自然な感じでつなぐから。不器用でもみおっちの言葉なら幻滅したりしないって」

「それが逆に……! 優しすぎるのよ、あの人……」


 じゃあいくよー、と。

 何がいくかを、通気口を背にした僕は見ることができなかったが、それでも会話の内容で察しはついた。

 このままだと電話が鳴る。桧原の電話が。

 そうすればここにいることがバレて――幼女をロッカーの中で壁ドンする変態として目撃されてしまう!


 桧原の携帯をマナーモードにしないと……!

 僕は桧原の左耳だけを自由にし。


「桧原、早く携帯出してくれ――」


 と要求したけれど、これはこれで犯罪的なセリフだ。

 いっそのこと桧原が「キモイ!」とか言ってくれればよかったんだけれど、残念ながら僕が次に聞いた音はそれじゃなかった。


 聞き慣れた電話の着信音。

 僕の携帯が、鳴ってしまった。

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