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#15 暴言、再び

 嵐のような数日が過ぎて、僕はまた日常に戻った。

 別にここ数日が取り立てて非日常というわけでもないように思われるだろうが、学年一の美少女と、そして高校初の友達と過ごした数日間は僕にとって間違いなく非日常だった。

 それが日常に戻ったというのは、そのままの意味――三輪山澪と僕は話さなくなったのだ。


 登校しても三輪山は本を読み続け、僕に挨拶する様子はなかった。対して僕も、役目を終えたからには大人しくしていようと思って何もしなかった。

 洋平と話していると、洋平は「喧嘩でもした?」と不安そうに言っていたが、これが正常、もとい日常なのだ。


「僕は役目を終えたから――ただそれだけの話だよ」


 そう、僕は友達になれたが、もとを正せばただの会話の練習相手。

 会話を練習する必要がなくなった今、僕たちに接点はない。


「とか言いつつ、寂しいんじゃねえの?」


 これについては何も言い返せなかった。

 口はなんたらのもととか言ってたのが懐かしく思えるほどに、僕はもう誰かと話すことの楽しさを知ってしまったのだ。だからといって自分から新たな友達をつくる度胸もないけれど。

 欲を言うならば僕はいつまでも空き教室にて行われる面談をやりたいし、それこそ毎日、洋平も交えて楽しくおしゃべりしたいところではある。


 しかしそれをするところまで踏み込めないのは、僕が昨日最後の最後で三輪山に冷たくされたからだった。

 冷たくされた――というのは語弊があるな。彼女はおばあさまの前ではしっかりと話せていたし、僕との会話も一般的な友達レベルにまでなっていたが、それはきっと三輪山が自分の緊張をどうにか打ち消していたからであろうと思う。押し殺して、なんとか表に出すまいと頑張っていたから。

 だから、本当は僕と話すのもまだ緊張するはずなんだ。余計な緊張を三輪山に与えるべきじゃない。

 これ以上、会話に慣れる理由もないわけだし。


 そんなことを考えて昼休み。

 やっぱり三輪山はひとりぼっちで、僕には話しかけてこなかった。

 せっかく交換した連絡先も今日は一切活用されなかった。

 着信ナシ。これがホラーだったとしても僕は普通の日常を過ごせていただろう。


 本日、僕の会話量はここ一週間の中で最低だった。

 それに比例して気持ちも暗くなっているような……ただ退屈しているだけか。


 いや、やっぱり、寂しかったのだろう。

 一度友達になった人と話せないのは、とても寂しいことなんだ。

 何も友達は多ければいいわけではないと思うし、人と話さない人間は劣った存在かと聞かれればそうじゃないと言うだろう。

 それでいいと思うのなら、きっとその人にとってその選択は正しい。

 でも僕は意志が弱かった。口は災いのもととか言いつつ、楽しそうならその意見を翻し、あっちこっちに進むのだった。

 そう確信したのは放課後、思わぬお誘いがあった時のことだ。


「おつー、黒崎くん」


 沖島の訪問――クラスが別だから訪問という表現は間違っていないはず。

 その時の僕と来たら、心の中で狂喜乱舞していた。話しかけられたこと、返事ができること、そして何よりまた()()()に集まれること。


「いつものとこ行こーよ。なんてゆーか、祝賀会的な?」

「もちろん――!」


 理由はなんでもよかった。

 とりあえず話すという行為がしたかった。

 あの場所で、この時間に、その友達と――。


「三輪山!」


 僕はダッシュっしてその空き教室に行きたいほどの気分だったがそんなことはしない。できない。

 大人げない。沖島だって見てるし、恥ずかしすぎる。どんだけ嬉しかったんだ。

 けれどもあながち、どんだけ嬉しかったんだと呆れられてもしょうがないくらい、僕はウキウキしていた。

 自分でも気持ち悪くなってるんじゃないかなあと自覚するほどに笑みが止まらないのだ。


「今日一言も話さないから、てっきりこのまま永遠に話さないのかと思ったよ。よかった、やっぱりこうやって集まるのが一番落ち着くな!」


 それは誇張かもしれない。

 一番落ち着くのは洋平の隣だ。

 けれど、一番楽しいのはここかもしれないけれど。


「黒崎くん。何を浮かれているのかわからないけれど、これを企画したのは真珠であって、黒崎くんがどうしても、どーっうしても私に来てほしいと念じていたのが伝わったから仕方なくここにいるだけよ」

「なんだよそれ。三輪山、テレパシーが使えたのか」

「どちらかと言えばシンパシーね。かわいそうな黒崎くんに、私は慈悲の手を差し伸べたの」


 シャキシャキ――と。

 なぜかハサミを開閉する三輪山。

 以前のような威圧感や覇気は感じられないが、もしかして手癖になっていないだろうか。だとしたら危なすぎる。


「まあいいや。そうだ、三輪山。僕、昨日MaK+ちゃんの配信見たんだよ。せっかく三輪山が勧めてくれてたんだし――」


 ガンッ――と、これは鋭いハサミが机の上に刺された音。

 その犯人は当然ながら三輪山澪で、彼女はふーっと深く呼吸をしているのだった。


 な、なに……?

 僕、もしかして失言したか……?

 三輪山が喜んでくれると思って話したんだけど、これはもしかして、殺されるんじゃあ……。


 僕は助けを求めるように沖島を見たが、彼女は右手の親指を立てるだけだった。

 そんなサムズアップされても。どこがグッドなんだよ。この状況のどこにいいね要素があったんだよ。

 恐怖のあまり声を出せない僕だったが、そんなことお構いなしに三輪山が動いた。

 ハサミを机から抜き――机にできてしまった痛々しい凹みがしっかりとハサミは刺さったのだと物語っている。そして三輪山は、やはりチョキチョキと動かしながら。


「感想は……?」


 とだけ言った。

 真顔。無表情。仏頂面。

 そんなんで聞かれたらもちろん僕は下手な意見を言えないわけで。


「よ、よかったです……」


 小学生の読書感想文以下の語彙力になってしまうのだった。


「あなたにあの子の魅力がわかるわけないじゃない。あまり調子に乗らないで」

「はい、すいません……。もう見ません――」


 チョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキ。

 チョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキ。

 チョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキ。

 


「すいません、見ます! 今後も見させていただきます!」

「ふん……」


 とんでもない圧だった。

 理髪店かってくらいチョキチョキ鳴ってたし、もしあのまま黙っていれば机がさらなる被害にあっていたかもしれない。それどころか、僕が被害にあっていたかも。


 それにしても、今日の三輪山はなんだか機嫌が悪いような……。

 ただ緊張しているだけなのか? でも以前はもっと話せていたと思うけれど。


 いくら考えても僕が答えを出せるわけではないが、しかし今回は、考える時間があまりにも短かった。

 それは僕が三輪山の機嫌が悪いと思った、たった数秒後にある人物が現れたからだった。


 ガラララ――と、空き教室の引き戸が開く。

 引き戸は教室の前側と後ろ側の二つあって、その両方が閉まっていた。沖島が律儀に閉めたのだ。そして今回は教室の前方――黒板に近いほうが開いた。


 そこにいたのは黒髪サイドテールの……子供?

 子供の女の子。あ、でも、泊谷高校の制服を着ている。身長が小さいだけだった。


「沖島! やっと見つけたぞ!」


 女の子はどうやら沖島に用があったみたいだ。


「今日のお掃除をサボるな! お前は今日当番なんだから!」

「え、ガチ!? マジごめん忘れてたわ!」


 僕らの通う泊谷高校には当番制で教室の掃除をする決まりがある――ってどの学校もそうかな?

 まあとりあえず、ここの生徒なら誰でも定期的に週単位で掃除をする義務が発生するのだが、今週は沖島が当番だったらしい。

 これに対して沖島はとても申し訳なさそうに謝っている。

 噓偽りなく、本当に掃除当番を忘れていたのだろう。


 だが女の子は人差し指をびしっと沖島に向け、さらなる指摘を重ねた。


「それとお前! 制服はちゃんと着ろ! 風紀委員命令だぞ!」


 どうやらそうらしい。

 風紀委員とは、その名の通り風紀を守り――ってこれも他の学校にあるのかな?

 よくわからないけれど、女の子は自分の仕事に従って指摘を重ねたようだ。

 それより髪の色とかピアスとかネイルはいいんですか……?


「いーじゃん制服くらい。今から掃除するから、そこ見逃してほしいんだけど」

「もう何っ回も見逃してる! それなのにオメー何っ回も直さないんだから!」


 沖島は「だるー」とか言いつつも立ち上がり、掃除をするようだった。

 確か彼女は5組だったか。じゃあ掃除場所もそこなのかな。


 ふと、女の子と目が合う。

 女の子は僕を見てもなんとも思った様子はないようだったが、それでもしっかり。


「あ、こんちわー」


 と、挨拶してくれた。

 風紀委員とか言っていたはずなのに、意外にも挨拶は適当である。

 僕もここで無視するほど性根が腐っているわけじゃなかった。挨拶には挨拶を返すのが礼儀。

 だからこちらも「こんにちは」の五文字を言おうとして――。


「あなた、二度と私に話しかけないで頂戴」


 三輪山の痛烈な言葉に遮られた。

 しかも三輪山はその言葉を吐いた後「それじゃ」と逃げるように去っていった……。

 女の子は突然の暴言にうっすらと涙を浮かべて――沖島に慰められていた。


 まだ会話の練習は必要みたいだ。

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