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#13 めでたしめでたし

「いい出来だったと思うわよ。黒崎くんにしては、ね」


 病院を出て駅へ向かう途中、三輪山は満足そうに言っていた。

 今日は心なしか真顔よりもやや緩んだ表情に見える。


「なんか、いい感じのこと言えなくてごめん……。ずっと手汗やばかったし」

「そんなものでしょう。私は黒崎くんと話す練習ばかりしていたけれど、黒崎くんはおばあちゃんと話す練習をしていないもの」

「まあ確かにな……」


 それにどんな結果であれ三輪山がいいと言うならいいだろう。


「そういやずっとボーイフレンドって言われてたけど、あれよかったのか?」

「ボーイフレンドって二つの意味があるのよ。彼氏と男友達。私はずっと彼氏のほうだと思っていたのだけれど、今考えてみたらおばあちゃんがどっちの意味で言ってるのかわからなくなってきたわ」

「え、つまり……?」

「おばあちゃんが言っていたでしょう。ボーイフレンドはボーイフレンドだって。どちらの意味でもなく、それはただボーイフレンドなのよ」


 全くもって意味がわからなかった。

 いずれわかるようになるのだろうか。

 とにかく三輪山が暴言まき散らし状態に変身しなかったからいいんだけど。


「ねえ黒崎くん」


 と。

 僕はボーイフレンドのことばかり考えて周りを見ていなかったが、いつの間にか隣を歩く三輪山の姿が消えていた。それは消えていたわけではなく三輪山が後ろにいただけのことだけれど――三輪山がその場で立ち止まったということだけれど。

 なぜそんなことをしたのか聞くことはなかったが、いや、聞く必要はなかった。

 三輪山は僕に面と向かって言いたかったのだろう。お礼の言葉を。

 横ではなく、ちゃんと向き合って。あの告白の日みたいに。


「黒崎くんのおかげで頑張れたわ。ありがとう、本当に――」


 お礼は全部がうまくいってから、と僕は言っていた。

 どうやら三輪山の中では全部がうまくいった、らしい。

 僕の仕事は終わり、そこにかかる責任は果たされ、思い残すことなくお礼を受け取れる状態らしい。


 と、同時に。僕は思った。

 最近は晴れ続きで、三輪山の綺麗な顔が夕日に照らされるところをよく見るのだが、それも今日で最後かもしれないと。

 なぜなら今日、僕の仕事は終わってしまって、三輪山の告白は、要求は、お礼とともに解消されたのだから。

 確かに僕らは友達に近づいたけれど、僕は洋平が、三輪山は沖島が一番の友達であり、僕たちの憩いの場であった空き教室への集合もなくなれば、お互いが一番だと思う友達と過ごすことだろう。

 顔を見れば挨拶くらいはするかもしれないが。それでもここ数日以上に深く関わることはないだろう。


「僕が三輪山と話したのは――」


 だから僕は言っていた。最後に見つけた答えを。

 いつかの日、三輪山に聞かれたのを思い出して。

 口は災いのもと、と考えるのならばどうして三輪山のお願いを聞いたのか。

 その理由を。


「三輪山を信じたからだと思う」


 ウチのこと信じて――とは沖島の言葉だが。

 僕は最初から、心のどこかで三輪山となら、口下手で緊張しいで、それでも勇気を振り絞って僕にお願いをしてきた少女となら、話しても大丈夫だと思っていたのかもしれない。心を許したのかもしれない。


「口は災いのもとって思ってたけど、三輪山相手なら災いなんてのも来ないだろうっていうか、たとえ災いが来ても三輪山相手なら受け入れられるっていうか……」


 結局僕はまだ口下手だった。もはや三輪山よりも話せていないかもしれない。

 うまく言えるようで、なんだか言葉が出て来ない。でも事実だけを述べて、感謝を伝えるのは僕にもできそうだった。

 だから、そうした。



「三輪山のおかげで楽しかった、ありがとう」



 洋平しか友達がいなかった僕からすれば、三輪山は僕がはじめて自力で友人関係になった人そのものだし、ここ数日が本当に楽しかったのは事実だ。

 世の中の人たちからすれば会話をして関係を築くなんて普通のことだろうが、僕にとってはそれが特別なことだった。

 まだハードルは高いけれど、もし今後僕が友達をつくれたとして、それでも僕は三輪山のことを忘れないだろう。


 ――って、なんか故人に対しての言葉みたいじゃないか。

 まずい。かっこつけすぎた。僕なんかがやってもお笑い(ぐさ)だ。


「悪い、三輪山、今のなし。行こうぜ」


 やらかした。普通に恥ずかしい。

 言葉って形式的に撤回できても記憶に残り続けるからなあ……。

 三輪山が不快になってなければいいけど。


「三輪山?」


 僕は行こうぜと促しただけあって、駅の方向へ向かおうとしていた。

 しかし三輪山が一向に進もうとしない。僕の後ろで立ち止まったままだ。

 不審に思った僕はゆっくりと近づいて――。


「し――来ないで!」


 拒絶された。


「あっ、いえ、そうじゃなくて――私、どうやら病院に忘れ物をしてしまったみたいなの。だから先に行ってて頂戴」

「そうか……? でもまだそんな離れてないだろうし、僕も一緒に――」

「近づかないで! 黒崎くんの隣なんて歩いたら不徳もいいところだわ。地獄に落ちてしまうわ」

「え、えぇ……?」

「いつかの地獄ろ崎くん、そういうわけでさようなら。今日は私と同じ空気を吸えてよかったわね」


 独特な別れの言葉を残した三輪山は足早に遠のいていった。

 僕、なんか変なことでも言っただろうか。

 やっぱりかっこつけすぎたセリフたちがよくなかったか。


 それにしても三輪山の方向転換は毎度急すぎる。いつもより緩んだ表情だったのにピシッと真顔になったぞ、今も。

 まあいいか、やることはやったんだ。

 もう明日から空き教室での練習会もないんだし、お礼の言葉は気持ちよく受け取ったし。

 僕の役目はこれにて終了、と。


「帰りますかね……」


 僕は意味もなく伸びをして、夕日に染まる道を再び歩き始めた。

 連日見るごとに綺麗さを増す色は、もしかすると僕の気持ちが変わっているせいかもしれない。

 僕は三輪山と過ごした数日で、確実に、格段に、前向きになった。

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