#14 ここから先が本当に恋愛小説です(お待たせしました)
≪Side M≫
三輪山のおかげで楽しかった、ありがとう――。
そう言う彼はとびきりの笑顔だった。
でも別に、顔がどんなだって私のほうがいい顔面してるし、それが決め手になるわけない。
じゃあ、何? 私はなんで今、ありもしない忘れ物を取ろうとしてるの。
そう、そうだ、決め手なんてないのかもしれない。
彼の笑顔を見て、感謝の言葉を聞いて、私はこれまでの日々が走馬灯のように思い出されたのだった。
付き合うよ。三輪山の練習に――と決意してくれた事や。
三輪山、聞かせてくれ。もっと、お前の趣味ってやつを――と私を認めてくれた事や。
三輪山のおかげで楽しかった、ありがとう――と先程真っ直ぐなお礼を言ってくれた事も。
全部が私の胸を貫いて――。
私は病院なんかとは違う方向に曲がって、ついでに黒崎くんがいないか確認して。
自分のスマートフォンを取り出した。迷いもなく一人の友達に電話する。
私の信頼できる友達に。
「みおっち、どしたー?」
「シズ、恋ってなに!」
黒崎くんの前では――いやいや、黒崎くんどころかみんなの前では、真珠のことを「シズ」なんて呼べないが、私は普段はそう呼んでいるのだった。
「え、唐突に言われましても……。なあに、好きな人できたん? 黒崎くん?」
「ち、違う――けど違くなくて! とりあえず今、とんでもないことになってて!」
「ははーん、その話し方、さてはもう黒崎くんとは別れたな? もう帰ってるとか?」
「まだ帰ってはないけど、その……黒崎……くんとは別れた」
「んで? どうして恋についてなんて聞いてきたのさ」
それはなぜなら。
彼のお礼を聞いて、今まで見たことのない彼の笑顔を見て、私が走馬灯のようなものを見て、それが私を貫いて――。
彼の前でどんな顔をすればいいのかわからずに表情が固まっちゃうし、言葉も出なくなっちゃうし――。
「私、彼に『死ね』って言おうとしちゃったあ……」
「え、恋煩いモードのやつじゃん! あれか? おばあちゃんのボーイフレンド発言のせいか?」
「わからないの……。それに、おばあちゃんの前ではちゃんと話せてて、終わった後にこうなったのよ。彼の――」
笑顔を見て、とは言えなかった。
実際には黒崎くんの笑顔なんてなんの影響力もないはずなのだ。
あのまま普通に帰宅して、その後に全く同じ光景の写真を見たとしても今のような感情にはならないはず。
でもなぜか今、胸の中に竜巻が発生しているような感覚がある。かき乱されて、ざわざわとした胸騒ぎがする。
「と、とりあえず私が黒崎くんに対してそういう感情を持ってしまったと仮定して――明日からどう話せばいいのかな。変に乱暴な言葉を使ったらバレちゃうかもしれないし……」
「あ、そっか、黒崎くんはもうみおっちの性質を知ってるから――」
「そうなの。迂闊に『死ね』なんて言ったら変な告白みたいになっちゃうんじゃないかって……」
「ふふ、難儀な性格だね」
「笑い事じゃないのよ!」
「いーじゃん。告っちゃえば?」
簡単に言ってくれる……!
私がどれだけ口下手かってあなたが一番わかってるくせに……!
「練習よ……。このままどうにか黒崎くんの力を借りつつ、会話の練習を続けるわ」
目標は、彼と普通に話せるようになること。
そしていつの日か、彼に気持ちを伝えること。
「だからシズ、ちょっとお願いがあるの。明日の放課後、どうにか彼を空き教室に誘導してほしくて……」
「おけー。いいね、面白くなってきたじゃん」
全然面白くなんてないわよ。
実際、夕日に照らされた彼の笑顔は白なんかじゃなくて――って黒崎くんのこと考えすぎ!
誰か私を殺して! もう思考を強制終了させて!
「私、これからどう話していけばいいのよ……!」
まだ駅に彼がいるかもしれないから私は一歩も動けなかった。
シズと話をしていても、今だけは時間がとても長く感じた。




