#17 経験のないお子様たち
「三輪山澪! あたしと決闘しろ!」
「黙って」
三輪山は帰るところだった。
そんな三輪山を桧原は、僕を尋問する際にしたように体で通せんぼし、どうにか話そうと頑張っていた。
いた。うん、過去形だ。
三輪山は桧原を見るや否やすぐに棘のある一言でアタック。その一言でもう決闘の勝敗は決まってしまった。
「いや、まだまだ! これを見ろ――!」
それでも粘る桧原。
桧原はごそごそとスカートの中から――いや、スカートのポケットだ。中というと誤解を招きそうだから訂正。
スカートにポケットがあることを僕はここではじめて知ったが、考えてみれば三輪山も沖島も自身のスマホをそこに仕舞っていた気がする。
それはそれとして、桧原がポケットから取り出したのは腕章だった。風紀委員が巡回パトロール中につけると言われている腕章。学年によって色が違うらしいけれど、僕は何年が何色なんてところまで知らない。
桧原の腕章が青色ってことは、1年生は青なのかな。
「はい、あたし正真正銘の風紀委員ー! わかったらその口の悪さをどうにかしろ! 風紀委員命令だ!」
「ごっこ遊びに付き合っている暇はないの。さよなら」
「ごっこじゃなくて本職だっつーの!」
「あら、黒崎警部補じゃない、いいところに。ちょうど迷子を発見したから保護して頂戴」
「あたしの話聞けよーっ! オメー、身長も顔もいいからって調子に乗りやがって」
「黙って。消えて。あと私は胸囲でも勝っているから。胸囲も驚異の勝利を収めているから」
僕は気安く三輪山へ近づいた桧原に言わんこっちゃないと思う予定だったが、そう思う結末になるだろうなと予想していたが――しかしそれにしても、今日の三輪山はキレッキレだった。
いつにも増して冷たいような気がする。オーバーキルだ。
ちびっ子がまた泣いたらどうするんだ――と僕は昨日のような展開に再びなりそうなことを危惧していたが、今日は桧原がガッツを見せた。
というか、標的を変えてきた。
「おい黒崎。オメーの監督不行き届きのせいだぞ」
僕が巻き添えを食らった。
ぷっくり頬を膨らませてなんと愛らしいことか。
「あと黒崎、これつけて」
「ぼ、僕が?」
桧原が取り出した青色の腕章――しかしそれは桧原の片手にずっと握られていて、腕章の正しい使い方をまだされていなかった。
桧原はそれを僕に手渡して……なんだ、僕に風紀委員の権力を譲渡するということか? 風紀委員ってどれくらい権利あるんだろう。三輪山の暴言を止められないことしかわからない。
とりあえず、よくわからないなりに腕章を腕に遠し、固定するために付属していた安全ピンを刺そうとして――。
「違う。あたしにつけてって言ってんの」
と。
ぷっくりくらいの怒りがぷんぷんくらいになってきた。
怒りというか負けた悔しさを僕にぶつけているだけというか……。
「いや、ちょっと待て。桧原につけるってどういうこと……?」
「だーかーらー、あたしの腕にその腕章つけてってば!」
「あの……自分でやらないんすか?」
僕は見た目の幼さから桧原のことを子供だのなんだのと思ったり言ったりしてきたが、頭ではちゃんと高校1年生の、どちらかといえば大人に近いほうの人間であるとわかっていた。
もちろん完璧な大人になりきれない僕たちだけれど、もうそれに近い自覚を持って、だけれどうまくいかずに苦悩して、そうやって成長するものだろう。
だからここで、まさか桧原が一人で輪切りにされた物体を、そのか細い腕に自力で通せないなんてほど自立していないのかと考えたら、幻滅に似た気持ちを覚える。
だってねえ……そりゃあ見た目が小さいのはかわいらしいし、そんな見た目に相応しい幼さがあるといえばあるんだけれど、腕章を腕に通せないってのはどうなのさ。大丈夫? お箸とか持てる?
僕は幻滅、それどころか本気で桧原の今後を心配するほどだったが、どうやら腕章を腕に通せないんなんてことはないようだった。
むしろ、通すだけならできるようだった。
つまり彼女はその先のステップが苦手だったのだ。
固定する、というステップが。
「あたし、針が怖くて……。先端恐怖症なんだよ。だから安全ピンは誰かにつけてもらってんの」
まるで恋する乙女みたいな声で告白する桧原だった。
お注射も苦手かな。かわいいねえ。
「キッモ! 黒崎、絶対に恋する乙女とか見たことねーだろ! オメー恋愛経験確実にねーだろ!」
「なっ……僕の何を知ってると言うんだ! 恋のひとつやふたつ僕にだって――」
「ないわ。黒崎くんが恋愛とかあるわけない。あったとしても、それ黒崎くんの勘違いよ。キモ」
「三輪山ぁ!? な、なんでいきなり僕に攻撃を……」
「だって黒崎くん、恋人がいたことあるの? 今恋人がいるとか、そういう実績はお持ちなの?」
「実績って……。まあ、ないけどさ……」
「当たり前ね。黒崎くんとそんな仲になる人間なんているわけないもの。いたら隕石が降るわ。いてはならないわ」
そんなのわからないだろ。
いつかの未来、僕が女性に告白される日が来るかもしれないじゃないか。
なんだよ。三輪山も桧原も僕のことも泣かせようとしているのか?
話しかけてきたやつを泣かせるタイムアタックでもしているのか?
「顔面R18-Gのグロ崎くんを好きになる人なんているわけないじゃない」
「おい待て。僕は自分の顔面に自信なんてないけれど、そんなひどく言うことないだろ。グロい顔面とか、形容できないほど失礼極まりないよ」
「いつも人との間に壁を置いてブロックしているブロ崎くんだものね。お付き合いどころか、異性とろくに話せないなんてかわいそうに」
「三輪山もだろうが!」
というか話してるよ!
おかげさまで沖島と話せたし、桧原にも絡まれてるよ。
そして三輪山澪という美少女ともちょっと前まで普通に話せてたよ!?
いつかの放課後に趣味を熱く語ってくれた三輪山はどこに行っちゃったんだよ!
趣味……!
そうだ趣味だ。趣味の話をすれば三輪山は僕の味方をしてくれるに違いない。
好きなものを話すキラキラした三輪山を再び見せてくれ!
「三輪山、MaK+ちゃんについて話そうぜ。君の推しについて存分に語ってもらって構わないから――」
だから機嫌直してくれよ、なんて。
僕はとんでもない誤算を犯していた。
それは大前提として、三輪山の暴言は機嫌が悪いから出るものではないというルールを忘れていたのだ。機嫌が悪いわけではないのだ。
「ゴミ崎くん、黙って、消えて。いえ、私が消えるわ。どろん、さようなら」
だからこうしてボロボロに言われても、僕の話題のチョイスに間違いはなかったのである。三輪山は内心、この話題に喜んでいただろう。
いや、でも、やっぱり間違っていたかもしれない。僕はもっと発言に気をつけるべきだった。
三輪山に対しての話題は間違えていなかったが、この状況で言うべきではなかった。
ちょっと考えればわかりそうなことだった。
いかんせん、僕がそれに気づくのはもう少し後のことなんだけれど。




