#2 暴言ばかりの美少女
三輪山澪は学年一の美少女と言われている。
僕たちの通う私立泊谷高校の400人ほどはいるであろう1年生で一番顔がいいということだ。
その異名はいつから始まったか、僕には定かではないけれど、みんなが顔を合わせてから1週間後くらいには定着していた気がする――というか、クラスメイトたちに向けた自己紹介で三輪山自身がそんなことを言っていたせいでもあろう。
「三輪山澪。顔がいいです。あとは……よろしくお願いします」
実に平坦な声と、感情が読めない真顔で言い放って、三輪山は座った。
顔がいい――そこに噓偽りはなかったけれど、果たしてそれ以外の情報を知る者はどれほどいるだろうか。
なんにせよ、三輪山は良くも悪くもクラス全体に認知され、爪痕を残すことに成功した。
そしてそんな自己紹介から約3週間――5月となった今、もう彼女を知らない1年生はほとんどいない。
彼女はそれほど知られている存在で、それほどの美貌を持つ。
しかし、そんな彼女には弱点があった。いや、これはあくまでも客観的な欠陥を指摘したものだから彼女自身がそれを弱みと思っているかはわからないのだが。
その弱点とは、三輪山澪は誰に対しても冷たいということ。
男女問わずそっけない態度で対応することが多く、場合によっては高圧的な言葉で一蹴することもある。
そんな態度でも露骨に嫌われたりしないのは、やはりクールビューティーとも表せる彼女の美貌からなのだろう。
クールビューティー。クールなんかよりもコールドのほうが正しそうだが、とにかく顔と性格は一致している。だからこそ、なんだかんだ三輪山は受け入れられているのかもしれない。
僕はそんな美女から昨日呼び出され、告白され、断った――。
口は災いのもと。
僕の思想というか指針というか信条というか、そういうものと三輪山の言動はとことん合わなかった。
ただ僕としては、断った後もあまりにも三輪山が無表情だったから、あまりにも恋にしては淡白だったから、少しばかりの後悔が今も尾を引いている状態だった。
「いや、まあ真人が決断したならいいんじゃないか。俺だったら百パー付き合うけど」
小東洋平はそうフォローしてくれた。
僕の幼馴染は社交的で、友達をつくるのがうまく、僕としては憧れの対象となる人間だった。
今のフォローもありがたいものではあったけれど、そのフォローを簡単に受け入れられないからこそ、僕は洋平に憧れ続けている。
「洋平、三輪山の顔見てみろよ」
いつも本を読む三輪山だが、今日も例外ではなかった。無地でベージュのブックカバーが本を隠すから何を読んでいるかはわからないが、数日で本の厚さが変わっていることから、同じ本を何度も読んでいるわけではなさそうだ。
そして、読書中に励む三輪山の表情は、やはり相変わらずの真顔だった。
僕たちのいる場所――今のところ出席番号順で席が決められていたから僕の後ろに洋平の席があって、僕たちは比較的後ろの席。そこから三輪山の顔は見えないが、そこには背中と後頭部しかなかったが、僕はわざわざ教室に入る瞬間に本を読む三輪山の顔を確認していたから彼女の表情を知っている。
真顔。
ひたすら、真顔。
「ずっとあの顔なんだぜ? 告る時も、断られた時も。罰ゲームか何かでやらされてるんじゃないかってくらいあっさりしてたよ」
「じゃあなおさら後悔することはないんじゃないか。今日の澪ちゃんがそんなに気にしてるって感じじゃなさそうなら」
「逆だ。それが怖いんだっての。僕が三輪山の心を壊したんじゃなかろうかと不安で不安で……」
「口は災いのもと、なあ……」
もうちょい気楽に話してもいいんじゃないか――と洋平。
しかし直後に「まあ恋愛って難しいよな」と付け足すあたり、彼がどうして友達をつくれるのかがわかる気がする。
説明が遅れたけど、僕と三輪山と洋平は同じクラスだった。1年2組。
三輪山がいるからこのクラスにいる人は超ラッキーだとか、実は入学試験の成績優秀者に褒美として美女のいるクラスを用意したとか噂はいろいろだ。
真相はわかるわけもないが――というか、基準もなくランダムに分けられたのだと思うが――もしクラスが別だったら、いよいよ僕が彼女に告白されることもなかったのかもしれない。
「そもそもなんで僕なんだ……。三輪山どころか、洋平以外の全員と滅多に話さないってのに」
「澪ちゃんからすれば、逆にそれがよかったんじゃないか。物静かな人が好みとかさ」
ありえそうな話だった。
三輪山がどういうやつかというと「おはよう」を言えば「黙りなさい」と応えてくれるような人である。特に男相手は本当にきつい。
「消えて」
これは過去に洋平が実際に言われた言葉である。僕の目の前で洋平は撃沈し、「澪ちゃんは一人にしてあげたほうが幸せなのかも」と素直に身を引いた。
三輪山はその間もずっと本を読んでいて――やはりそれは孤独を好んでいることの表明なのかもしれない。
いや表に出して明らかにしてるわけじゃないか。隠喩のほうが正しいかも。
「じゃあつまり、三輪山は滅多に話しかけないであろうから僕を好きになったってことか? それもう彼氏いらないだろ」
「そう言われればそうだけど、でも澪ちゃんが告白してきたのは紛れもない事実なんだし――」
ガタッと。
教室の雑多な音の中でも特徴的な音が聞こえた。
それは誰かが立ち上がるため椅子を引いた際に鳴る鈍い音だったが、問題はその大きさ。慌てて立ち上がったなんてものじゃない、意図的に音を鳴らしたかったんじゃないかと思わせるほどだった。
だからこそ、その教室中のみんなが立ち上がったその人に注目する。
三輪山澪に。
三輪山はもう本を持っていなかった。机の中にでも仕舞ったのか。
果たして自由になったその両手は、まず彼女の椅子を机の下に押し込み――と同時に首を後ろに回す。
後ろを見た。こちらを、見た。
明らかに目が合った瞬間、三輪山の脚は悠然と動いた。一歩動くたびにロングな黒髪が揺れ、スカートの端が踊り、大きな胸が――。
「あの――」
それが三輪山の今日の一言目だった。
「あの、黒崎くん」
身長の高い彼女は座っている僕からすれば結構威圧的に見えたが、そんな威圧感とは裏腹に暴言を吐かれるなんてことはなかった。そもそもここで暴言が来たらとんでもない理不尽だ。話しかけてきた途端に暴言って。
いや、でも。
今の僕からすれば暴力的ではあったかもしれない。
暴力的な言葉。さながら暴言と言っても差し支えないほどに。
「放課後、時間あるかしら。その……体育館裏で待ってるわ」
やはり真顔の三輪山だった。