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#12 託す言葉

 5月14日日曜日。

 三輪山澪のおばあさまと話す日。

 僕が三輪山の新たな友達であるとお披露目される日。

 昼過ぎくらいから40分ほど電車に揺られ、見知らぬ病院に立ち入った日。


 病室の前で僕はありえない緊張を感じているのだった。

 いやだって、ここまで来てこんなことを言うのもおかしいが、友達の祖母と話せって言われても困るじゃないか。ただでさえ僕は人と会話することを苦手としているのに、初対面の、それも世代差のある人と話せなんて無理難題だ。

 加えて僕はその中でも年配の人と話す経験が著しく乏しかった。

 両親が離れ離れになってから僕は親戚の人と会うこともなくなってしまったし、社交的な人間じゃないから近所の人とお話するなんてこともないし。

 だから僕は何を話せばいいかわからず、あわよくば帰りたい気分だった。

 それをしないのは、当然ながら隣にいる美少女のためなのだけれど。


「さて、黒崎くん、準備はいいかしら」

「僕の準備を待っていたら多分一生話せないぜ」


 昨日に引き続き、三輪山の私服姿を拝んで精神を安定――とはいかなかった。

 残念ながら今日は制服である。私立泊谷高校が校内で着用を義務付けた服である。

 もちろん僕たちは学校にいないのだが、悲しいかな、僕はまともな私服を持っていないのだった。外出のために着る服はあっても、まったくもっておしゃれなんかじゃなかった。黒ばっかりの根暗コーディネートだった。

 三輪山は別に気にしていなかったが、僕が三輪山の新しい友達代表 (まあそんな友達は今のところ僕しかいないのだが)として紹介されるからには情けない体たらくは許されない。

 そういうわけで、制服を着ようと提案したわけである。ファッションセンスが問われない安牌(あんぱい)な択だ。


「大丈夫よ黒崎くん、手のひらに人という字を書いて飲み込みなさい」

「すごく古典的なおまじないだけど気持ちは受け取っておくよ」

「私のおばあちゃんをかぼちゃだと思いなさい。あなたはこれからかぼちゃと話す、哀れな人間になるのよ」


 かぼちゃに向かって独り言を言う僕を想像したら泣けるな。

 三輪山はまだクールだから哲学的な意味合いが出るというか味になるというか――僕なんかがやったら本当にただの悲しい人だ。


 冗談はさておき。

 数回深呼吸をしてから、僕は三輪山を見る。それに気づいた三輪山は頷いて、ついに病室へ足を踏み入れる。僕はその二、三歩くらい後ろをついていって、それからたった数歩で目的の人に出会ったのだった。


 白髪に染まった、ふくよかな笑みを浮かべる年配の女性。

 三輪山のおばあさまである。


 笑顔といえば沖島のエネルギッシュなそれが思い浮かぶが、この人の笑顔はなんというか優しいものだった。慈しみがある、というか。これが年配のオーラなのだろう。


「おばあちゃん、この前言ってた友達を連れてきたわ。黒崎真人くんよ」

「く、黒崎真人です、よろしくお願いします」


 三輪山は学校の時にいる彼女自身が嘘みたいにすらすらと話すが、逆に僕はガッチガチだった。


「おやまあ……。ハンサムなボーイフレンドだね」

「えっ!?」


 僕がハンサムだって!?

 おいおい、おばあさん、この僕の顔面でそんな感心してもらっちゃあ困るぜ。もし今日来たのが小東洋平だったらきっと腰を抜かしていたに違いない。僕なんかにその言葉を使うのはもったいなさすぎる。

 だがもちろん、初対面の人にそんな否定的な意見をべらべらと陳列できるわけもなかった。とはいえ「僕ハンサムでしょ!」なんて自慢気に語る自信もない。

 つまるところ、僕は沈黙というお決まりの行動に落ち着いてしまったのである。


「やめてよ、おばあちゃん。黒崎くんはただの友達だって言ってるじゃない」

「友達でもなんでもボーイフレンドはボーイフレンド。黒崎さん、澪がいっぱい迷惑かけてるでしょう。昔からあまり話さない子だから」

「い、いえ、そんなことは――」


 あった。

 勝手に口下手だということを告白され、練習に付き合えと言われ、罵倒され、愛してるゲームに巻き込まれ、挙句は初対面のご年配と話すという、しかも僕には特別な報酬はなく、美少女と一緒にいられるのだからいいだろうと、なんとも迷惑極まりない数日間だった。

 口は災いのもと。そう考える僕にとって、話すことは危ない橋を常に渡るのと同じだと考えている。いつ自分が橋から落ちるか、はたまた自分が誰かを落とすかわからない。


 それでも僕が今日ここに立っているということは、三輪山のお願いを聞いているということは。

 人と話しているということは。

 僕はそんな迷惑たちをずっと楽しんでいるからかもしれなかった。


「三輪山のおかげで、僕はいつもより話すようになったんです。だから本当に口下手だったのは僕のほうで――救ってもらったなんて言っちゃうと大袈裟ですけど、でも、感謝はしてます。友達でよかったと思ってます」


 僕たちはもうお互いに友達と思いあっていた。

 友達の定義や基準が決められていなかったとしても、もうそれだけで僕たちは立派な友達だし、三輪山も同じ気持ちだろう。

 お互いに迷惑をかけて、お互いに話し合って、お互いに信頼している。

 ただそれだけだった。


 僕は意外と、三輪山のことを中心にしていけば会話ができることに気づいた。もちろんそんな荒業ができるのは三輪山の親戚相手というごく限られた相手にのみだが。

 それに、意外と僕は話を振られなかった。面会の時間は15分ほどで――それは僕がいるからとかではなく、あまりおばあさまに体力を使ってほしくないという三輪山の日頃からの気づかいからだったけれど、とにかく短かった。

 そういうわけで、ここに踏み入る前の緊張はなんだったんだと思うくらいあっけなく終了の時間は訪れて、僕はとんでもないやらかしをするわけでもなく、かといってとても気に入られるほど気の利く返事もできずに役目を全うしたのだった。


「じゃあね、おばあちゃん」

「お、お邪魔しました……」


 病室を去る前、そんな風に挨拶した。僕としてはその礼儀作用は当然のことだと思っていたのだが――。

 おばあさまはそんな挨拶に応えてか、それとも最初から言おうと思っていたのか、僕の目をはっきりと見ていた。


「澪を、よろしくお願いします」


 ふくよかな笑顔のまま。

 別に僕に何ができるんだという話だが、それでも。

 僕は言葉を通じて、何かをおばあさまから託されてしまったのだった。

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